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やってきました月末精算。先週まで進めてきた紙幣導入の仕事は一旦おやすみ。大量の計算書類が溢れるこの時期は、どの財務官も一旦は自分の仕事を置いて月末精算に全力投球する。

ちなみに私が最初から月末精算にかかわるのは今回が初めてである。兼務を言い渡され、こちらに異動になった前回は、山場当日だった。実質一日しかやっていない。

月末精算のために財務担当が修羅場と化すのは1週間程。月のうち25%が修羅場ってことである。どうよ、それ。

「シノ、呆けてないで商業第三区の先月と去年度の税収表を取ってきて比較しておいてください。何店舗か閉店の話は聞いていますが、それにしても減り過ぎです。あと、南東区の果樹園のー」

次から次へと振ってくるジャーファル様の声に羽ペンを止めることなく返事をする。普段なら机の前まで行って指示を聞くのだが、そんな余裕はない。席から動かず、商業第十二区の酒税を計算しながら、ジャーファル様の指示を復唱する。

ここ最近一時的な記憶力がアップした気がするのは、絶対ジャーファル様が一気に仕事をふるからだ。



「ジャーファル様、計算終わりました」

指示された書類をジャーファル様の机にどさりと置き、部屋の中に聞こえるように声を上げた。

「黒秤塔行ってきます!返却資料及び貸出資料ある方は言ってください」

そう声をあげると、あちこちでこれ返しといてやらあの資料を借りといてだの声が上がる。財務担当部屋では私が下っぱである。資料の貸し出しや返却に先輩方が時間を割くなんて非効率である。そのため、私はできるだけまとめて、資料を持ってくるようにしている。

各々指示を受け取っていると、ジャーファル様の方から『ちょっといいですか』と声があがった。

「これの資料をいい感じでお願いします」

出た。ジャーファル様の『いい感じで』。

資料を借りる時、どの情報が欲しいのか、また欲しい情報がどの資料に載っているか分かっている時は往々にして少ない。そもそも欲しい情報が黒秤塔の蔵書にあるかどうかも分からない。

通常だと、それらしい資料を開いては確認し、違ったら戻しという作業をしなくてはならない。が、私は元・学問担当で、黒秤塔の図書管理も行っていた身。どんな蔵書があり、どの情報がどこの資料にあるか普通の文官よりも多少精通している。

それに気付いたジャーファル様は以前までの明確な指示ではなく、書類を見せ『いい感じで集めといて』と言うようになった。

これが物凄く大変。試されている気がするから手を抜けない。いや、他の仕事も手は抜かないけどさ。緊張感がちがうのである。


「只今帰りました!」

腕の中に溢れんばかりの資料を抱えて財務担当部屋に戻ると、待っていたとばかりに皆が資料を持っていく。

「ジャーファル様、頼まれていた資料ですがー」

資料名を列挙してジャーファル様の足元近くの箱に入れる。机の上は決済待ちの書類や資料で、もう借りてきた資料を乗せる場所がないからだ。私が足元でごぞごぞと資料を入れいていると、上から視線を感じた。

「何ですか?」
「いや、シノが想像以上に黒秤塔に明るくて助かっています」

そう言って微笑むジャーファル様の顔には濃い隈ができて痛ましいが、私も同じくらい酷い顔をしているだろう。仕方ない。これも財務官である証と思ってあきらめよう。

「私としてはいつも試されているみたいで、少しドキドキしますよ」
「もちろんそれもあります」

あるかのか。
頬がひきつった。

「シノは商業や農業方面には強いですけど、軍事方面には弱いですよね。いつも商業部門の資料を頼んだときは私が思いもつかなかった資料まで見つけてきますし」
「よくこの短時間で私の苦手分野まで分かりますね」

私が強い分野はあくまで前世の物差しで考えられるもので、それ以外はジャーファル様が言ったように弱い。軍事とか魔法とかは、何の情報が必要か分からない。

苦手とは言え、それでも一ヶ月程しかジャーファル様の下で働いていないのによく分かったものだ。

「部下を見て適材適所で仕事をふるのが私の仕事ですからね」

さすが、ジャーファル様。でも待てよ、それなら…

「ジャーファル様、その考え方でいったら、先ほど頂いた七海連合軍事規約の軍事費規定改定に関する資料チェックは私には、ちょっと」

軍事分野が苦手と分かっているのに何故。さらにさきほど渡された仕事は、ひたすら誤字脱字がないかチェックする仕事だ。私はそういう細かい仕事は苦手だったりする。そういう仕事は私より筋肉財務官ことヴィゴさんの方が適任だと思う。あの人見かけによらず、ねちっこい仕事が得意だ。

「シノは堪え性がありませんから、先ほどのような仕事もこなして忍耐力をつけ、ついでに軍事方面にも慣れていってください」
「…はい」

忍耐力がないの、ばれているみたいだ。

「あと、シノは体力が限界にくると仕事が大雑把になりますからね。忍耐を必要とする仕事は元気なうちにしてもらおうと思いまして」

この人、私より私のこと分かってるわ。てか体力が限界にきたら休ませてください。

冷や汗がたらりと背中を流れた。

「さぁ、まだまだ終わりませんよ、頑張ってくださいね」

そう微笑むジャーファル様は、鬼だった。

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