22


「ジャーファル様、今お時間よろしいですか!」

シノが財務部屋に飛び込んできたのは、日が落ち、その日の業務があと少しで終わる頃だった。

彼女には午前中、ヴィゴのフルムの徴税につき合わせた。あそこは優良店で、まず間違いなく売上隠しはない。だから、少しは気分転換になるのではと思い、有給をとった部下の代わりに行かせた。

少し彼女に甘いと思うが、やはり元気のない部下を見るのは忍びなかった。いつも眉根をよせ、書類を睨んでいる彼女を他の財務官も心配していた。最近は誰よりも早く来て、誰よりも遅く帰る。ろくに休めていないのだろう。すり減ったシノの靴が、買い物も出来てないことを教えてくれた。

だから、徴税の経験を積むついでに、買い物でもしてくればよいと送り出した。結局彼女は買い物をすることなく帰ってき、そのまま黒秤塔の資料室に籠もってしまったらしい。

一緒に帰ってきたヴィゴ曰く、『放っておいても大丈夫だと思います。あいつ、見かけよりも図太いですよ』とのことだが、やはり心配だ。

どうせ晩ご飯も食べていないでしょうし、この仕事が終わったら、他のものも誘って様子見ついでに晩ご飯でも食べに行きましょうか。そう思っていた時だった。


「期間限定ですか?」
「そうです。紙幣は長く使われれば使われるほど、国民に馴染み、偽札の判別がつくようになります。なので、長期的に流通させたいのですが、馴染みがないものをいきなり『これからはこの紙幣がお金です』と言ってもダメだというのは、先の会議で思い知りました。この前ジャーファル様に言われたように、『現状にあったもの』ではないですね」

そう語るシノの顔は久しぶりに生き生きしており、高揚しているのか頬に赤みがさしていた。彼女の説明を聞きながら、自然に私の口角は上がっていった。

「私としては最終的に限定を解除して流通させたいと思っているのですが、それは国民に紙幣が受け入れられる下地を作ってからでも遅くないと思います。なので、半永久的な流通はいざとなれば次の代の方にお譲りします。今回は金貨の摩耗問題及びそれに伴う貨幣不足を打開するための期間限定としたいです」

少しの悔しさが言葉から漂っていたが、それでもシノの顔は自信に満ちていた。

「紙幣というものに馴染みを持ってもらえるようにしたいです。怪しくなく、便利で、自分達の生活を支えてくれるものだって。今はまだどうにか回っていますが、経済が活発になり硬貨だけでは成り立たない将来がそう遠くないうちに、必ず、来ます。それまでに、しっかりと紙幣を流通させられよう土台を作りたいんです」

私を真っ直ぐ見てくるシノの瞳には力が戻っていた。

先日の検討会議で造幣局局長に『君は何をしたいのですか?』と問われ、呆然自失としていた彼女はもういなかった。答えを見つけたのだろう。

彼女は今まで、誰よりも先を見ていた。
先しか見えていなかった。

そんなシノが先に至る道を見るようになった。自分が目指したいものは置いておき、自分はその土台作りに専念すると言う彼女。

よくその判断ができたと思う。

期間限定でもまだ課題は残っている。限定付きにしたとは言え、やはりまだ紙幣を使ってもらう決め手にはかけているし、期間終了に向けどうやって紙幣を回収するかも考えていかなくてはいけない。

それでも、先を見るシノがこのような考え方をできるようになったことは、同じ文官としてなんと頼もしく、上司としてなんと誇らしいことなんだろう。

『どうでしょうか』と意気込んでいる彼女は寺子屋の会議を彷彿とさせた。

「よくそこまで考えましたね」
「ちょっと、フルムの売り方を参考にさせてもらいました」

彼女の言葉に納得する。あの店は珍しい販売方法をしており、その中に彼女にアイディアを与えてくれるものがあったのだろう。私がフルムにシノを送った意図とは違う結果だが、彼女の顔はやる気にみちていた。

気持ちが急いているのか、今後の方針を話し終えるとシノは『じゃぁ、私もう少し調べてきますね』と踵を返した。

出ていこうとする彼女を見ていると、ヴィゴから『言ったでしょう』と言わんばかりの視線が投げかけられた。こっそりとこちらを窺っていた他の財務官達も、再び元気になったシノにほっとしているようだった。もちろん私も、彼女の嬉しそうな顔を見て心が軽くなるのを感じた。

彼女が部屋の扉に手をかけると同時に、食事に誘い損ねたことを思い出し、急いで止めた。


今日は皆で美味しい食事ができそうだ。

prev next
[back]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -