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今日はシノがいない。修羅場と化した月末精算を乗り切り、皆が休みを取り終えた今日、彼女には有給をとらせた。この前、総務担当の文官に、『ジャーファル様、あなたも含めて財務担当官をもう少し休ませてあげてください』と渋い顔をされた。部下にも『シノさんをそろそろ休ませた方がよいと思います。ジャーファル様みたいです』とまで言われた。

たしかに、最近の彼女は少し余裕がないように思える。彼女に任せた紙幣導入検討会議までもうすぐ。熱が入るのはいいが体を大切にしてもらいたい。

シノには、『私の立場上、君が発案者です』と言ったが、政務官としての私の立場を考慮しなくても、彼女には紙幣導入の発案者になってもらっていただろう。

シノは『将来のこととかよく分かりません、困りました』と言って発案書を前によく唸っているが、私は彼女ほど先が見えているものはいないと思う。施策に対して、どうやって導入すればいいのか、導入後、国民がそれをどのように使うのか、彼女の中には明確なビジョンがある。明確すぎて心配な部分もあるが、シンドリアに紙幣導入を行えるのは彼女しかいない。今、ここで倒れられたら困る。

もちろん、それ以外にも単純に頑張り過ぎる部下を心配する気持ちもある。むしろ、そちらの方が大きいかもしれない。

私には今まで、自分が指導すべき年若い部下はいなかった。ある程度文官としての経験を得たものを直属の部下としていたからだ。

ゆえに彼女への接し方には他の部下とちがい留意すべき点が多い。若く、かつ、女性であるために、他の部下よりも体力が劣るところがある。その一方で、爆発的な行動力を見せたり、誰よりも柔軟な発想を見せたりすることもある。

まだ新芽である彼女がこれからどうなっていくのか、楽しみであると同時に責任も感じる。

今一番の悩みの種は仕事への向かい方が、一心不乱過ぎるところだ。他の文官が休憩をするところで彼女はそれをしない。本人は、『そんなことないですよー。適度に休んでます』とのんびり言うが、あきらかに紙幣導入の発案を頼んでからの彼女はオーバーワークだ。

彼女のそういう面をカバーしきれない点で、私はまだ上司として未熟なのだろう。今まで年嵩の部下に助けられていたにすぎない。

彼女には仕事のやり方も学んでもらわなくてはいけない。しかし、今の彼女がそれどころでないのは、仕事をふっている私が一番知っている。

上手い方法でないことを自覚しながらも、私は彼女に有給を取らすことにした。

シノは『今はあまり休みは欲しくないですよ』と微妙そうな顔をしていたが、私は自身のふがいなさを痛感しながらも上司権限を発動した。

だからこそ、黒秤塔で資料集めをしている私の視界に、官服姿の見知った顔を見かけた時は、そこが静かさが保たれている書庫であることも忘れ、つい大声で呼びとめてしまった。

「ちょっと、シノ!官服着て何してるんですか」

有給を言い渡したはずの部下が官服を着て、本を抱え歩いていた。

何をしているんだ、この子は。

「あっ、ジャーファル様、こんにちは」

『資料集めなら手伝いますよ―』という彼女にため息をつきたくなった。私が君に有給を取らすのにどんなに悩んだことか。

「君は有給をとっているんですよ、なんで官服なんですか。まさか、仕事してませんよね?」

そう言えば、彼女は私の予想とは違い、『いやー、私、今官服しか持ってなくって』と返してきた。私も服は官服と多少の部屋着くらいしか持っていないが、年頃の女性がそれはどうなのか。

「友人と出かける時困るでしょう」
「久しぶりの休み使ってまで城下の友人のところに行く気はしませんので、困りませんよ」
「君、王宮に友人いないんですか」
「数人いるけど休みなんて滅多にかぶりません」

『数人』と真顔で答える部下。友人が少ないところまで私に似なくてよいんですよ。そんな言葉を、気にしていたら悪いと飲み込んだ。

「で、その本はなんですか」

話題を変えるように投げ掛けた私の問いに、急いで隠そうとするシノの手から本を奪い取り見れば、『戦時における貨幣供給量と戦費につ
いて』と『シンドバッドの冒険M』、『これであなたも魅惑のフェロモンを〜トップ娼婦が教える24の方法〜』。

さて、どこから突っ込みましょうか。

「いや、仕事の本と言うか趣味の分野と言うか」

貨幣の本を『これはちがうんです』と取り返すシノ。私としては残りの2冊の方にコメントしたいのですが、とりあえずは彼女が抱えている本にコメントをした。

「仕事と趣味は分けた方がよいですよ」
「ジャーファル様に言われたくないです」

『あなたが何を言うんですか』と言わんばかりで見てくる部下の視線が痛い。

「というか、ジャーファル様、資料集めをしていたのでは?もしかして『いい感じ』に集められなくて困っていますか?」
「そうですが、休みを取っている部下に頼んだりはしませんよ」

そう言うと『ジャーファル様って意外と頑固ですよね』と呟く声が正面から聞こえた。君に言われたくありません。

「ジャーファル様が欲しい資料か分かりませんが、それに似た資料は『法務』分野の『諸外国』の棚にあるかも、です」

私の持っている資料を見て、シノが口を開いた。相変わらずすごい。彼女には黒秤塔の蔵書目録が入っているのかと思ってしまう。本人は『単なる本好きですよ』と言うが、『単なる本好き』ですみはしない。

彼女に礼を言うと、首をふり、笑顔で『では、明日もよろしくお願いします』と去っていった。本当に私服がなくて、官服を着ていただけらしい。

官服を身に纏っていても、休みの今日は緩んでいるのだろう。私に背を向けた彼女は、普段よりも小さな歩幅で、ゆっくりと離れていった。あれが本来の彼女のスピードなのだろう。

いつも仕事で後ろをついてくるスピードと彼女本来のスピードの違いに私は驚きながら、シノを見送った。その後ろ姿は私の頭の中にいるシノよりも随分小さかった。最近は近くにいすぎたのだろう。

紙幣導入というシンドリアの未来を左右するもの全てがあの小さな双肩にかかっている。今の私は彼女をフォローすることしかできない。

ならば、私のやるべきことは一つ。全力で彼女をフォローするだけだ。

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