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「今日は定時で部屋を閉めますので、それまでにやるべき仕事は終わらせておいてくださいね」

今、ジャーファル様何て言った?

はてなが私の頭の中を飛び交ううちに、ジャーファル様の『解散』の台詞で、朝会のため彼の席近くに集まっていた財務官達がそれぞれの席に戻っていった。

「ヴィゴさん、ジャーファル様風邪でもひいたんですか?」
「風邪くらいであの人がどうにかなると思ってんのか、ちびすけ」
「いや、ないですね」

そんな会話をしたのが今朝だった。日が沈んだ現在、何故か私は、問答無用でヴィゴさんに拉致されている。そりゃぁ、部屋を閉めると言われた定時を過ぎたにもかかわらず、席でのんびり帰る準備をしていたのは悪いと思う。他の人、誰もいなくなってたし。

けど、米俵みたいに担ぐのは止めて欲しい。先ほどから周りの視線を独り占め状態だ。どこに連れていかれるんだろう。折角の定時上がり。思う存分寝られると思ったのに残念だ。

『暴れるの、めんどくさい』とヴィゴさんの肩で大人しくドナドナされていると、到着したのは財務官御用達の酒場だった。晩御飯を食いっぱぐれると私たちはよくこの店のお世話になる。普段よりも早い時間のせいか、店は大繁盛していた。どうするんだと、ヴィゴさんの上から眺めていると、彼はすいすいと人を避け、奥の席へと向かった。

そこにはついさきほどまで顔を合わせていた面々、財務官の先輩達がほぼ揃っていた。彼らに『遅いよ』と言われているヴィゴさんは、私を下ろして奥の席を指差した。すると、ジャーファル様が『こっちこっち』と手を振ってくれていた。

「こいつやっぱり帰って寝るつもりだったみたいですよ」

どうやら担当をあげての飲み会らしい。それならそう言ってくれればいいのに。私除け者ですか。だいぶ馴染んだと思ってたのに。

しょんぼりと肩を落としながらジャーファル様のところに行くと、一席分スペースが開いていた。ここ上座なんですけど、ここに座れと。

ためらう私をジャーファル様は座らせ、至極普通に『君の分はこれですよ』とパパゴレッヤのジュースを私の手に握らせた。

ここ酒場なのに、ジュースですか。この人の中で私は徹底的に子供らしい。色々言いたいことはあったが、一気に抵抗する気が失せてしまい、お礼と共にグラスを頂いた。

「秘密にしていて申し訳ありません。そんなに拗ねないで。前回の修羅場明けは忙しくてできなかったので、遅くなりましたがシノの歓迎会ですよ」

ふてくされている私を見て、ジャーファル様はネタばらしをしてくれた。どうやら驚かせようと秘密にしていたらしい。

『本人の予定もあるのでは』とジャーファル様は言ってくれたみたいだが、ヴィゴさんに『あいつ、絶対帰って寝るだけです、予定なんてあるわけない』と言い切られてしまったそうだ。うん、間違ってない。間違ってないよ。でも、何だろう、この悔しさ。

ジャーファル様の説明が終わるころには皆にグラスがいきわたっていた。

「じゃ、シノ、一言どうぞ」

えっ、いきなり?

皆にグラスを持つことを促したジャーファル様が私に振ってきた。『今日の主役でしょ』と戸惑う私の背中を軽くたたくので、私はとりあえずジュースを持ち立ち上がった。が、何も用意していない。

どうしたものかと先輩達を見回すと、皆が期待する目で私を見ていた。

『急に私の歓迎会とか言われても、気持ちが追いつかないんだけど』と思っていたにも関わらず、皆の顔が見える一番前に立たされると、勝手に私の思考は回想モードに切り替わってしまった。我ながら都合のよい頭だ。

学問担当にいたころは、『財務官はエリートで別の世界に住んでるよなー』と思っていた。でも、実際一緒に仕事をしてみるとそんなことはなく、よく部屋の片隅で寝てるし、暑くなると服は脱ぐし、忙しい時は発狂もしている。そんな彼らはもう別の世界の住人ではなく、私と職場を同じくする仲間だった。

たった1ヶ月、されど1ヶ月。どの人とも思い出があった。

忙しい中でも仕事を丁寧に教えてくれる先輩。疲れているのを感じとってか、よくお菓子をくれる先輩。私が周りに気を使っているのを察してか、ずけずけ物を言ってくれる先輩。本当に困った時にだけ手を差し伸べ、他は任せてくれる上司。

本当に大切されているし、仲間として認められている。それを再認識してしまえば、すごくすごく嬉しくて、お酒なんて一滴も飲んでないのに顔に熱が集まってしまった。

私が困っているのを見てか、テーブルの端から『がんばれー』なんて声援が聞こえてくる。余計恥ずかしい。鏡なんか見なくても分かる。今の私、耳まで真っ赤だ。皆の顔を見れなくて、つい俯いてしまった。

そんな私の顔を上げさせたのは『酒がぬるくなる、さっさとしろ』なんていういつもの声だった。『ちょっとヴィゴ君、空気読んで、空気、可愛い後輩が頑張ってるんだから!』とたしなめる声が聞こえた。『酒の方が重要です』『シノちゃんお酒にまけてるよー!』『いやー、若い子はいいねー、初々しい』『うちの娘もあれくら可愛げあればな』とか、もう好き勝手言いたい放題聞こえてくる。そこ、口笛吹くな!

「あー、もう、うるさい!この1ヶ月お世話になりました!これからもよろしくお願いします!乾杯!」

やけくそになった私は気のきいたことなんて言えず、顔の赤さを隠すように口早にありきたりの挨拶をした。

そして杯を高らかにあげると、早口だったにも関わらず、皆は私の音頭のあとに綺麗に唱和した。私の性格を知ってか、わざと言いたい放題言っていてくれていたなんて知らない。感謝なんて誰がするもんか。

もう知らない知らないと席に座って、熱を冷ますように一気に手元の飲み物を煽った。すると、忘れていたが、それはパパゴレッヤのジュースですごく甘く、見苦しくむせてしまった。そんな私を予想していたのか、さっと横から冷茶が差し出された。

もう、だからその娘を見守るような目、止めてください、ジャーファル様。

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