04


「お久しぶりです、勝生くん」


勝生くん。そう声かけてきた女性は長谷津には珍しく化粧も服もきっちり決まっていた。仕事人という雰囲気が漂っている。
誰だっけ?メディアの人かな。やばい、あんまり顔覚えてないんだよな。
焦りながら記憶の中を探す。僕と同年代のこの女性がマスコミの中にいたら、さすがに若くて目立つと思う。しかし、記憶に該当する人物が思い当たらなくて冷や汗がでてきた。
僕の焦りを見てとったのか目の前の女性は少しショックを受けた表情で口を開いた。

「覚えていませんか、勇利君。香織です」

え?香織??

聞き覚えのある名前に僕の動きが止まった。
香織ちゃん?
そう言えば温泉onアイスのフォローで町役場から人が派遣されると優ちゃんから朝伝えられていた。もしかしたら、それが香織ちゃんであるかもしれないことも聞いていた。

その時僕の頭の中に浮かんだのは『勇利くん、お久しぶりー!!!会いたかった!!元気元気?私今はせっつーくんやってるのー!この前会ったよねー!あはははー』みたいな感じの昔のままのハイテンションな香織ちゃんが笑う姿だった。そんな彼女が現れるのだろうと思っていた僕は頭を殴られた気分だ。

というか今『お久しぶりです』って言われた!?『香織です』?『です』って何?丁寧語使えたの!?

固まっている自分に不安そうな視線がささる。

「ご、ごめん、覚えてるよ!」

ホッとしている香織ちゃんに申し訳なさを感じるが、いやいや、君みたいな強烈な子忘れるはずないでしょ!なんて言えるわけがなく、僕は言葉を飲み込んだ。優ちゃんに『香織、化粧が濃いから』とフォローされ、なるほどと思いはするものの、それ以上に香織ちゃんはやはり随分と大人になっていた。

僕の中の彼女はセーラー服を着て、『勇利君勇利君!』と笑ったまま時が止まっていた。
なのに目の前にいるのは、しっかり身だしなみを整え、社会の一員として働いている女性で。先月まで学生をやっていた僕とは全然雰囲気もちがっていた。せめて僕の体脂肪が落ちた後でよかったなんて思ったけど、あれ?駅で会った時ってまだ太っていたっけ??
なんかもう恥ずかしい。

もう一回見ると香織ちゃんと視線が合ったが、やってきたヴィクトルに声をかけられ、視線が外れた。香織ちゃんは当たり前のように英語で自己紹介をした。二人が握手をするのを見ていると、ヴィクトルとしゃべっている香織ちゃんの小鼻が揺れた。多分心の中でヴィクトルかっこよかー!とか思ってるんだ。
頭の中で当たり前のように再現される幼馴染。昔はかなりいっしょにいたもんなぁ。こんな美人になるとは思いもしなかった。女の子って変わるよね、なんて思いながら、やってきたユリオやヴィクトルに温泉onアイスの話をする香織ちゃんを眺めていた。すると困ったような顔で『話がわかりにくいですか?』と聞かれてしまった。

ほとんど聞いていない。ごめん香織ちゃんと心の中で謝るも、彼女の眉はどんどん垂れて行く。
やばいやばいと僕は苦し紛れに彼女の英語をほめると、ぱっと笑顔になった。苦し紛れだったが本当に上手くて驚いた。時々聞き返したり言い直したりしているが、ヴィクトルと普通に会話をしている。

「短大で英語を勉強していたので。でも向こうで暮らしていた勇利くんには遠く及ばないよ」

あっ、今『です』とれた。丁寧語が少し崩れたくらいの小さなことを喜ぶ自分が少し情けなかった。


終始僕はそんな感じで幼馴染の変貌に驚き、久し振りの気不味さに困り、距離感を図れずにいた。内容は全然入ってこないし、ユリオには怒鳴られ散々だ。

「勇利は香織と仲が悪かったのかい?」

上の人と話すため事務室に行く香織ちゃんを見送ったあと、ヴィクトルから質問された。

「えっ、そんなことないよ?」

むしろかなり慕われていたと思う。

「ただ、久しぶりに会って昔の感覚に戻れないっていうか。さすがに昔の感覚に向こうが戻る気ないっていうか…」

僕の尻切れとんぼの台詞にヴィクトルが首を傾げる。昔みたいに『勇利君大好き!』と言われることはないと思っていたが、想像以上の距離に戸惑う。
もやもやとしたものを抱えながら練習をしていたせいか、ジャンプをことごとく失敗した。
見られていたら恥ずかしいなぁなんて思ったが、香織ちゃんは上の人と話したあとすぐ帰ったようだった。なんとなく以前のようにリングサイドで練習を見て行くのかと思った。

仕事中だから仕方ないのだけど、全然話できなかったなぁ。

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