05


今日のはせっつーくんタイムは一言で言うと地獄だった。早帰りの小学生の集団に出くわしてしまったのが運の尽き。彼らの無駄に有り余った元気さに若干ひきつつ愛想を振りまいていると、たまたま彼らの中の一人が私の手に気づいてしまった。

「はせっつーくん、こん足に手入っちる!!」
「まじかよ!もん片方はどっかな!!」

中に人が入っている事実をつかんだ彼らは容赦なかった。これはまずいと逃げようと試みるも、こちらは重さ5キロのはせっつーくんを装備中。私はものの数秒で彼らに捕まり小突き回されてしまった。何度はせっつーくんのえんぺらで振り払ってやろうと思ったことか。はせっつーくんの温厚という設定に救われたね、ちびっこども。満身創痍とはまさにこのことだった。

そして、疲労困憊で職場に戻った私を待っていたのは上司の嬉しそうな顔。あぁ、嫌な予感。

「主催者様が呼んでるからアイスキャッスルに行っておいで」
「…お昼まだ食べれていないです」
「はい、これ。この前僕が大阪出張した時のお土産ね。車の中で食べて。開催まで日がないんだし、協力協力!いってらっしゃーい」

町おこしに四苦八苦している中、呼ばずとも人が全国からやってくる温泉onアイスは長谷津にふってわいた一大イベント。開催まで日数がないこともあり関係各者は期待と焦りを胸にどこか浮き足立って準備していた。もちろん上司も例にもれずテンションがいつもより当社比3割増しで鬱陶しさ5割増しだ。
そして、このお祭り騒ぎに浮かれることのできない私は当社比5割減のテンションで化粧を整えアイスキャッスルに向かった。

途中信号待ちで上司にもたされた大阪土産のゴーフルをかじる。それが入っていた黒と黄色の見慣れたトラ柄の缶を眺めて、上司が某チームを好きと言っていたことを思い出す。そういや、上司が温泉onアイスの話をするとき、野球の話をするときと同じテンションになっている。長年愛してやまない虎のチームと同じ気持ちに上司をさせる温泉onアイスのすごさにびっくりする。

それにしてもお腹がすいた。はせっつーくんは体力を使うのだ。ゴーフルくらいじゃ私の空腹はどうにもできない。勇利君に会うというのに空腹と疲労でいい具合にドキドキが吹っ飛んでいた。

「呼び出してごめん。向こうの方が香織ちゃん向かわすって言ってくれて」

前回同様気まずさを引きずり、視線の定まらない勇利君に『あぁ、そうなんですねー』なんて適当な返事をする。黒歴史を思い出す余裕も彼の横に立って手を振っているヴィクトルの端整な容姿に喜ぶ余裕もなかった。耐えられると思ったが切実にお腹がすいている。勇利君の用件が終わったらご飯を食べに行こう。

「なんか疲れてる?」
「うん、すごく疲れてる…」
「って、あれ?すごい痣あるよ!大丈夫?」

空腹を気取られないように取り繕うことをあきらめた。その私に違和感があったのか一瞬勇利君が不思議そうな顔をするも、目に止まった私の膝を指差さした。そこには確かに勇利君の指摘通り黒のストッキングの上からでも容易にわかるくらいの青痣が広がっていた。気がつかなかった。はせっつーくんのときかなりの力で小突かれたからかな…。明日からしばらくスカートをやめてパンツを履こうとクローゼットの中を思い出していると、『痛そう』とつぶやきながら勇利君がじっと見てきた。
しっかり見てくる。
じっくり見てくる。
下の素肌を見ようと勇利君の視線は私のストッキングの上から動かない。いつまで見ているんだろう?恥ずかしさに少し身じろぎをすると、私の気持ちが伝わったのか勇利君の耳が一瞬にして赤くなった。

「あっ、ご、ごめんね。そんなつもりじゃなくて!!!何があったのかなーなんて!」
「ダメだぞ勇利〜。そんなに舐めまわすように見たら」
「ちょっとヴィクトル!舐めまわすって!そ、そんなことないからね、香織ちゃん!!」

爽やかな笑顔でつっこんできたコーチに勇利君は手を振って発言を止めるのに必死だ。…そんなつもりってどんなつもり。あははと空笑いする勇利君の声がだだっ広いスケート場に響き渡った。このままでは埒が開かなくなりそうなので、私は口を開き言い慣れた理由を言った。

「イカ漁にでくわしたみたいな感じです。たまにあることなんでご心配なく」
「えっイカ漁??」
「香織はイカ漁もするのかい!日本の役人はすごいね!」
「それよりも何か用なんですよねー?」

間違った認識を持たれていそうだがまぁいいや。説明するのも面倒なので要件を促した。
さぁ、さっさと済ませて、直帰してお肉食べてビール飲んで寝よう。


「くそやばい…おしゃれじゃん」

あっ、15歳だったけ、この子。
車の助手席で、先ほど上司からもらったトラ柄の缶を抱きしめているユリオ君は見かけ天使の年相応の少年だった。

『ユリオに寺を紹介してくれ』なんてヴィクトルの説明不足の英語に勇利君がフィギュアの表現で悩んでるんだとフォローしてくれた。仕事で観光パンフレットの町の要所案内掲載のために何度か足を運んだことがある馴染みの寺で坐禅体験をすることになり、そこへユリオ君を私の車で連れて行くことになった。
その寺まで、車で20分程度とは言え年頃の少年と二人っきり。ユリオ君とは短い間しか会っていないが勇利君やヴィクトルに怒鳴っている印象が強い。さっきもランニングから帰ってきて寺行きを知らされ『本当に寺に行くのかよ!意味わかんねー!!』と怒り狂っていた。狭い車内は微妙な空気になりそうだと思っていたが、ありがたいことに、私の心配は杞憂だった。

ユリオ君を私の車に案内した途端、彼の目はトラ柄のゴーフル缶に目が釘付けになった。もしや彼もお腹が空いているのかと思えば、中身よりも缶に惹かれたそうだ。どうやら虎が好きらしい。残っていたゴーフルを出し、缶をあげると『いいのか!返せって言われても返さねーぞ!』ときらきらした目で言われた。

「虎好きなんだねー。時間があるなら大阪行ってみるとよいかもね。シーズン開幕してるし、多分町にトラ柄溢れてるよ」
「オオサカ?天国かよ!」

そんな会話をしながらユリオ君と親交を深めた。それがいけなかったのか。

「おい、おいてくのかよ!」

なんて、子猫のような目で私を見てくるユリオ君がいた。そして、私の傍らには逃すまいと肩を抑える住職。
私もユリオ君と一緒に坐禅体験をさせられそうになっていた。勇利君にはユリオ君の寺までの送り迎えを頼まれただけで坐禅中は好きなことしていてと言われていた。なので、コンビニで遅めのお昼を買って食べる予定だったのに。なんで私まで…。

「香織さん、君もしていきなさい」
「いやぁ、私そういうのは…」
「お前もしてけよ。通訳だろ」
「いや通訳じゃないよ。それに座禅に言葉はいらないかと…」
「ふざけんな、お前だけ逃げんじゃねー!」
「香織さん、何事も経験です」

ダメだ、左右から英語と日本語二言語でまくしたてられ、脳みそが追いつかない。逃げ切れる方法が思い浮かばず私はその場にがっくりとうなだれた。あぁ、ご飯……。

坐禅をすると自分と向かい合うことができるとか癒されるとか言われているけれど、残念ながら、今の私は『お腹すいた!疲れた!組んだ足痛い!』しかでてこない。せっかく初めての坐禅なのにありがたみも何もあったものではない。私は気を抜いたらでそうになるため息を飲み込み、自分と向き合おうと私は気を引き締めた。

心を無にしてと何度か繰り返していたらふと浮かんだのは少し困り顔の勇利君。再会してからほとんど喋れていない。私が仕事とはいえ昔とあまりにも違う態度で接していることもあり、勇利君もすごく喋りづらそうにしている。申し訳なさを感じるも、それ以上に昔のことを思い出し恥ずかしさで穴を掘って逃げたくなる。あぁ、ダメだダメだ。『勇利君大好き!』と叫ぶ過去の私を追い払うように歴代彼氏の名前を心の中で唱えた。するとその途端警作で肩をたたかれる。

……痛い。黒歴史がにじみ出ていたのかな。あぁ、それにしてもお腹空いた。なんて考えていたら再び警策で叩かれ小気味良い音が響いた。……何故バレる。

座禅が始まって数分。私しか叩かれていない。私の方が煩悩にまみれてるのかな…。なんて思っていると私のお腹からぐぅ〜と情けない音がでて、静かな広間に響き渡った。うん、私煩悩に溢れてる…。恥ずかしさに顔をうつむけると同時に隣でぶっと吹き出す声が聞こえる。すると間をおかず警策が今度は隣の少年を叩く音がした。そして『くっそ』と舌打ちのあとにもう一発同じ音が響く。
ごめんよ、ユリオ君。
坐禅が終わるまで何度かこのやりとりが繰り返された。

「お前腹の音なりすぎ!集中できねーんだよ!!」
「いやぁ、本当ごめんね、お昼食べれてなくて。それにお腹の音とか下界のこと気にしてたら座禅はダメだよ、多分。で、何か掴めた?」
「掴めるわけねーだろ、くっそー、足も体もいてー。あのハゲばんばん叩きやがって。覚えてろよヴィクトルのやろう!」

足の痛みでユリオ君の口の悪さはマシマシだ。
『まぁまぁ』となだめながら、私も『原因はあのレジェンドか…』と恨みをこっそり募らせた。もう空腹と疲労が限界に達して、車の助手席でだらしなく足をダッシュボードにかける彼をたしなめる気にならない。

「そうだ、ユリオ君、私お腹すいて死にそう、足も痛い。事故ったらごめんね」

『ふふふ』なんて普段しない笑い方をしながら先に謝っておく。『ふっざけんな!』とわめきながらもさっと足を下ろしシートベルトを急いでするユリオ君をよそに私はアクセルを踏みこんだ。

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