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「勇利君、香織と会ったんだ。あの子何か言ってた?」

ヴィクトルがコーチになり早数日。僕は増えた体重を落とすようにヴィクトルから厳命され、優ちゃんのサポートのもと体脂肪率を下げるためのダイエットを敢行していた。メニューのランニングを終え、アイスキャッスル長谷津のロビーで一息ついている時に懐かしい名前を聞いた。

あれ?僕は首をかしげた。
香織ちゃんはぼくより一つ年下の優ちゃんの妹。子供のころ一緒にスケートを習っていた。

香織ちゃんは怪我でスケートをやめてしまったけれど、とにかくすごく練習を頑張っていた。そして、何故か僕のことを慕ってくれていて、『勇利君勇利君、大好き!』とかけよってくる姿が思い出された。

かっこいいお兄ちゃんが欲しいなんて優ちゃんとよく話していたから、当時の僕は香織ちゃんにとって、かっこよくはないが兄のようなものだったんだろう。

自分の周りをちょろちょろしていた彼女の面倒をよく見ていたと言えなくもない。香織ちゃんは好奇心旺盛のわりにどこか抜けていて、よくミスをしていたから。

彼女から示される好意が兄弟愛的なものだとしても、そんなにあけすけに好意を示されるのに僕は慣れていなくて、香織ちゃんをちょっと苦手に思った時期もあった。それとなく避けることもあったけど、気づいていた本人に『逃げられると追いたくなるのー!勇利君大好き!』と抱きつかれていたっけ。

いい子ではあるのだけど、始終そんな調子で少し悩みのタネだった。

いや、本当にあの時どういう反応していいか困ったんだよなぁ、本当にいい子なんだけれど…なんて思いを一瞬馳せるも優ちゃんの言葉をとりあえず否定する。

「…えっ、会ってないと思うけど」

長谷津に戻ってきてまだあまり日は経ってない。香織ちゃんは短大卒業後長谷津に戻り町役場に就職したと母さんから聞いていた。いつかどこかで会うだろうとは思っているが、僕の記憶の限りではまだ会ってない。あんな強烈な子会ったら忘れるわけがない。

「え?ヴィクトルのインスタに載ってたよ?」
「ええええ?」

なんでヴィクトルのインスタ??

僕の疑問を解消しようと優ちゃんが『ほら』と自分の携帯をつつき、画面を見せてきた。

そこに写っていたのは満面の笑みのヴィクトルと見覚えのあるイカ?

「え?はせっつーくん?」

その写真は今日の昼、ご飯を食べに外に出た時にヴィクトルが見つけた長谷津のマスコットはせっつーくん。

僕が長谷津を離れた時にいなかったゆるキャラが観光パンフレットを配ろうと駅前で奮闘しているのを何度か見かけていた。

地元民しか歩いていない長谷津駅前で、なかなかパンフレットをもらってもらえず、世知辛い世の中を勝手に感じ、中の人お疲れ様ですと毎度手を合わせていたりもした。

ちなみにうちの旅館やアイスキャッスル長谷津のカウンターにはせっつーくんのぬいぐるみが置かれているので、地元民にはそこそこ知られていそうだ。

が、やはり駅前で手?足?を振り続けるはせっつーくんは若干哀愁が漂っている。いつもは隣にいる男性の相棒もいない。そんなはせっつーくんを初めて見たヴィクトルが突進したのだ。写真を撮りたいって。

「そうそう、あれ香織だよ。なんか発注ミスで160cm未満の人しか着られないらしくって。今の町役場で身長制限に引っかからず体力ある若い子って香織しかいないみたい」
「そ、そうなんだ」

僕は思わぬところで幼馴染に会っていたようだ。

「声かけなかったのね、あの子ったら」

優ちゃんが『もう』なんて言っている。

「いや、着ぐるみがいきなり『勇利君』なんて言ったらダメだろ。というか、バラしていいのか。あいつ怒るぞ」

横で僕らの話を聞いていた西郡の意見に納得した。確かにあのせっつーくんが喋り出したらびっくりする。

「あっ、確かに。勇利くん、はせっつーくんのが香織なの秘密だよ」

優ちゃんの言葉に頷きながら、香織ちゃんのことを考える。

最後に会ったのは僕が大学進学する時。『勇利くん行っちゃうの?』と涙でぐちゃぐちゃになりながら見送りをしてくれたっけ。今生の別れのように豪快に泣く彼女に恥ずかしくなるのと同時にあまりの泣きっぷりに心配したのを思い出す。
 
そういや、絶対連絡してねと渡された携帯のアドレス、いくら送っても宛先不明で返ってきた。連絡を取り損ねてもう五年。香織ちゃんも大きくなったんだろうな。

まさか二十歳を過ぎて『勇利くん大好き』なんて飛びかかってはこないと思うけど、今度会ったらなんて声をかければいいんだろう。

今になって昔苦手意識を持ってちょっとだけ避けていたことが少し気まずい。

後ろめたさを振り払うように、もう一度携帯の写真を覗き込む。しかし、つぶらな瞳のはせっつーくんからは中の香織ちゃんが何を考えているかなんて分かりもしない。

この時の僕は、まさか自分が黒歴史として認定されているなんて思いも知らなかった。

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