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ジャーファル様は躊躇う素振りを一瞬見せた後、ゆっくりと口を開いた。

「すみません。シノに無理をさせていたと思うと。上司として申し訳なく思い…」
「私ですか?無理してないですよ?無理する前に寝ます」

何のことを言っているんだろうと頭を悩ませると、ジャーファル様は少し口元を緩ませた。

「たしかにそうですね。君がそういう人なのは分かっていますが、それでもシノ一人、目が覚めないと知らされた時は焦りました。医務官の方の話によると、過労でヤムライハの魔法がかかり過ぎたそうです」

起きた際に医務官にそんなことを言われた。私が一人惰眠を貪っていたことに、ジャーファル様がこんなに心を傷めていたとは。すごく申し訳なくなってくる。

「おかげで、君がたとえ立てこもりに加わっていなくても、巻き込まれたことに対して文句を言おうと色々考えていたのに、全て忘れてしまいました」

訂正。グッジョブ私。寝ていてよかった。本当によかった!

いまだ困ったような表情をしているジャーファル様にばれないよう安堵の息を吐いた。

そしてジャーファル様は、私の安堵には気付かず、言葉を続けた。

「保管の方があのようになってしまったことも私には責任があります。政務官として彼らの状況を把握できていなかったこと、王の補佐として、王の無茶を止めることができなかったこと」

視線を落とし、次から次へと自らにだめ出しをしていく。

これがこの方の悩み、上に立つものの悩みなのだろう。

私はまだ彼に使われる身で、同じ立場でものを考えることができない。だから言えることは一般論ぐらいで。

「今回まずいと思ったところは今後直せばいいと思います。労働環境の改善を目指す部署を作ると聞きました。それが軌道に乗れば今回のようなことは起こらなくなりますよ」

喋る私を眺めるジャーファル様の目は遠くを見ているようで。全然この方の心に届いていないのが分かってしまった。

「完璧な人間なんていないです。少しずつやっていけばいいじゃないですか」

無力を感じながらも言い終えた私の台詞に、ジャーファル様がどのように返すかなんて分かっていた。

「私は政務官ですから。少しずつでは遅いんですよ」

分かってはいた。それでも、疲れた顔をして、子供に言い聞かすようなジャーファル様の物言いがひどく感にさわった。

「私がこなさなくては。失敗は許され」
「一人で全部できるわけないじゃないですか!何のために分業してるんですか」

全てを背負い込むような発言。そんな言葉に私はもう聞きたくないと、強い口調で反論した。

私達しかいない深夜の部屋にいやに声が響いた。

普段声をはることのない私の様子にジャーファル様が驚いて顔を上げてこちらを見ている。その表情にすら腹がたってしまった。

周りを頼らないジャーファル様の言葉が悔しい。私たち文官が、ジャーファル様の前にいる王や肩を並べている八人将に及ばないのは分かりきっている。頼ってなんて言えるわけがない。でも、同じ職場で働き、同じものを目指すもの同士、少しはその苦労を分けて欲しい。『自分が独りで全てこなさなくては』なんて言って欲しくない。たとえ力不足であっても―

「私たちも…」

続きの言葉は声にならなかった。怒りは無力さに変わり、私の口からは空気だけが虚しくもれた。

視線を感じたが、私はジャーファル様を見ることなんてできず、机の上の、わずかに揺れるお茶の水面を眺めた。

そして、いくらか時間が経った後、

「そんな顔をしないでください」

と、ふっと肩の力を抜くような息が正面から聞こえ、私の頭が撫でられた。私を落ちつけようとするゆっくりと優しい手つきだった。それはまるで私が慰められているようで。

「すみません、シノ。色んなことが起こり、少し視野が狭くなっていました。ちゃんと君たちのことは頼りにしていますよ」

本当かと思い顔をあげるといつもの笑顔がそこにあった。

一定のリズムで私の頭を撫でるその行動が、ジャーファル様はもう普段を取り戻していることの表れで。

こうなってしまったら、もう内心をうかがい知ることなんて出来ない。先に熱くなってしまった私の負けだ。

「忙しさのあまり君たちのことをちゃんと見られているのか不安になりました」

『秘密ですよ』と言わんばかりの小さな声で紡がれた。

私の悔しさや落胆の思いを読みとった上でのサービスか、それとも、私に少しではあるが心を許してくれた上での独白か、相変わらずの笑顔から読み取ることはできなかった。

すがすがしいまでの完敗だった。

この表情で隠しているだけで、ジャーファル様も焦ったり困ったりしてるんだよなぁ。

今日の収穫は、今さらながらそんな当たり前のことに気づけたことだ。

言いたいことは色々ある。でも私にはそれを言えるだけの実力もなければ、ジャーファル様と積み重ねてきたものもあまりに少ない。いつか言える日が来るまで、私はこの方に誠意をもって本当のことを伝えるようにしよう。それが今の私にできる唯一のこと。

「少なくとも私はちゃんとジャーファル様に見てもらっていると思っています」
「そうですか」

変わらない笑顔の裏で、疑わしそうにこちらを窺っている気がした。

完敗したと先程思ったばかりなのだが、よく見たら案外ジャーファル様が何を考えているのか分かるのかも知れない。

「私が検討会議の後で凹んでいた時、ちゃんとフォローしてもらいました。今も気にかけてもらっています。平の文官である私を他の先輩と同じように見てくれ、扱ってくれるジャーファル様を、私は上司として信頼していますし、尊敬しています」

真っ直ぐ伝わるよう、私はジャーファル様にみつめた。恥ずかしい台詞を言っている自覚はあるから、目を逸らしたい。でもそうしたら言葉が軽くなりそうで、それだけは嫌だった。

私の視線を受けたジャーファル様もまた私から視線を逸らすことはなく。

お互い何度かまばたきをするくらいの時間、絡まった視線が解けることはなかった。

しかし、恥ずかしさにも限界があり。顔にどんどん熱が集まってき、もう無理だと思ったその時、ジャーファル様は、ずるずると姿勢を崩し、顔を手で覆った。

「どうしました?」
「いや、正面向かって信頼していると言われると、さすがに私も照れます」

見つめ合っている時は気づかなかったが、少し耳が赤い。初めて見た。ジャーファル様もてれるがことあるんだ。肌が白いため、夜目でもはっきり分かった。

初めて見るその表情に、自分の顔の赤さなんて忘れるくらい嬉しくなった。


知りたいと思うのは当たり前で、知れて嬉しいと思うのも当たり前で。だからあえてそれに名前を付けることなんてせず、ただただ、この方のことをもっと知りたいと思った。

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