08


ああああああ、穴掘って逃げたい!いや、もういっそ埋めて欲しい!

自分がしでかしたことに死にたくなった。勇利君に洗いざらいしゃべってしまった。あれだけお酒を飲んだのに克明に記憶している自分が疎ましい。自己嫌悪に陥る私を真上の照明が煌々と照らしていた。周りのお土産コーナーの明かりがすでに落とされているから、この食事処の照明は自分のためだけにつけてくれているのだろう。本当に申し訳ない。

食事処とお土産コーナーの一続きの広い空間にため息が響いた。一緒に飲んでいたはずのヴィクトルも私たちをたしなめていたはずの勇利君もいない。もう二人とも休んだのだろうか。酔っぱらって放置されたのは初めてだ。呆れられたんだろうなぁ。

先ほどまで酒宴が繰り広げられていた机にだらしなくほっぺをつける。火照った頬にひんやりとした感触が広がった。視線を横に逸らすと机の木目が目に入る。綺麗に拭かれたそこには私が一列に並べて数えていたお銚子もヴィクトルが積み上げていたビールの空き缶もなかった。意識を失う直前に勇利君が『もうやめなよ二人とも!飲み過ぎ。片付けるから!』とさげられた記憶が蘇る。

いい大人がやけ酒して何してるんだろう。というか、車で来ているのにお酒飲んだらダメでしょ。数時間前の自分に自分でツッコミを入れるがやらかしたあとでは虚しいだけだった。
ゆーとぴあかつきから一人暮らしの自宅まで徒歩30分。歩けない距離ではない。車は明日の朝謝罪の品といっしょに取りに来よう。そうしよう。そう決めた私はアルコールで鈍った体をのろりと起こし、部屋の端に誰かがまとめてくれていた荷物を手にした。照明はどうしたらよいかわからないので申し訳ないが付けっ放しにし、何度か使わせてもらったことのある従業員用勝手口へ向かった。

勝手口の扉を開けた瞬間、肌を撫でるように入ってくる冷たい空気にぶるっと体を震わせた。四月にしては肌寒く、いい感じに酔いが醒める。クリアになっていく頭とともに先ほどのことも鮮明に思い出された。これからどうしよう。ただでさえ勇利君と微妙な関係だったのに自ら終わらせた気がしてならない。何度目かのため息がこぼれた。まぁ、今後のことは歩きながら考えようと足を踏み出すと足元の砂利が思いの外響いた。ゆーとぴあの人を起こしたら申し訳ないと私は静かに足を進める。そーっとそーっと、抜き足差し足でようやく舗装された道に足をついた時だった。後ろからかちゃっと扉の開く音がした。

「何してるの香織ちゃん!」

深夜の暗い空間に勇利君の大声が響き渡った。今一番会いたくない人の声に一瞬走って逃げることも考えた。けれどその声音に珍しく怒りが混じっていることに気づき、後悔や後ろめたさに頭を支配されている私はおとなしく振り返った。

「…勇利君。家に帰ろうかと」

勇利君は返事を待たず勝手口のたたきにおいてあるサンダルを履きこちらへ走って来ている。私が気を遣って歩いてきた砂利の音が盛大に響いた。深夜だから静かにしないとみんな起きちゃうよなんて言える雰囲気じゃない。やってきた勇利君はすかさず私の手首を掴んだ。思いの外力が入っていて痛い。

「まだ酔ってるでしょ、飲んだの覚えてる?飲酒運転になるから車はダメだよ」

どうやら私が車で帰ろうとしていると思ったらしい。今提供側も罰せられるよねなんて思いながら首を横にふる。さすがに忘れていない。忘れられていたらよかったと思わなくもないが。
歩いて帰ることを伝えると勇利君の腕の力は少し抜けたけど、眉間の皺は深くなった。

「女の子がこんな夜遅くに出歩いたらダメだよ。危ないでしょ」
「職場の飲み会帰りとかこれくらいの時間になるよ?」

これより遅い時間だってある。別に社会人をやっていればそう珍しい時間帯ではない。

「……….うーん。それでもダメ。うちの周りあまり街灯なくて暗いでしょ。今日は泊まっていってよ」
「いや、さすがにそれは迷惑かけすぎて申し訳ないです」
「今さらだから。母さん部屋用意してるから使って」

