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『そんなもの使う気になれません』

そんなもの、か。紙幣って便利なんだけどなー。

さっきの会議を思い出しながら、私は膝をかかえた。

つっかえつっかえ会議を終えたら、時間は昼になっていた。一旦荷物を置きに財務担当部屋に戻ったが、どうにも御飯を食べる気分になれない。私は中庭で先ほどの会議の1人反省会をすることにした。

どこを目指したいって聞かれてもね。

私が目指せる先なんて、前世の記憶にあるあの高度文明社会くらいだ。あっちとこっちは違う。分かっていても、つい心はあちらを目指してしまう。

心に鉛が詰められたような気分だ。おまえは私達とはちがう。どんなに上手くまぎれようとも、その異端さは隠せない。そう言われた気がする。何でここにいるんだと詰問された気がする。

私は生まれ持ったこの記憶を折角だから有効活用したいと思っている。というか、活用しながら生きてしまうのだ。この記憶を切り離して行動なんてできない。この記憶は良くも悪くも、私を形作るものの一つだから。

この記憶で皆を幸せに出来たらよいと思うけど、この記憶は本当に人を幸せにできるのだろうか。

少なくとも、今の私とこちらの世界は目指す先が違い過ぎている。

私はなんでこの記憶を持って生まれたのだろう。


「こんなとこにいたのですか、探しましたよ」

答えの出ない問いを繰り返し考えていると、私の頭上から声がふってきた。ジャーファル様だ。いつ来たのだろう。相変わらず気配を感じさせない人だ。

「先ほどはすいませんでした。思った以上に会議で上手く喋れなくて」
「いえ、君はちゃんと喋れていましたよ。予想以上です」

座ったまま顔をあげない私にジャーファル様は怒りはせず、『予想以上』と答えた。誉められているのか、フォローされているのか、鈍った頭では分からなかった。

目の前の風に揺れる小さな花を見つめていると、ジャーファル様が私の横に座る気配を感じた。視界の端にジャーファル様の官服が見えた。

「君は時々考えが先に行きすぎです」

内心どきりとした。私が見ているのは確かにここの文明よりも遙か先のあの世界だから。

「理想を追いかけるのもいいですが、現実にあった提案をすることも重要です」
「理想、ですか」

ジャーファル様の言う『理想』という言葉が自分の中でしっくりこなかった。前世のことではあるが、私にとってあの世界は現実なのだ。理想なんかではない。そんな高尚なものではなく、当たり前のものでしかない。でも、ここだとそれはどんなにあがいても理想でしかなくて。やるせない気持ちに襲われた。

「そんな顔をしないでください」

ジャーファル様の声は少し寂しそうだった。視線を感じながらも、私はやはり目の前の風に揺れる花を見つめていた。

「理想を追うことは悪いことではありませんよ。国を動かすものが理想を語れなくなったら、そこで国は止まってしまいます。それは国の衰退を意味します。我々は理想を掲げて、それに一歩でも近づこうとしなければいけません。何を理想とおくか、そこが定まっていないとろくなことはできませんから。シノはその点、定まっているので悪くないと思いますよ」

ジャーファル様の声が私の耳をすり抜けていく。

「ただ人の心の数だけ理想はあります」

人の心か。

「人の心って難しいですね」
「えぇ、皆違いますから」

私はジャーファル様の言う『皆の違う』範囲から大きく外れている。だから皆、私の言うことが分からないのだろう。私だって私以外の人が何を考えているか分からない。

普段よりも言葉を重ねて励まそうとしてくれるジャーファル様の気持ちは嬉しかった。それでも、やはりこの人も私の『現実』を『理想』と言ってしまう、自分とは違うこちら側の人なんだよなぁ。そんなことを考えていると横から強い口調で声をかけられた。

「シノ、顔をあげなさい」

その言葉になんとなく逆らっていると、両手で頬を包まれ、無理やり横を向かされた。いつも通り、ではなくちょっと困った顔をしたジャーファル様がこちらを見ていた。そういや、会議の場では視線が合わなかった。そんなことを考えていると、頭にぽんっと軽い重みを感じた。

「よく頑張りましたね」

なに?

動かない私を気にせず、ジャーファル様は私の頭をゆっくり撫でた。その手は思った以上に大きく節くれだっていた。それなのに、私を撫でるその手つきはひどく優しくて、もういいんですよと言われている気がした。

もう、終わったのかなぁ。

さっきのショックがどうにかなったわけではないのに、私はその手に無性に安心してしまった。

だからか、私の頬を涙が伝った。

「えっ、いや、あの」

予想外の涙が滑る感触に、焦った私の口からはよく分からない言葉漏れるだけで。

「別に気にしませんよ、泣いてしまいなさい」

その声は耳に心地よく響いた。それをきっかけに私の涙は堰がきれたように溢れだしてしまった。

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