10


「これはこれは、ジャーファル様。そちらが先日学問担当から引き抜いた文官ですか」

黒秤塔の資料閲覧室にジャーファル様とこもり、紙幣導入の打ち合わせをした帰りだった。

背中から投げかけられた耳に絡みつく声。どこかで見たことのある高官だ。私は目の前の初老の文官にそつなく目礼をし、ジャーファル様の後ろに控えた。

「噂には聞いていましたが随分と若い部下ですね」

遠慮なくこちらを眺めてくる視線に、私は内心眉をひそめながらも、当たり障りのない笑顔を張り付けていた。

どこにでも派閥は存在する。幸い学問担当はそのようなものとはほとんど無縁だったが、国の財を司る財務担当はそうはいかないらしい。たまにこうして絡んでくる方がいる。

「そうですね、しかし能力は年齢に関係ありませんので」
「そうですなー、まだまだお若いジャーファル様も、政務官や八人将の役目を得、シンドバッド王の右腕として活躍しているのです。彼女もさぞや優秀なことでしょう」
「えぇ、もちろん。至らぬところは少なくないですが、彼女はまだ若く、これからが楽しみです」

ジャーファル様の声は至っていつもどおり。後ろから眺めるあまり大きくない背中もこれまたいつも通り。だが、私はその背中からふつふつと滾る怒りを確かに感じた。最近頻度高いからなぁ。

「能力は年齢に少しも関係しませんので」

再びジャーファル様が繰り返した言葉に、目の前のすでに若くはない文官が眉をひくつかせる。ばかめ、そこらの文官がジャーファル様に勝てるわけがない。勝ちたかったら王様あたりを連れてこなくちゃ。

「確かに、仕事に年齢は関係ありませんな。ただ、年若いあなた方が密室に二人っきりというはあまり歓迎できませんな。あらぬ誤解を受けてしまいますぞ。まぁ、誤解でないのなら仕方ありませんが」

下世話な想像をしている文官に、『やっぱり見ようによってはそう見えるよね、機密上仕方ないこととは言え』と私は頷いてしまう。

紙幣導入という内容を考え、打ち合わせは、機密性保持のため人の出入りが激しい財務担当部屋ではなく、黒秤塔の資料閲覧室で行っている。資料閲覧室とは言っても小部屋であり、他の担当もよく会議に利用している。

そんな小部屋に若い男女が二人きり。片方が仕事の鬼のジャーファル様ということで、あまり噂にはなっていないが、あらぬ誤解を生んでいることは、たまにこうやっていちゃもんをつけに来る文官が教えてくれる。

実際はそんな甘い雰囲気なんて欠片も存在せず、ただひたすら紙幣導入の発案書にアドバイスをもらっているだけなのだが。

「あらぬ誤解とはどのようなもので?」

目の前の文官の言葉にジャーファル様は焦らず怯まず、あえて聞き返した。まぁ、やましいことなんて全くないし。

まさかそんな台詞が返ってくると思ってなかった文官は、『えっ』と焦っている。さすがに自分よりも立場が上の人に、『お気に入りの文官と密室で乳繰り合ってるんじゃないですか』なんて言えるわけがない。

だからか、初老の文官は私に矛先を変えてきた。

「それは、ねぇ、君、分かるでしょう」

どう答えるべきか。『きゃっ、恥ずかしい。何を言わせるんですか』『あなたも混ざりますか?』私のキャラじゃないなぁと逡巡していると、こちらを振り向いたジャーファル様の目が『やっておしまいなさい』と言っている。合点承知。

「申し訳ございません。私とジャーファル様が密室で何をなさっているとお考えなのですか」
「えっ」
「不勉強で恥ずかしい限りです。先ほど貴方様が仰ったとおり、私はまだ若く浅学でございますゆえ、何卒貴方様が如何様にお考えか聞かせてはいただけないでしょうか」
「そ、その…」

初老の文官としては私がジャーファル様と密会していることを指摘され、赤くなりうろたえることを期待していたのだろう。まさか教えを請われるとは思っていなかったらしい。

『さぁさぁ言ってください』と迫る私に初老の文官は言葉を濁し、そそくさと去っていった。ケンカを売るならもう少し踏ん張って欲しいものだ。先日絡んできた方はもう少し耐えた。耐えた分だけ、さらに過激にジャーファル様に撃退されていた。

「いつもすみませんね、シノ」
「お気になさらず。若い、かつ、女ということでたまに絡んでくるオジサマ方は前々からいましたから」
「そうですか、嫌な思いをしたらちゃんと言うんですよ」

職場のお悩み相談窓口は万全である。それに、この手のオジサマたちは紙幣導入検討会議が始まったら少しは減少するだろう。

それにしても思った以上にジャーファル様の敵は多いようだ。私達下っ端文官にとっては尊敬すべき政務官であり、憧れの八人将だが、そうは思わない文官も少なからずいるみたいだ。それを伝えるとジャーファル様は苦笑していた。

「政務官なんてしていると意見が合わない方だらけですよ。でも、皆国を思う気持ちは同じですから、ありがたいことです。急進・保守、両方の意見があるからこそ、よくなるんです。どちらかが欠けたら偏ったものにしかなりませんから」

言っていることは分かるが、大変なことだ。反対意見は少なければ少ないほど、無条件に賛同してくれるものが多ければ多いほど、仕事は進めやすい。だが、ジャーファル様の言うとおり反対意見があって初めて気づけるもの、よくなるものもある。寺子屋設置企画の時に身をもって経験した。

でも、言うは易し行うは難し。反対意見を納得させるには非常に時間と労力を使うことで、ジャーファル様のように思っていても、絶対私は口にできない。そんなことをさらっと言えるジャーファル様はやはり私と比べ覚悟が違うんだろう。

「まぁ、いわれのないことや、無駄に振りかかる火の粉は容赦なく払いますけどね」

知ってます。何度かその現場に居合わせ、容赦のなさを見てきた私は苦笑するしかなかった。

prev next
[back]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -