06


『戻りました』という声が聞こえたので正面玄関に行ってみると、ふらふらのユリオと香織ちゃんがいた。ユリオだけ坐禅をするつもりが香織ちゃんも巻き込まれて一緒にしてきたようだ。悪いことを頼んだかな…。今日役場から来てもらった時にさえ疲れが見てとれたのに、今では一周回って変な笑顔を浮かべている。

「ちゃんと送り届けたので。それじゃ、私はこれで」
「うん。ありがとう」

なんとお礼を言ったらいいのか悩んでいるうちに彼女はさっと手を挙げ踵を返した。疲れは見えるものの、背筋をのばし素早く歩き出す後ろ姿は声をかけるなと言っているようで、また喋り損なってしまった。嫌われてはいないと思うけど…。少し落胆する僕の耳に、母さんの声が届いた。

「あら、香織ちゃんじゃなか?」
「あっ、お久しぶりです、おばさん。この前はお世話になりました」
「そんなことなかー。こっちこそあんなにたくさんの人に応援してもらってありがとうね」

母さんは僕と違って五年ぶりに香織ちゃんに会うというわけではなさそうだった。僕がここを離れている間にも交流があったのかな。
お辞儀をする彼女の声は僕の時と同じ丁寧語だけど、僕の時よりもトーンが柔らかい気がする。あれ、もしかして僕嫌われてるのかな。どこまでもネガティヴに考えてしまう自分が嫌だ。でもやっぱり母さんには表情も優しい気がする。

「ユリオ君送ってくれたんね、ありがとうね」
「いえいえ、仕事ですので。では、私はお暇させてもらいますね」
「そげんこと言わんで、せっかく来たんやしゆっくりしてくとよかよ」
「いえいえ、お気になさらず」
「この前もそう言うて」
「…いや、仕事が忙しくて」
「そんなら、なおさらね、ねぇ勇利」
「えっ、あっ、うん、ゆっくりしていって」

あぁぁ、僕のバカ!どうしてもっと気の利いたセリフ言えないんだ…。

急にふられて引きつりながら言った僕のセリフはどう聞いても、棒読みで本心じゃなさそうだった。目の前の香織ちゃんの笑顔も引きつっている。彼女の心の中のに米粒レベルであったかもしれない『うちらでゆっくりしていく』という選択肢は多分今消えさった。お互いの口から『へへっへへっ』『ふふふ』なんて変な笑いがでる。そんな微妙な空気に気づかず母さんが話を続けてくれた。

「一人暮らししよるんやろ?ご飯食べていったらよかよ」
「えっ、ごはん!?」

このまま帰ってしまうと思われた香織ちゃんはご飯という単語に顔をあげた。どうやらお腹がすいてるみたいだ。それに僕は少し首をかしげる。お腹がすいている香織ちゃんって珍しい気がする。学生の頃の彼女のお弁当は幼稚園児が食べるような小ささだった。あまりにも衝撃的でよく覚えている。しかも、それを全部食べきる前に『お腹いっぱいなの』と言っていたっけ。明らかにカロリー不足の弁当にすごく心配になった。だからご飯につられる彼女ってすごく新鮮だった。僕のあからさまな視線に気づいた香織ちゃんの頬はぱっと紅くなった。先ほどとは打って変わって視線をさ迷わせてるのを見ると、相当恥ずかしいみたいだ。ちよっとかわいい。

「今日はお客さんももうおらんよー、温泉も入っていくとよかよ」
「温泉!…あっ、いやいや…」

温泉の単語を聞いた香織ちゃんの目はわかりやくすキラキラした。そして、また恥じるように顔を赤くする。そうそう、昔の彼女はこうやってよく顔に出たよね。再会してからの香織ちゃんは全然何を考えている分からないので、ようやく素の部分に僕はすごく嬉しくなった。

「いや…。今日は帰りますね」

しかし、あんなに嬉しそうな顔をした香織ちゃんの答えはNoだった。母さんもあれ?という顔をしている。彼女は何か悔しそうな拗ねたような顔をしている。これはもうひと押ししたらいける気がする。僕は今までの気不味さも忘れ口を開けた。

「入っていきなよ、香織ちゃん。打ち身にも効くから、ね」
「そ、それはかなり捨てがたいですが…」

香織ちゃんは一瞬あざに目をやった。そして、『うぅん、でも…』と相当渋っている。なにか問題があるのかなぁ。そう思っているとちらっとうかがうようにこっちを見てきた。なんだろう?そのときだった。

「何もめてんだよ、とっとと入れよ!」

怒鳴ったのは、玄関で押し問答をしてる僕たちの隣りにいたユリオだった。日本語で話しているため置いてけぼりだったので悪いと内容を英語で伝えると、ユリオは香織ちゃにあぁんとガンを飛ばした。

「てめぇ腹減ってんだろ!こっちはお前せいで疲れてんだよ、さっさと入れよ!」

そういうや否やユリオは香織ちゃんを家の中に突き飛ばした。

「い、痛いよ、ユリオ君」
「ユリオ、女の子には優しくしなよ」
「はっ、女の子って年齢じゃねーだろ」
「ユリオ君、虎缶没収するよ??」
「なっ!あれはもう俺のだからな!」

突き飛ばされた肩をさすりながら香織ちゃんとユリオは僕にはわからない内容の会話をしはじめた。虎缶ってなんだろう。ユリオはパーカーのポケットの中にあるだろうその虎缶をおさえながら、きたねーぞ!と叫んでいる。

「ユリオ?」

その声を聞きつけたのか玄関に行ったきり戻ってこない僕を追っかけてきたのか、ヴィクトルが顔を出した。彼の目は驚きで開いている。二人がこんなに親しくなっているのにも驚きだし、キャリアウーマン風だった香織ちゃんがユリオとぎゃーぎゃー騒いでるのも驚きなんだろう。何があったの?と言わんばかりに僕に視線をくれるが、僕だって驚いている。

「ずいぶん賑やかだと思えば、すごく仲良くなってるね。香織、ユリオをよろしく」
「仲良くねーよ、そもそもこいつがっ!」
「あぁ、ばらさないでー!」

No!Stop!と腕を振る香織ちゃんと、彼女を鼻で笑うユリオ。二人は本当に仲よさそうだ。坐禅にいった数時間でどうやってこんなに仲良くなれたんだろ。僕はまだ香織ちゃんとろくな会話もできていないのに。

西郡と香織ちゃんがこうやって騒いでいるのを優ちゃんと僕で見守っていたことがふと思い出された。ここ数分で一気に最近の彼女ちゃんのイメージが崩れ昔に戻っている。この香織ちゃんなら僕もちゃんと会話ができそうな気がした。

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