今さらとか相変わらず勇利君はきっぱり物言うよね。でもここまで言われると断りにくい。どうやって断ろうかと頭を悩ますと私の考えがバレたのか手首をつかむ手に力がこめられる。

「それに夜冷えるんだからその格好じゃ風邪引くよ。ほら中戻るよ」
そう言って腕を少し引っ張られた。勇利君はこうなると頑固だ。今までの経験から私は帰るのを早々に諦めた。

「なら、酔い覚ましに少し歩きたい…明るいところ歩くから」

今こうして普通にしゃべっているけれど、頭の中はまだ混乱していた。迷惑をかけたあげくわがままを言っている自覚はある。それでも一人にして欲しかった。わずかな抵抗として、掴まれている腕を自分の方に引き寄せた。

「…はなして」
「……………分かった、少し待ってて」

眉間に皺を寄せすっごく嫌そうな顔をされる。そして深くため息をつかれたあと、何故か『これ持ってて』と勇利君の携帯を無理やり握らされた。え?と想う間に勇利君は先ほどよりかは小走りで本館に戻ってしまった。

一人立ち尽くす私の手の中にはプードル柄のカバーがかけられた携帯。その柄はヴィっちゃんを思い出させた。ヴィっちゃんにはよく勇利君への思いを聞いてもらったものだ。『君のご主人様なんなの、なんであれだけ好きって言ってるのに伝わらないの、勇利君地球人の皮かぶった宇宙人なの』と愚痴る私の顔を舐め回し元気付けてくれたっけ。ヴィっちゃんに話を聞いてもらいたい。今は亡き相談相手に思いを馳せたあと、はっと気づく。なんで私はこんなところで突っ立っているのだろう。勇利君には悪いがこのまま行ってしまおうか。そんな考えが脳裏をよぎったけれど携帯を持ったままでは帰れない。いや、勝手口に置いておけばよいかな。でも、そんなことしたら勇利君怒りそうだ。過去の経験上怒った勇利君はねちねちせめてきてかなりめんどくさい。いや怒られることしなきゃいいんだけど、とだらだら考えていると本館の方からだだっと足音が聞こえ勇利君がでてきた。タイムアウトだ。

勇利君は相当急いだみたいで息を切らしている。家の中を走ったのだろうか。彼の足音で誰か起きてないか心配になった。脇に何か抱えているからそれを取りに行っていたのだろう。

「ちょっと大きいけどこれ着て」

息を整えて渡されたそれは勇利くんの上着だった。外を歩きたいという私のために取ってきてくれたのかな。素直に『ありがとう』とお礼を言い、あきらかに自分には大きいコートに袖を通す。『なんか恋人同士っぽい!』なんて思う自分を心の中でタコ殴りする。今この状況でこの発想できる思考が黒歴史を産むんだって…。一人また凹んでいると『一応これもね』と、マフラーを隙間がないように丁寧に首に巻かれる。『香織ちゃんが思うよりずっと寒いよ』と整えてくれて、ようやく気づいた。これ恋人じゃない、妹でもない、酔っ払いが風邪ひかないようにしてくれてるんだ。申し訳ないさにもう笑うしかない。

そういや、小さい頃はこうやってよく世話焼いてくれたっけ。勇利君を兄と思ったことはないとさきほど言い切ったけれど、今思えばちょっと失礼なことを言ったかもしれない。でも、やはり、身内に抱くべきでない感情の方が大きくなりすぎて、私には勇利君が兄には思えなかったんだ。なんだかまた顔に熱が集まってきて、私は隠すようにマフラーをすこし引き上げた。
すると視線を感じたので、こちらも視線で問えば『なんでもないよ』と苦笑される。

忘れないように手に持っていた勇利君の携帯を返すと、『携帯預けてないと香織ちゃん帰ってたでしょ?』なんて言われた。よくご存知だことで。本当にお兄ちゃんしてくれてたんだね。妹でいれたらよかったのになぁ、なんてどうしようもないことを思ってしまう。
私の気も知らず、香織ちゃんって意外と単純だよねと言わんばかりに笑っている勇利君のお腹に一発拳を見舞いたい。そう思いながら勇利君を見ると服装が先ほどと違うことに気がついた。コートを羽織っている。

「あれ勇利君も外行くの?」
「僕も酔い覚ましに歩こうと思って」

あきらかに私の付き添いだ。さっきから迷惑しかかけていない。しかし、申し訳なさと同時に内心口を尖らせる私がいた。頭を整理したいのに混乱させる元凶がいたら意味がないと睨むも首を横に振られる。

