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「午前休とってよいんですよ?」
「いや、なんか連日の修羅場で目が冴えてしまいまして」

修羅場と化した月末精算を乗り切った次の日は、多くの文官が有給や午前休をとる。その事実を知らず出勤してしまった前回の月末精算同様、私は今回も休むことなく時間通りに財務担当部屋に向かった。

そこにはやはり前回同様、修羅場明けの部屋を片付けるジャーファル様がいた。

目が冴えてとは言ったがそれはたくさんある理由の一つ。他には、トップであるジャーファル様一人に片付けを任せることはできないとか、月末精算明けは思った以上に穏やかな表情をするジャーファル様と話をしてみたいとか、ここに異動してきて1ヶ月経ったことを噛みしめたいとか、そんな様々な理由だった。

「1ヶ月経ちましたね」

思っていたことを口に出され、驚いて私はジャーファル様を見た。

「そんな顔をしてましたよ」
「あたりです。いきなり夜に人事異動の命令を出され、私の人生終わったなと思いました」

そう言って軽口をたたいた。1ヶ月でここまで言えるようになった。最初は政務官様八人将様偉い方みたいな感じでろくにしゃべれなかったのだが。

多分ジャーファル様が相当気を使ってくれているのだろう。

「あの時の文句は脱走した王に言ってください」

ジャーファル様は少しばつが悪そうに床に落ちている資料を拾った。当時ありえんと思った命令はジャーファル様の中でも、やっちまった的なこととして覚えられているらしい。そのことがすこし嬉しかった。

「シノ、どうですか?財務を担当して1ヶ月、何か困っていることはありませんか?」

心配そうに私を見てくるジャーファル様は、これだけ見れば本当にシンドリアの母だった。ジャーファル様のこういうところは未だにくすぐったく感じる。照れるのも悔しいので、私は顔に出さないようにして、口を開いた。

「ないです。あえて言えばもう少し睡眠時間を確保できれば嬉しいのですが」
「出勤してすぐのぼぉーっとしている時間と、昼食後の昼寝の時間をなくせば、多少早く帰れるのでは」

相変わらずよく部下の行動を見ている人だ。藪蛇をつついてしまったらしい。

「ジャーファル様は睡眠時間確保できていますか?」

ジャーファル様は財務の仕事以外にも政務官として全部門を束ねる仕事、王様の仕事管理、八人将としての役目、その他私が知らない役割と責任を多く背負っていることだろう。前世の、遥か昔ご近所の国にいた過労死をした超有能軍師を思い出し、不安になってしまった。

「大丈夫ですよ、自己管理はできています。それに私が仕事をすることで王の支えとなり、それがひいていはシンドリア全体になると思えば、仕事こそ本望です」

私の目を見て話しているが、ジャーファル様の目には私ではなく、彼が守るべきものが見えているのだろう。

「私達の采配一つでシンドリアの全ての国民を幸せにすることもできれば、不幸にしてしまうこともある仕事です。責任とやりがいのある仕事ですよ」

そう仰るジャーファル様の顔はすごく優しく、凛としていた。

普段の微笑を浮かべた顔ではなく、確固たる思いー王への尊敬の念やシンドリア国民への親愛、仕事へのやりがいと責任、今まで自分がしてきたことへの自信や誇り、ありとあらゆる正の感情をぎゅっと詰めたような、そんな表情。

私はジャーファル様を見てただただ綺麗だと思ってしまった。

仕事をここまで美しく語る人もいないだろう。

この方に仕事で認めてもらいたい。

以前からそう思っていたが、ジャーファル様のこの顔を見た瞬間からその思いは譲れないものとなった。



シンドリア全てをその目に捉えているジャーファル様とちがい、私はシンドリア全体のためとか、まだ考えられない。国のためという考えが前世の影響のせいか、自分の中で馴染まないのだ。

それでも、難民としてやってきた私を受けて入れてくれたこの国に恩を返したいと思うし、一緒に亡命してきた仲間がこの国で少しでも楽しく過ごせたらよいと思う。

そして、この国で知り合ったすべての人が笑顔でいられたらよいと思う。

そのために私は今、この方の隣で頑張ろう。

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