06


「お前、今日の昼、女の子と食事してたんだって?ピスティが騒いでたぞ」

シンの唐突な台詞に私は羽ペンの動きを止めてしまった。

「あぁ、シノのことですね。昨夜付けで私の部下になった方です。昨夜はろくに挨拶もできませんでしたので昼食を一緒にしながら話をしていたのですよ。少なくともピスティが考えているような関係ではありません」
「昨夜って、お前。あんまり部下に無茶させるなよ」
「シンが脱走しなければ、もう少し部下に楽をさせてやれるんですけどね」

そう言ってほほ笑めば、シンは罰が悪そうに視線を逸らし、『いや、昨日はさすがに俺も悪かったと思っているぞ、だから今日こうして、一日中大人しく席に座っているわけで』。そんな見苦しい言い訳をするシンに『座るのではなく、書類の処理をしてください』と一蹴すれば、『はい』と言って大人しくなった。

まったく。私だって好き好んで、人事異動初日というか前日に部下を無理やり呼び寄せ、残業をさせたわけではない。が、あの計算能力を使わないという選択肢はなかった。

今回の月末精算は新たな貿易航路開拓や難民の受け入れ等に関わる処理があり、前回よりもしなければならないことが多かった。あげくシンの脱走ときたもので、本当にどうしようもなかったのだ。

そんな時に部下からシノの計算能力についての報告を聞き、これを使わない手はないと思ったのだ。兼務でさえしぶられたのを、引き抜くとなってだいぶ向こうの上司に苦い顔をされた。

「シノって、以前予算会議で爺さん共を黙らせたあの子か」
「そうですよ、渋る各担当長官を論理でねじふせたあの子です」

私が最初にシノを認識したのは、数ヶ月前の予算会議の席だ。

学問担当が新たに予算を付けてほしいとのこと。内容を聞けば『寺子屋を設置したい』。

予算の取り合いをしている各長官はもちろん反対した。『識字率を上げる必要が分かりませんな』やら『そもそも国民からそんな要望は頂いていません、無用の長物では』など言いたい放題だった各長官を、『資源が少ないシンドリアは国民が財産であり、国民1人1人の知識レベルが上がることは、すわち国益増強に繋がる』と、説き伏せたのは記憶に新しい。

論理立てて意見を述べたその発言力も驚くべきものだが、出された資料も誰にも文句を言わせないものだった。それでも、なお色よい返事をしない各長官たちを黙らせたのは王の『かまわん、やってみろ』の一言だった。

彼女の提案は王をも説得させる素晴らしいものだった。

次に名前を聞いたのは、部下の報告の中でだった。食堂で造幣局勤務のものと話をしていたらしい。その内容が現在困っている貨幣の鋳造問題を根底から覆すものだったそうだ。

呼び出してみれば、凛とした表情で各長官を説き伏せた予算会議の時とはちがい、不安そうな顔をした小さな女性が私の前にいた。

ちょうど修羅場の時の財務担当部屋だったから余計心細かったのかもしれない。そんな彼女からは多忙を慮ってか、気がきく提案をしてもらい、喜んだのもの束の間、出てきたのは到底使えない報告書だった。

私はつい、叫んでしまった。

あの時出していた資料はどこに言ったのだ。何もあそこまで完璧に仕上げろとは言わない。が、それでもこの資料はありえない。そう思い、思いつくままに改善項目をあげると、目の前の彼女はびくっと肩を揺らし、報告書を直すと、書類をひったくって財務担当部屋を出て行ってしまった。

あとになれば私の指示の仕方もいけなかったのだろう。どういう目的でどういう情報が欲しいか、オーダーをしっかりさせずに報告書を作らせたのは私だ。

だが、あいにく修羅場中、そんな気を遣う余裕はなく、普段部下に接するように怒鳴ってしまった。手から奪い取られた書類。まずいなと思ったが、業務は次から次へとふってわいたため、私はあえてアクションをとることをしなかった。

もしかしたら、彼女からの報告書は戻ってこないかもしれない。そんなことが頭の片隅に浮かんだ。『最近のものはメンタルが弱いからいかんなー』と、少し前の朝儀でぼやいていたヒナホホ殿の台詞が蘇った。少々きつい訓練をしたら、次の日に何枚かの辞職願が机の上に置いてあったらしい。

しかし、私の懸念とは裏腹に、彼女は一日で寺子屋の時と同等の質の報告書を書きあげてきた。私が怒鳴った内容、論理立て、出典等全てをクリアしていた。そしてさらに他国での状況やシンドリアに導入する際のメリットやデメリット、注意点などがつけられた非常に意義のある報告書だった。

多少内容が偏っているところもあったが、それには目をつぶろう。出来にもスピードにも満足だ。できるなら最初からやっておいてくれという不満はあるが。

その後彼女の驚くべき計算能力を聞き、彼女を引き抜くことに決めた。通常、財務官は他の部署で経験を得てから配属されることになっている。しかし、私はシノならこちらでやっていけると、予算会議と先日提出された報告書を見て、確信をしていた。

実際、彼女は修羅場の中で大変気が立っている財務官達の中に放り込まれても、しっかりと渡された仕事をこなしていた。かなり怯えて、回りを一生懸命窺いながらも、シノは言うべきことは誰に対してもはっきり言っていた。だからこそ財務官達も見慣れぬ顔の彼女の意見をちゃんと聞いたのだろう。

彼女と一日しか接していないが、正直こんなに使えるとは思っていなかった。学問担当の上司が渋るのも納得だ。

まだ緊張がとれていない彼女が安心して、こちらで働けるようにするのが私の上司としての役目だ。昼食の時に、学問担当の先輩である男性と屈託のない会話をしているシノを見ながら、そんなことを考えた。

「これからが本当に楽しみです」
「優秀な臣下がいるのはありがたいな」
「そうですね、ではシン、その優秀な臣下達のためにも、書類の処理お願いしますね」

そう言って追加の書類を差し出せば、シンは苦笑しながら受け取った。

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