07


「な、なんでこんなことに…」

純粋にご飯を勧める母さんとさっさと入れと半ギレのユリオと面白がったヴィクトルに敵わなかった香織ちゃんはうちに引きずり込まれてしまった。そして、今僕の隣で顔を引きつらせながらご飯を食べている。僕の正面には楽しそうにお酒を飲むヴィクトル、香織ちゃんの正面にはご飯を物凄い勢いでかきこむユリオが座っていた。

先ほど玄関でユリオとしゃべっていたような話しやすそうな香織ちゃんはなりを潜め、元の社会人らしい香織ちゃんに戻った。僕はそんな彼女をたまに横目で見ながら静かに箸を動かしている。再会してからの気まずさをどうにかしようと意気込んでいたのに、僕のやる気はどこかに行ってしまったようだ。

「香織もビール飲むかい?」
「車なんでけっこうです」

ヴィクトルの誘いをきっぱりと断った彼女は母さんが置いていったお櫃の蓋を開けご飯をおかわりしている。昔は『私そんなに食べられないです〜』って言っていたのに今日は気持ち良いくらい食べている。一口の量が多いし、噛むスピードが早い。学生の頃とちがいちゃんと食べられるようになったのならよかった。まるでひな鳥を見守る親鳥の気分で香織ちゃんを見ていると、眉間に皺を寄せ、困り顔をされた。

「あの、勇利君。あんまりじっと見られると恥ずかしいんですが…」
「ご、ごめんね」

僕の返事は相変わらずどもったものだった。そして僕たちの間にはいつもの微妙な空気が流れる。正面のヴィクトルとユリオは『よくも寺にやったな!』『俺坐禅したことないんだ。一度くらいはしてみたいね』『ふっざけんな!』と騒いでこちらの様子なんて気にもかけていない。どうしようと一人勝手に焦る僕に救いの手ならぬ声をかけてくれたのは真利姉だった。

「あれ、香織来てたんだー」
「真利さんお久しぶりです」
「久しぶり。あんた、相変わらずいつもばっちり決めてるねー。大学行ってから都会の子になっちゃって」
「そうですか?」

首をかしげる仕草は昔と同じままだけど、香織ちゃんは本当にきれいになった。モテるんだろうな。悪い男に騙されないとよいんだけど。兄貴分としては少し心配になる。

「そうだよ。香織ちゃん、本当にきれいになってたから再会して僕も驚いたよ」

そう言った瞬間香織ちゃんが微妙な顔をした。言いたいことあるけど言えないみたいな。

「勇利〜、香織ふったの失敗だったんじゃない?私、香織がいもうとになるの楽しみにしてたのに」
「えっ?」

僕の肩にのしかかり、真利姉が心底楽しそうな声で言う。…何それ?香織ちゃんをふったって?固まる僕の隣で香織ちゃんが米粒をぶほっと飛ばした。

「ちょ、ちょちょちょ!!真利さん、ストップ!!」
「香織、あれ以降真利姉って呼んでくれなくなったし」
「うわ!わ!!わ!!私が悪かったです!真利姉!口閉じて!!!」

先ほどまで騒いでいたヴィクトルたちもこちらを見ている。日本語がわからないヴィクトルはハテナを浮かべてるし、ユリオは汚ねぇな!なんて米粒をとばした香織ちゃんに怒鳴っている。そしてその香織ちゃんの顔は真っ赤だ。

「いもうと?」
「今のなし!なし!勇利君は何も聞いてない!聞いてないよね!!!そう、聞いていない!」

肩を掴まれ、香織ちゃんの顔が聞いていないと言えと迫ってくる。あっ、なんかいい香りがする。

「真利姉傷えぐらないで。すっごく微妙な感じでふられたって言ったじゃん!」
「あれ、そうだったけー。ふられたからリア充してやるとか言って、本当にリア充し始めたのが強烈で、ふられた辺りの話あんまり覚えてないわ」
「そこらへんが一番重要じゃん!」
「香織ちゃん、リア充してたんだ…」
「勇利君も変なところ拾わないで!」

両手で頭を抱え呻く香織ちゃんを見て真利姉は『悪かったわ』なんて言いながらビールの空き瓶を回収し去っていった。その顔はかけらも悪く思っていそうにない。そして、机の上には真っ赤になってつっぷした香織ちゃんが残った。同じテーブルについていた僕ら三人は動かなくなった香織ちゃんの後頭部を見下ろしながら視線を交わす。日本語での会話だったからヴィクトルは指を口に当て困ってるし、ユリオはめんどくせーと言わんばかりの顔。香織ちゃんになんて声かけよう。再会して以来一番声をかけづらい。なんて思っていたら。

「香織は勇利と付き合ってたのかい?」

ヴィクトルがとどめを刺しにきた。

「うわあぁぁああ」

がばっと叫びながら顔を上げ、また大げさに机にふせる。ユリオが声の大きさに盛大に顔をしかめている。

「付き合ってないですよ!!だから、ゆーとぴあには来たくなかったんだよー。勇利君のバカ!」
「えっ、僕?」

いきなりバカ呼ばわりされ驚く僕なんて気にせず、香織ちゃんは突如壊れたように喋り出した。

「バカバカバカ!」

その喋り方は再会してからの印象を壊すもので、ヴィクトルもユリオもそして僕もぽかんとしてしまう。そんな僕たちに気にせず香織ちゃんは『いい?』とびしっと僕を指しながら言った。

「私にとって勇利君は黒歴史だよ」
「えええ、黒歴史って何!?」
「あんなに好きって言ったのに豪快に無視ってさ…」

勢いが良かったのは最初だけで香織ちゃんはどんどん眉を下げて、あっという間に顔もうつむいてしまった。しょげた時のヴィっちゃんもこんな顔してたなぁなんて失礼なことを思って苦笑してしまう。

「今笑うところじゃないよ!」

自分が吹き出した米粒を拾う香織ちゃんに怒られた。確かに笑うところじゃない。

「……えっと、香織ちゃん僕好きだったの?」
「それを今ここで聞いてくる?あんなに主張してたよね!?私会うたび言ってたよね?」

すごいことを言われた気がして確認すると、目尻に少し涙を浮かべきっと睨まれてしまった。確かに会うたび言われていた。それこそ挨拶代りみたいに言われていた。だからこそ、僕は…。

「いや、兄みたいな感じかと」

顔を赤くして睨んでくる彼女から視線をそらす。思い返せばもしかしてと思うことはあれども、当時の僕は香織ちゃんがそう言う感情をもっているとはかけらも思わなかった。

「勇利君のどこがお兄ちゃんなの?全然頼りないよ」

机をだんっと強く叩かれ、お皿ががしゃんと跳ねた。一応香織ちゃんの世話を焼いていたつもりだけど、兄というには頼りなかったか。香織ちゃんを年の近い妹と思い接してきたから少しショックだ。そんな僕の内心を知ることもなく香織ちゃんは続けた。

「勇利君はヴィクトルに恋してたもんね…。私に勝ち目なんかないよね」
「ちょ、ちょっと待って!ヴィクトルはそんなんじゃないから!」

自分の名前がでてきて不思議そうに見るヴィクトルに香織ちゃんは、『勇利君はヴィクトルが大好きで大好きで、おかげでわたしの初恋は実りませんでした』なんて英語で言いはなった。

「香織ちゃん!ヴィクトルは憧れであって恋じゃないから!」
「ヴィクトルの話するときは頬を赤らめて嬉しそうにしてたじゃん!あれはもう恋だよ恋…周り見えてないじゃん」

わざわざ英語で言う彼女に僕は焦る。

「わぁお、俺は勇利に恋されてたのかい?」
「ちがうから!」

『…うわぁ』なんてユリオがひいている。

「憧れだから!香織ちゃんの思いに気づかなかったのはヴィクトル関係なくて、それ以前の問題だから」
「……それ以前って勇利君言い方ひどい」
「わぁお、勇利は香織を袖にしたんだね」
「香織、お前趣味最悪」
「初恋なんて趣味悪いもんでしょ!」

趣味悪いってひどいや、二人とも。香織ちゃんもユリオも本人を目の前に言いたい放題だ。香織ちゃんがユリオに初恋なんてものは古今東西黒歴史になるんだよと力説している。
それにしても再会してから妙によそよそしいのがようやく分かった。そりゃ、フラれた相手とは話しづらいよね。……あれ?フラれた相手?