「ダメ、ほら行くんでしょ」

そう言ってこっちを見ずに歩き出した勇利君を『待って』と追いかけた。既視感にはっとする。このやりとりすごく懐かしい。学生の頃はいつもこうやって追いかけていた。周りを気遣っているふりをして意外と勇利君はマイペースで自分のしたいようにする。なんだかんだでそれに私もお姉ちゃんも豪君も楽しく振り回されていた。

五年越しにようやく、私が勇利君にフラれたわけではないとわかったけれど、それと同時に奇跡的に知られていなかった気持ちが今になって知られてしまった。酔いに任せて勇利君に言いたい放題言って、ヴィクトルにお酒を飲まされた彼もそれに適当に相槌うったり私に謝ったりしていた。あの場にいた誰もが酔っていた。ためらいなく何でも言える雰囲気はお酒が作り出した幻で、酔いが覚めたらお終い。今まで以上に話しづらい関係になると思っていた。だからこそ、勇利君の中の私のポジションはどうなったかわからないけど、こうやって以前と同じように接してくれることが嬉しい。

優しい勇利君に甘えてさっきの痴態をなかったことにできそうだけれど、さすがにそこまで甘えたくなかった。私は妹として甘やかして欲しかったわけではない。一人の女子として見て欲しかった。だから、このまま終わらせることは勇利君を好きだった昔の自分が許さない。

私は息を吸いこみ、前を歩く勇利君の正面にまわりこんだ。

「勇利君、今日は迷惑をかけてごめんなさい。おばさんにも迷惑かけて、見苦しいこともいっぱいして」

半ギレでカミングアウトし、そのあとはお酒の酔いに任せて愚痴りちらす。社会人として本当に情けない話だし、初恋の相手にやらかすなんて女としてアウトだ。

「学生の頃も勇利君に甘えてやりたい放題やってごめんなさい」

このまま疎遠になってもしかたない。いい加減昔のツケを清算しなくてはいけない。そう思い頭を下げた。沈黙が痛い。なんて返ってくるだろうか。少しの恐怖と後悔と諦めと色んな気持ちがぐちゃぐちゃと混じり合っている。

「……頭あげてよ、香織ちゃんは悪いこと…いや、あんなに酔うのはどうかと思うけど、それ以外は悪いことしてないでしょ」

優しい勇利君はある意味想定通りの返事をくれた。しかし、悪いとまではいかないが本人に言い辛いレベルの後ろめたいことはたくさんした。学生時代に勇利君につきそうな悪い虫は目につく限り追い払った。豪君と勇利君が恋愛の話をした時に『告白とかされたことないや』と話していたそうだが、それは私が牽制しまくったからだ。その一環でお姉ちゃんと豪君がくっつくよう応援もした。全部さっきの席で言ったけど勇利君酔って覚えてないのかな。

頭を下げ、舗装されたアスファルトの一点を見続ける。私は勇利君が思っているほど可愛い妹ではなかったよ。目尻がじわっと熱くなったその瞬間勇利君に両肩を掴まれ、無理やり上体を起こされた。

「だから謝らないで。そんな泣きそうな顔もしない。正直驚いたし申し訳なさもあるんだけど。少なくとも迷惑してないよ。だからできれば普通に話してほしい」

勇利君は僕の目を見ろと言わんばかりにこちらを覗き込んでくる。

「父さんも母さんも真利姉ちゃんも香織ちゃん気に入ってるし。それに、再会してから全然しゃべれてないの、ちょっと寂しい…かな」

こちらを射抜いていた視線がすっと逸らされ、瞳がちょっと恥ずかしそうに細められる。

「よければたまに温泉入りにきてよ。はせっつーくん大変なんでしょ」

この話はこれでお終いと言わんばかりに勇利君が肩を掴む手をはなした。『さぁ行くよ』と歩き始めた勇利君の耳は夜だけれども街灯に照らされ真っ赤なのがよくわかった。

黒歴史と思い蓋をしてきたけれど、また普通にしゃべってよいのかな。まだ頭の中のぐちゃぐちゃは整理できていないけれど、自然と口をついて言葉がでてきた。

「ありがとう、勇利君のそういうところ今でも好きだよ」
「そう簡単に好きって言わない」

耳どころか首まで真っ赤になった勇利君の横に並び、久しぶりの会話を楽しんだ。

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