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「わぁ」

間抜けな声が私の口からもれた。私の視線の先にあるのは色鮮やかな布や純白の布。多くの染料を使い美しい模様に織られた布はもちろん、この世界では純白の布も高価なものだ。汚れやすく、すぐにその美しさが失われてしまう白は富の象徴であった。

値段は私の給料の…考えて虚しくなってきた。私は計算を止め、反物の部屋を出て、別の部屋を見ることにした。

現在、私はヴィゴさんとシンドリアの中心地にある総合商店フルムに訪れていた。

こちらの世界での買い物は、お店の人との直接やり取りが基本である。そんな中、フルムはあらかじめ価格を決め、店頭に陳列するという私には馴染みが深く、この世界では珍しい形態を取っていた。

その売り方が意外にも庶民に受け入れられ、フルムはシンドリアに本店を置きながら、七海連合加盟国やバルバットに広く店を展開している。国にびっくりするぐらいの税金を納めてくれる超優良店だ。

そんな店に何故、私が業務中に訪れているかと言えば、徴税及び監査のためだった。この仕事はいつもは他の先輩が担当しているのだが、今朝子供が生まれたとかで有給を取り、私に回ってきたのだ。

私は基本外回りをしない。何故なら、こんななりで財務官だと言っても誰も信じないから。財務官は他の担当で経験を積んでから配属されることが多く、それ故財務官の平均年齢は高くなっている。そのため、明らかに平均年齢より一回りも二回りも低い私は、外回りはせず内勤ばかりである。

しかし、ジャーファル様に『今回のところは年齢で判断するような店ではないので、ぜひ行って経験を積んできなさい』と送り出されてしまった。

ジャーファル様が言った経験の意味もあると思うが、最近紙幣導入で煮詰まっている私の気分転換のため、この仕事を回してくれたのだろう。

あまり乗り気ではなかったのだけど、上司からふられた仕事。断れるわけもなく重い足取りで来てみてびっくり。私もよく利用する総合商店フルムだった。

確かにこの店は今まで一度も監査に引っ掛かったことがないし、店員の教育も行き届いている。だからこそ、ジャーファル様は私を行かせたのだろう。

乗り気ではなかったくせに、それが国一番の商店となれば私も現金なもので。客だと見られないバックヤードに入ったり、在庫を確認したり、店員に聞き取り調査を行ったりと、滅多にできないことを経験し、私の気分はジャーファル様の思惑通り、少しだけ浮上した。ちょっとだけ悔しかったのは秘密だ。

現在、一緒に来たヴィゴさんはまだ店長と話しており、私は売り場スペースに置いていかれた。『店内の観察でもしとけ。怪しいところがあれば言えよ』とのことだが、先ほどの監査でフルムの収益が帳簿通りで、納税も適正に行われていることが確認された。ヴィゴさんなりの自由時間をくれたんだろう。私はありがたく店内を回ることにした。

折角なので、私は普段は絶対に足を踏み入れない高級品が集まるフロアをこの機会に見ることにした。私服では無理だが、官服を着ていると何故かためらわずに出入りできる不思議。

反物の次に覗いた部屋は、航海用具が陳列されていた。島国であるシンドリアでの生活は、航海と切って離すことができない。そのため、航海用具も大陸に比べ充実している。実家の商家よりも遙かに品ぞろえも質もよい商品に私はわくわくした。

砂時計や測量機器や星座の早見盤。どれもこれも新しく、これからの航海において命を預けるのにふさわしそうな見かけをしていた。

そんな中で私の目を引くものがあった。羅針盤だ。

その羅針盤は以前商家で見かけたことのある水に磁石を浮かべたものと違い、宙吊り式で、前世でよく見た羅針盤に近い形をしていた。

水に磁石を浮かべただけの羅針盤は、激しく揺れる船上では正確性に欠ける。実家にいた頃、出入りの商人に現在改良が重ねられていると聞かされていたが、シンドリアではすでに宙吊り式が発明されていたとは。さすが海洋国家。

その技術力に驚いた。しかし、私が気になったことは他の点で。

陳列されている羅針盤は作りがどうも雑に見える。ただひたすら雑に見える。が、それとは裏腹な価格札がその羅針盤の前に鎮座している。王様が何番目かの航海に使ってプレミア価格がついているとか。まったくもって意味が分からない。これが金貨二桁になる要素はどこだと目を凝らしていると、背後に気配を感じた。

「お役人様、お目が高いですね」

振り向けば、長い髪を綺麗にまとめ上げた女性がいた。話し方からして、フルムの人だろう。

あっ、いい香りがする。

花の香油でも使っているのだろう。女性が近づくと同時に甘い香りが漂った。

「あの、お目が高いってこの羅針盤のことですか?」

変態よろしく女性の香りを嗅ぐのは一旦止め、言葉の意味を尋ねた。私が先程見ていたのは今にも壊れそうな羅針盤であり、『お目が高い』と思える部分がどこか分からない。やはり、『王様が使用した羅針盤』みたいなものなのだろうか。

「この羅針盤、見た目は非常に頼りなく見えますが、今使われている水に磁石を浮かべただけの羅針盤と違い、段違いの精度ですのよ」

あぁ、なるほど。シンドリアでもこの宙吊り式の羅針盤は珍しく高価なものらしい。

精度の違いを教えてくれる女性の言葉に耳を傾けながらも、やはりその見かけが気になった。今にも壊れそうだ。少しの衝撃で針がぽろっととれたりしないのだろうか。少なくとも私はこの羅針盤に自分の命を預けて航海はしたくない。

そう思った瞬間、ある言葉が蘇った。

『少なくとも私やここにいる少なくない方が君の言う『紙幣』などに自分の財産を預けることはできないと思っています』

質は確かなのに、その見た目で判断されるなんて、この羅針盤、まるで紙幣みたいだ。

でも、待って。この羅針盤はそれでも、このフルムでしっかりとした金額をつけられこの場に置かれている。

「あの、失礼を承知でお聞きしますが、この羅針盤って売れていますか?」
「えぇ、もちろん。ただこちらの品はレンタルもご用意しておりますので、そちらを試されてから購入するお客様が多いですわ」
「レンタル?」

私は予想外の言葉に目を丸くした。

「えぇ、やはり見た目で敬遠されるお客様も多いですが、質は確かですから。一度使ってもらえば既存の羅針盤との性能の違いは分かります。まずはレンタルという形で期間を区切り、お試ししてもらっております」

その言葉に私は目から鱗が落ちた。

「リピーターの方も少なくないんですのよ。そのような方が最終的にお買い上げになられておりますわ。お客様の不安を取り除き、よい品を知ってもらうのも私達の仕事ですから」

これって使えるのでは。いきなりのアイディアに私は口をふさぎ考えた。口を塞いでおかないと自分の意図に反して声が漏れそうだった。

期間を区切って。質は確か。不安を取り除く。

いける気がする。いや、いける。

「アシュラフ殿、仕事の邪魔をして申し訳ない。ちび、終了だ。買うもんがあるならさっさと買ってこい」

ようやく戻ってきたヴィゴさんの声に私は一旦考えを中断して、『やっぱり皆に気を使われてるなぁ』と思った。いくら自由時間みたいなものでも、通常は業務中に私物の買い物が許されるわけがない。

私を心配してくれる先輩やジャーファル様に返せることは仕事で成果をあげることだ。

「いや、ないですよ。むしろ今すぐ王宮に帰りましょう。私ちょっと調べたいことができました!」

思いついたアイディアを忘れないよう、一刻も早く形にするために、私は『早く早く』とヴィゴさんを出口へ追い立てた。

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