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「元気になったようでよかったです」

隣のテーブルで騒ぎながら食事をしているシノを見てつい言葉が漏れた。一緒に飲んでいるものに何か言われたのか、口を尖らしている。あのようにころころと変わる表情を見るのも随分と久しぶりの気がする。

飲み過ぎていないか、無理に飲まされていないか彼女を見ていると隣からもの言いたげな視線を感じた。

「ジャーファル様、シノちゃんにちょっと優しすぎやしませんか」

シノの近くに座っている部下だった。『シノちゃん若いから、つい俺も優しくなっちゃうけど』と、言う彼も30歳で、『財務の中ではお前も若いだろ』と隣に座っているヴィゴに突っ込まれている。

「部下が悩んでいたら気にかけるのは上司の仕事ですよ」

上司の仕事は部下の管理だ。部下が最高のパフォーマンスを出せるよう環境を整え、悩んでいるならフォローをする。優しく接するか厳しく接するかはその時々で違うが、フォローは出来る限りしているつもりだ。しかし、彼のフォローは、

「俺、ジャーファル様にフォローされた記憶あんまりないですよ」
「お前のフォローは俺にまわってきてるからだよ、馬鹿」

彼の前の席に座っているヴィゴに一任している。一方で部下の方も、ヴィゴの苦手な分野をそつなくフォローしている。ちょうどヴィゴと彼を足したら性格的にも能力的にもよい感じになるため、私があえて手を貸す必要はない。上司としてはありがたいことだ。

「じゃ、ヴィゴさんもっと優しくして。いつも羽虫を見るような目するのまじ止めて。あれ凹む」
「大いに凹め。お前のせいで俺の仕事が止まるんだよ」

騒ぐ彼らは同時期に財務担当になっており、私から見れば非常に仲のよいコンビだ。私が今さらどうこうすることもない。それに、

「ヴィゴのフォローもそうですが、君たちはある程度文官として出来あがっているので、私がフォローせずともどうにかなるでしょう」

私が引き抜いた部下はすでに他の職場で鍛えられており、仕事の仕方が身についている。そのため、仕事で行き詰っても別のところで息抜きをし、自分でしっかりと悩みを解決する。まだ経験の浅いシノへのフォローが、他の部下に比べ手厚くなるのは許してもらいたい。

「でも俺だってこっちに移ってきた時、そんなに文官経験なかったのに、フォローがなかったです!」

『シノちゃんかわいいからですか!』 と叫ぶ部下に苦笑する。ヴィゴの『お前、うざいな』という呟きに文句を言っている彼は、シノを妹のように可愛がっている。年若い彼女は財務官達の中で妹や娘としての地位を確立しつつあった。

自分の名前が聞こえたのだろう、あちらのテーブルにいたシノがこちらへ振り向いた。彼女の動きを追うように、あちらのテーブルに座っていた者たちもこちらに向き、シノを小突いた。

「シノちゃん、告白されてるよ。『可愛い』だって」
「空き時間がすべて合コンに費やされてる男性はちょっと」

そう言えばこの部下はピスティと仲がよく、恋人探しに余念がない。ありがたいことにピスティとは真逆で中々恋人はできないようだが。

「おにーさんと付き合ってくれたら俺の自由な時間をシノちゃんに捧げちゃう」

こういうところが恋人が出来ない原因なのだろう。ウィンクと共に言われた台詞にあちらのテーブルからブーイングが起こる。

「いりません」
「気持ち悪いな」
「そこがもてないんだよ、君は」
「帰れ、お前」

もちろんこちらのテーブルでも、ウィンクをもろに正面から見てしまったヴィゴが、部下いはく『羽虫を見るような目』で見ている。『もういやだ、こんな職場』と呟く部下。

「俺の味方がいない」
「あぁ?じゃ、今後お前の計算書類手伝わないぞ」
「すみません、手伝ってください」

本格的に凹み始めた部下がだんだん不憫になってきた。

「君が財務に入ってきたばかりで悩んでいた時、一応私なりにフォローしたのですが」

私の台詞に彼は顔を上げ、心当たりがないように首をかしげた。まぁ、フォローと気づかれたらフォローにならないのでそれでいいのだろう。

「財務に入ってきたころ、よくジャーファル様に飲みにつれて行ってもらってただろ」

その台詞に部下の目が見開いた。

「えっ、あれフォローだったんですか。文官にしては飲み会が多い職場だと思いました」
「馬鹿か。なかなか職場になれないお前と俺へのフォローだよ」

さすがヴィゴ。文官としての経験は少なかったが、武官として積み上げてきたものがある彼は、上司のフォローにしっかりと気づいたのだろう。私としては出来れば気づかずにいて欲しかったのだが。

「ヴィゴさん、気づいてたの!?」
「当たり前だろ」
「えっ、気づいていながらあんなに飲んだの?あれ、ジャーファル様持ちだったよね。すんごい量飲んだよね」
「あそこで俺が遠慮したら、お前も変な気つかうだろ」

彼らの台詞を聞きながら、そう言えばあの頃から二人はフォローしあっていたなと昔を思い出した。

『ごちそうさまでした』と礼をいうヴィゴに、『いえ、気になさらず』と私は返事をした。お金は使う暇がなく貯まる一方なので、部下たちにお酒を奢ることは全く問題ない。しかし、その額に目を剥いたのは黙っておこう。

あれが二人にとってフォローになったかどうかは分からないが、今こうして仕事を頑張り、後輩に気を使う立場になってくれているのだからよかった。部下の成長ほど嬉しいことはない。

「遠慮なく飲むヴィゴさんと比べたらシノちゃん超可愛い。フォローせずにはいられないね」
「そうか?『私は今悩んでいます』と言わんばかりのオーラふりまいて、周りに気を使わせてるのはどうかと思うがな」
「隣のヴィゴさんがもう少しフォローしてくれたら、皆もあんなに気を使わなくてすんだと思うけど。ヴィゴさん、悩むシノちゃんを放置だったじゃん」

『放置はよくないよ、放置は』とヴィゴに懇々と語る部下の言葉に内心頷いてしまう。彼女が悩んでいる時、隣に座っていたヴィゴの無頓着なこと。書類のミスを『他のことに気を取られてるから、こんな凡ミスするんだよ。10回くらい見直してこい』と、いつものように顔面に投げつけた時のことを思い出す。『最近のものはメンタルが弱い』と呟いたヒナホホ殿の台詞が蘇り、焦ったものだ。

「甘いな。潰れたらそれまでだろ。それにあいつ図太いから、ほっといても這いあがってくるぞ」
「ヴィゴさん、きつい!先輩としてこう迷える後輩に救いの手を」
「いらんだろ、どこの箱入り娘だよ」

ヴィゴは普段『ちびすけ』と呼ぶ割にそのあたりは信頼しているのだろう。いつの間にか部下同士で芽生えていた信頼関係に嬉しくなった。

それと同時に、そういう意味で自分は彼女を信頼できていなかったことを悔しく思えた。

ヴィゴの言うとおりだ。

彼女を初めて財務部屋に呼び出したことが思い出された。あの子は月末精算中で気がたっていた私の言葉に凹むことなく、報告書をしっかり仕上げてきた。

シノをここに引き抜いたのは、『紙幣』について論じられることや計算能力だけではなく、彼女の根性も買ったからだ。

必要以上にシノを心配し過ぎるのは、彼女に失礼でしたね。

「そうですね、元気になったのでこれからどんどん仕事を増やしていきましょう。今回徴税を経験したことですし、そちらも今後任せていきましょうか。それに伴って監査業務も学んでもらいましょう」

『ジャーファル様、鬼ですね』と部下の言葉が聞こえた。

さて、何をふろうかと算段していると、のんきなシノの声が聞こえた。

「ちょっと先輩、お酒飲み過ぎたら、また奥さんにぶん殴られますよ」
「大丈夫だよ。ちゃんとこの1杯で止めるよ」
「そう言ってもう4杯目ですけど」

とりあえず、仕事の割り振りはさておき、あそこを止めますか。

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