07


最近分かってきたことがある。ジャーファル様の半分は天使、もう半分は鬼だ。

普段は『シンドリアの守護天使』とか称されるようなほほ笑みを浮かべている。そのほほ笑みは大層綺麗で女の自分が悲しくなるが、その美人顔もスイッチ一つで鬼へと化す。そのスイッチを押すものは例えば王様の脱走だったり、ピスティ様の痴情の縺れだったり、ヤムライハ様の実験失敗による施設損壊だったり、今まさに私が提出した報告書だったり。

「何度言ったら分かるんですか、君は!」

ジャーファル様は詰めの甘い書類が嫌いである。それはもう親の敵の如くぶちきれる。友人には『うらやましい、気にかけてもらってるのよ』とか言われるが、そんな気のかけられ方は嫌だ。

辞表とか書いちゃったし。まぁ、ノリで書いてしまっただけで、今のところ、これの活躍予定はない。あるじゃないか、こういう、実行する気はないけど準備だけしちゃうってやつ。

脳内で誰かに言い訳をしていると、『自分に意識を戻すように』と言わんばかりにジャーファル様が、私が提出した書類をたたいた。

「聞いていますか、シノ。何で君はこんなに書類の出来に差があるんですか!知識の問題ですか!好みの問題ですか!体調の問題ですか!」

そう聞いてくるジャーファル様の目は見開いており、答えるまで、ひいては書類の出来むらをなくすまでは席に戻れると思うなよという顔をしていた。

「た、体調です」
「えっ、どこか悪いのですか、シノ」

私がそう言うと、それまで鬼が宿っていた顔は、はっとして一変、心配そうな母の顔に変った。ここにシンドリアの母が降臨された。

その優しさは嬉しいのだが、これ絶対怒られるよね、怒られないわけないよね。と心の中で涙を流しながら、口を開いた。

「ね、ねむかったので…」
「あんたは馬鹿か!」

チョップが飛んできた。『そういうことは黙っておきなさい』と怒られたが、言えと言ったのはジャーファル様じゃないか。

これまた最近分かったことだけど、ジャーファル様ってたまに言葉づかい崩れる。こっちが素なんだろう。

それにしても眠い。学問担当から財務担当になって以来、私の睡眠時間は8時間から4時間になっているのだ。日中眠くても仕方ないと思う。しかも今はちょうど1時間前に食べた昼食が消化されている頃合。外は晴れ、ぽかぽかしており、最高の昼寝日和である。

「人間は生理的欲求にはなかなか勝てないです。だって、睡眠欲は三大欲求の一つですよ。しかも他の欲求と違い、睡眠欲は勝手に身体に満たそうとするほど強い欲求なんです」

私のどうでもよい言い訳を聞いていられるほど政務官様は暇なわけはなく、私は手に黒秤塔に返す資料を乗せられ、ついでに顔を洗ってきなさいと部屋から出された。

化粧していると顔を洗うのって難しいんだけど。

私は仕方ないので手ぬぐいを冷やし、首元にあてた。ひやっとして気持ちいい。おかげで眠くてぼぉーっとしていた頭がすっきりする。一般的な終業時間まであと4時間、財務的終業時間まであと10時間、頑張らなくては。私は気を抜くと眠気に支配されそうな頭を振り、財務担当部屋に戻った。

すると部屋から普段はしない香ばしい香りがした。

「只今戻りましたー。何かいい香りしてますね」
「シノの他にも、生理的欲求とやらに支配されかけている人がいるみたいなので、侍女の方にお願いして入れてきてもらいました」

ジャーファル様の言葉にコーヒーを飲んでいる何人かがびくっとなった。私としては、その方にチョップして欲しかったのだけど。

「ちなみに君の報告書が飛びぬけて悪かったんですからね」

何故、考えていることが分かる。ジャーファル様の言葉に頬をひきつらせながら、私は席に戻り置かれていたコーヒーに口を付けた。程良い熱さと口の中に広がる苦味が頭をクリアにさせていく。前世でもよくコーヒーを眠気覚ましに飲んだなと思いだす。

「では、皆さん午後もしっかりお願いしますね」

ジャーファル様の気合を入れるその言葉で、それまでどことなく緩んでいた空気が程良い緊張の漂うものとなった。

本当部下の扱い方が上手い方だ。

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