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「――よって、私はシンドリアに紙幣を導入することを提案いたします」

第1回紙幣導入検討会議。今回の会議は、今後紙幣導入の主体となるであろう関係者が呼ばれている。製造担当の造幣局、発券担当の中央銀行、偽造取締り担当の法務担当及び防衛担当の国内係。そして政務において全ての裁量権を握る政務官。彼らに囲まれる様にして一番奥に座るこの国の最高権力者たる王。

『頑張るんですよ、シノ』

財務担当部屋で別れる際に心配そうにしていたジャーファル様は一番奥の王の隣にいる。先ほどまで私の上司だったジャーファル様は、今は私の上司でなく、政務官としてこの場にいる。私に注がれる感情の読めない無機質な視線が、今のあの方の立場を教えてくれた。

会議が始まってすぐ、私は今回の提案を、資料を基に説明した。参加者の反応は私が予想していた以上だった。

話している途中から一部の文官の態度が非常に悪くなった。資料なんか見ずに隣の文官としゃべっていたり、瞑想をしていたり、いらついていたり。

私の提案に穴があるのは分かっている。しかしこの場で力を借りて、問題を解決して世に出したいと思っているのに、彼らには聞く気がない。

何故聞いてくれないんだろう。怒りや悔しさで声が震えていないか、心配だった。

私が口を閉じた瞬間、やっと終わったとばかりに、途中から聞くのを放棄していた文官が口を開いた。

「くだらない。こんなもの会議にかける必要があるのですか?」

あまりの台詞に握っていたこぶしに爪が深くささった。

「ジャーファル様、彼女は財務担当であなたの部下と聞きましたが、これならまだ私の部下の方が優秀だ」

会議が始まって以降ずっと無表情だったジャーファル様の眉が少しひそめられた。

「学問担当からひきぬいたようですが、人選ミスでは。お気に入りだからといって何もこんな場所にまで連れ出しては不憫ですな」
「口を慎め。彼女の提案は検討の価値があると思い、俺がここにいる者を召集したんだが」

『召集をかけたのは俺だ』と言う王の台詞にそれまでこちらを嘲笑していた文官たちは一様に口をつぐんだ。

そのやり取りを聞き、それまでやる気なしと言わんばかりだった参加者が仕方なくいづまいを正した。その反応にすら腹が立った。

「彼女はジャーファルの部下だ。だが、ジャーファルは今、紙幣発行に関して政務官として判断するためにこの場にいる。そうだな」

王の言葉にジャーファル様は頷いた。

「直属の部下だからといって、色眼鏡をかけるつもりはございません。使えぬ案なら棄却するだけです」

今まで散々言われた言葉だった。私がこの企画を引き受ける時にも、発案書を作る際のアドバイスを受けた時にも、『この企画はシノが発案者です。通るかどうかは君次第です』と口を酸っぱくして言われ続けた。

分かっていた。

それでも、改めてこのような場で言われたジャーファル様の言葉に胸が痛くなった。

しかし私とは反対に他の文官達はその言葉に納得したようだ。

「なら、言わせてもらいます」

ジャーファル様の言葉を受け、今まで沈黙を守っていた造幣局局長がジャーファル様を見ながら席を立った。

「何を誤解しているのか分かりませんが、発案者は彼女ですよ」

ジャーファル様は局長を相手にすることなく、私を手で示した。『あなたの相手はするのは彼女だ』そう言われてこちらを振り向いた局長の顔は『やりにくくて仕方がない』と言わんばかりだった。

負けるものか。ジャーファル様の言うとおり、これは私が発案者なのだから。

私の案はくだらないと一蹴されるほど、くだらなくない。まだ偽造防止に関しては詰められていないが、それでもこの案が通り紙幣が発行されれば、金貨の摩耗問題を解決した上、経済活動が活発になる。いいことだらけだ。

何故、彼らは理解できないんだろう。

「こんなもの使う気になれません。紙の金など。煌帝国でも導入されていますが、あなたはあれを使いたいと思うのですか?」
「煌の紙幣と外見は同じ紙ではありますが、本質は全く違うものです。煌とはちがい、今回私が提案した紙幣は金との交換を約束しています。いつでも中央銀行で引き換え可能です」

先ほど説明した内容を反復させる造幣局局長の質問の意図が掴めなかった。とにかく私は平静を努めて答えた。

「では、その金はどこから捻出するのですか」
「財源は現在回収を進めている摩耗した金貨とします」

彼は同じことを言わせて、私に何をさせたいんだろう。

「国民が一斉に銀行に来たときに、払えますか」
「紙幣の発行は現在シンドリアが保有している、また、市場から回収ようとしている金貨の総額に押さえます。そのため、国民が一斉に銀行にきた時、時間はかかりますが確かに払えます」

私はさらに先ほど一度説明した内容を付け足そうとしたのだが、局長はそれをさせてはくれなかった。

「どうして気づかないのですか?」

彼の言葉の意味が分からなかった。むしろどうして私の提案に理解できないの?なんで。

「あなたが考えた制度は大層素晴らしいものです。ですが制度としては、そうであっても、果たして国民が使いたいと思うのですか。何の価値もないただの紙切れに自分の財産を預けろというのですか」
「価値はあります。金貨にひきかえられるのです」

この人は今まで何を聞いていたんだ。

ダメだ。感情的になってはダメ。言葉が震え始めた私の発言を止めたのは、私の微妙な変化に気づいた造幣局局長の言葉だった。

「繰り返してもらわなくても結構。私は国民の感情論を言っているのですよ。制度的にはあなたの言う通りかもしれませんが、我々はそこまで常に理論的に動きはしません」

感情論?理論的に動かない?

「少なくとも私やここにいる少なくない方が君の言う『紙幣』などに自分の財産を預けることはできないと思っています」

なんで?どうして?

「信用できないんですよ紙幣が」

『だから金と交換が―』そう言い募ろうとした私を思いとどまらせたのは、私に集まっている視線だった。

「お嬢さん、我らが望んでいないものを取り入れてこの国をどうしたいのですか? 」

この場に好意的な視線など一つもなかった。彼の意見が総意であるようで。

「君は何をしたいのですか?どこを目指しているのですか?」

彼の眼は私を憐れんでいた。自分達と同じ方向を向けていない独りよがりの私に同情をしていた。

私はここにきてようやく悟った。それと同時に高ぶっていた感情が一気に引いていった。


私はシンドリアへの紙幣導入に際して問題なのは技術と思っていた。が、的外れもいいところだ。

問題は使う側だった。

前世の記憶を持ち、紙幣に対して何の疑問をもたない私と、紙幣を持ったこともなくうさんくさいものとしか考えられない彼ら。

ここでは、彼らの意見が当たり前で、私は異端でしかなかった。

彼らと私は違いすぎていた。

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