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週に一度黒秤塔資料閲覧室で開かれるジャーファル様との打合せもこれで3度目。現在は、来月行われる紙幣導入のための検討会議に向けて、発案書作りの真っ最中である。発案者は私であるが、ジャーファル様に手直しをしっかりしてもらっている。

仕事を任されたときに、『私は政務官として全ての発案に対して判断する立場にいます』って言っていたがかまわないのか?と問えば、『発案とアドバイスはちがいます。かまいませんよ』とのこと。

「ただ、会議で私が矢面に立つことはありません。発案者はシノで、この案が通るか否かは君にかかっています。そこのところは重々承知しておいてくださいね」

いやいや、アドバイスをもらえるだけでもありがたい。正直私だけじゃ、ままならないところがたくさんだから。



「では、流通については来週までに詰めておくということで。あと、シノ、この偽造防止に関して、前回から進んでいないようですがどう考えているんですか?」

『検討中』の文字が躍るその場所を指差し、ジャーファル様が聞いてくる。手をつけていないわけじゃない。全く思い浮かばないのだ。

「えっと。何かないですか?」
「私に聞いてどうするんですか。シノはどんなものを考えているんですか?まさか何も考えてないなんて言いませんよね?」
「そ、そうですね」

『まさか』という顔をしたジャーファル様を見ないようにして、私は記憶をたどり前世の紙幣を思い出す。あまり知らず、興味もなかったが、確かお札は『技術の結晶』とテレビで言っていたような。

お札は国の信用に基づいて取引がされている。ゆえに、偽造通貨の流通はその国の信用を揺るがし、最悪の場合、国家の転覆をも生じさせかねない性質を持つ。だから、私はこの国を守るためにも偽造が不可能な紙幣を作らなければいけない。

の、だけど。

現代日本でお札に使われていた技術の詳細なんて知らないんけど!シンドリアでどうやって再現したらいいのさ。

私が青くなっているとジャーファル様はため息をついた。

「考えていなかったんですね」
「いや、なんというか」

私は記憶を探り、日本のお札に使われていた主な偽造防止技術を思い出す。透かしが入っていた。あと、小さい文字で日本銀行券って書いてあった。他には、色もお札によって違ったけどこれも使えるかなぁ。

「えっと、透かし模様とか、どうでしょう?」
「透かしですか」

一番分かりやすく偽造防止として使われていた方法を提案した。ジャーファル様は私の提案を聞き少し考えている。シンドリアではあまり見かけないが、この世界にも透かし技術は存在する。小さい頃、商家を営んでいた実家で見たことがある。

「技術的には可能だと思いますが、コストがどうなるか」

あっ、忘れてた。

頭を抱えたくなった。基本中の基本であるコスト計算を忘れるなんて。

私は昔の記憶をベースに考えている。そのせいで、たまに重大な齟齬が発生する。ここは現代日本ではない。ボタン一つで複製ができたり、技術がそこら辺に溢れていたりするところではないのだ。もっと違いに気をつけなくては。

『見積もりを作ります』とジャーファル様に言うしかなかった。

「あと、シノ、この報告書で偽造防止のために何種類かの方法を組み合わせたいと書いてありますが、透かしの他に何かありますか?」
「隠し文字とかもいいと思います。ぱっと見はただの線に見えるように、小さい文字でシンドリアと入れたり」

私は思い出した技術をジャーファル様に伝えるが、彼は微妙そうな顔をするばかりで。

「それ、知られるともう意味ないですよ?」
「そ、そこはそう簡単に真似できないよう、すごく小さな文字で…」

そんなことをするには言わずもがなコストがかかるわけで。言っていて自分の浅慮さに悔しくなった。

再び『見積もりを作ります』と繰り返す私にジャーファル様は頷くだけだった。

提出した報告書を今すぐ取り返し訂正したくなった。全然ダメだ。それがジャーファル様にも分かっているのか、何も言われなかった。それがありがたくもあり、悔しくもあった。

この後、すぐ打合せはお開きとなった。話せる部分がなかったからだ。

「あまり気負わないでくださいね」

ジャーファル様は私を気遣うように見ているが、私はその視線に『はい』と答えるだけだった。各関係者との第1回検討会議は来月、月末精算明けだ。それまでに何とかしなくては。

「シノ、偽造防止技術に関しては私も考えておきますから、あなたは概要作りに今は専念してください。関係者が顔を合わせる初めての検討会議は大枠を伝えることが重要です。あと、最初に言った流通に関してもちゃんと考えておくのですよ」
「分かりました。でも、偽造防止って一番重要なところですよね」

ここがしっかりしてないと検討会議で一蹴されてしまう。私はジャーファル様の言葉に頷きながらも、意識はどのように偽造防止をするかを考えていた。

だから、そんな私を見てジャーファル様が眉をひそめていたことに気づきもしなかった。

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