「ちょっと待って香織ちゃん!僕告白された記憶ないよ!いつされたっけ?」
「勇利、幼馴染の告白を忘れるのはいくらなんでも…」
「お前最低だな」

『ファンならまだしも…』とヴィクトルは僕を非難の目で見てくるし、『世の中のたいていの男はこいつよりマシだからそんなに凹むなよ』とユリオは香織ちゃんを慰めている。いや、本当に待って!僕の記憶にそんなものはない。

「あれだけ好きって言ってたのにぜんぶ無視するし…お姉ちゃんとはメアド交換して連絡とってるのに私には連絡くれなかったじゃん。最後の方私を避けていたし、もう私とは連絡取りたくないのかなって…」

私の中ではあれが決定打だよなんて呟いている。確かに僕が進学のため長谷津を離れる時にアドレスを書いた紙を渡された。

「勇利、黙ってフェードアウトは俺もたまにしたけど、禍根を残すから良くないよ」
「黙ってヴィクトル。香織ちゃん、もらったアドレスにメール何度送っても戻ってきたよ」
「……知らない、私の初恋返せ」

少し拗ねたような香織ちゃんは『勇利君勇利君』と押しまくっていた昔とも再会して仕事のできる女性ともちがう、僕が初めて見る表情だった。

そのあと、半ギレ状態の香織ちゃんは『お酒!お酒飲まなきゃやってられない』と言ってビールを煽るように飲みはじめた。そんな彼女にヴィクトルが『そうだよ、失恋を忘れるにはやっぱりお酒だよ』とか言いながらどんどんコップに注いでいったので、いつ間にか食事処には酔っ払いが二人できあがっていた。『聞いてヴィクトル〜、勇利くんひどいのー避けてたんだよ私のこと』『勇利は罪な男だね。おれの初恋もね…』と二人でめそめそと泣いてる。僕はため息をつきたくなった。ちなみにユリオは酔っ払いに辟易して部屋に戻ってしまった。僕も部屋に戻りたい。

程なくして香織ちゃんの意識が完全に飛んだので僕の独断でお開きにすることにした。まずはヴィクトルに肩を貸して部屋に連れて行く。なんかぐだぐだと初恋の憧れの女性について喋っているが聞かなかったことにして僕は部屋を出た。あぁ、重かった。僕だって多少お酒を飲んでいる。酔いが回りそうだなぁなんて思いながら、肩を回し、今度は香織ちゃんを一人置いてきてしまった食事処へと向かった。

そういや、すごいこと言われたなぁ。
あの時は香織ちゃんが顔真っ赤でわけがわからない感じになっていたので、僕も少し恥ずかしがりながらも余裕な感じで対応したけど、今になっててれてきた。香織ちゃん、僕のこと好きだったのかー。いつも『勇利君勇利君』と駆け寄って来ていたけどそういう感情があったんだね。僕、かけらも気づかなかったや。僕が香織ちゃんなら数日で心が折れるような対応していた。いつから好きって言われていたか考えるが思い出せない。自分の鈍感さにすごく申し訳なくなる。

しかし、今の香織ちゃんは僕にそういう好意は持ってなさそうで、よかったのかもったいないことをしたのか、自分でもよくわからない。ただ言えることは、半ギレではあるけれど本音をぶつけてくれる香織ちゃんは今までの中で一番喋りやすかった。

深く考えれば考えるほどドツボにはまりそうなので僕は考えないことにした。それでも僕の頬が赤いのはお酒のせいだけじゃない気がする。僕は平常心平常心と言い聞かせて足を進めた。

さて次は香織ちゃんを部屋に案内しなきゃ。母さんが酔っ払った香織ちゃんを見て部屋を用意するって言っていた。

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