紅の幻影 | ナノ


氷点下 4  


(リトside)

「きゃああぁあ!!大佐かっこいいぃー!!!」
「美香……またハガレン?」
「だってかっこいいんだもん!雨の日は無能なのにそれに気づかないで『私を……──…て…──!』ってさー」
「……興味ない。」

ウソ、本当は聞こえないだけ。
私は今日も知らないフリをして、親友を騙す。こんな自分が大嫌い。ロイに興味ないのは事実だけど。

「もう!………それにしても、タッカーむかつく──!」
「はいはい。」
「本当に最低なんだから!あんなに可愛いニーナを…──……──」

え?……ニーナを……何?

「信じらんないわよね!?自分の娘を……──………しちゃうなんて!」

何?聞こえない……っ
聞こえないよ!待って……ねぇ、教えて!!






「……か…みかっ、……美香っ!!

──かばっ

夢を見た、昔の…夢。
私は自分の叫び声で目が覚めた。

「はぁっ、はぁ…っ」

脈はいつもより脈速く、髪が汗で頬にへばりいて気持ち悪い。前髪をくしゃりと握った。

「リト?…どうしたの?」

ふと声のした方を見れば心配そうなアルと短針が“X”をさしている時計、そして隣のベッドで気持ちよさそうに眠っているエドが見えたので、私はすぐに表情をいつも通り無表情へと消し去る。

「……いえ、何でもありません」

強がりは私の通常装備。
大丈夫ですとアルに言い切り、火照って汗ばんだ体を冷ますためベッドから下りてコップに氷と水を注ぐ。

……夢の中で美香は何と言ってたのだろうか、肝心な部分がいつも聞こえない。世界の掟が『ハガレン』について知る事を許さない。

あのハガレン大好きっ子の美香があれ程までに毛嫌いする相手、ショウ・タッカー。絶対に何かあると踏んで、隙を見て観察してみた。しかし、警戒されているのか私の前では決してボロを出さない。常に優しい父親の顔を見せる。
しかし、時折感じるわだかまりはやはり否めない。

「……(少し、調べてみますか…)」

コップの水を一気に飲み干した。汗が引いたのでコートを羽織り、マフラーを首に巻く。

「こんな朝早くから出かけるの?」
「司令部に用が出来ました。ニーナに『今日は会えない』と伝えておいて下さい」
「…?わかったよ、気をつけてね」
「…はい」

私が部屋の扉を閉めると同時に、コップの中の氷がカランと音をたてて崩れた────……



司令部に着くと、こんな早朝にも関わらず何故かマスタング大佐がいた。

「おや?どうしたんだい?」
「あなたこそ、何してるんですか?」

まぁ、理由は訊かなくてもだいたいわかる。どうせ昼間に仕事をサボりすぎて残業してたら朝になった…というところだろう。

「全くその通りだよ。ハッハッハッ」
「人の思考を読まないで下さい」

寝起きの低血圧も加わり、いつもより数倍苛つく。

「……見せてほしい資料があるんです」
「リト……私はたった今、ようやく仕事を終えたばかりなんだが…」
「それはご愁傷様です。せっかくですから、もう少し残業して下さい」

だいたい、ロイの場合は因果応報、自業自得。日中にサボるから、こうやって後々になってツケがまわってくる。いい加減学習するべきだ、いい大人なんだから。

「君は私を過労死させる気かね?」
「一度くらい死んだ方がサボり癖もなおっていいのでは?」
「やれやれ、相変わらず手厳しいね…」
「厳しいほうが好みだと存じてますが」
「…誰を想像している?」
「さぁ、あなたが今思い浮かべている人で間違いないですよ」

……って、そんなくだらない事を言ってる場合ではない。

「マスタング大佐…、ショウ・タッカーについての資料を在るだけ全部見せて下さい」
「タッカー氏の?……少し、待っていてくれ」

大佐の目つきが変わった。何かを感じとったのだろう、普段はふざけた男だが仕事の有能さは私もよく知っている。
大佐は一時間もしないうちに何冊ものファイルを持ってきた。それら全てに目を通していく。

「二年前の国家試験……それ以来、去年の査定も含めて成績は芳しくありませんね」

タッカーの提出した過去の研究データ。
『人語を話すキメラの錬成に成功』という偉業の割に、資料が少ないのは気のせいだろうか。そもそも彼について、あやふやな点が多すぎる。この資料をまとめた者はよほどの無能と伺える、それこそどこぞの無能大佐以上に。

「…タッカーの担当は誰ですか?」

私や大佐と違って、タッカーのような一般軍人でない国家錬金術師には管理責任者がいるはず。ちなみにエドの場合は大佐が担当している。…本人は心底嫌がっているが。

「確か…鉄血の錬金術師、バスク・グラン准将だったはずだ」
「グラン准将と言えば中央司令部ですか…。大佐、電話を…」

…借りようと思ったら差し出された受話器。さすが大佐、イシュヴァールの共犯者は頼りになる。グランの名に昔を少しだけ昔を思い出した…。

私は大佐から電話を受け取り、ダイヤルを回して電話を繋げる。

ジリリリリ……ジリリリリ……ガチャ
【……はい…もしもし…?】

早朝のため、電話の相手はかなり眠そうだ。非常識な時間帯に電話して申し訳ないとは思うが、なにぶん今は急いでいる。とっとと起きてもらわないと困るのであまり名乗りたくはないが、私は名前を言った。

「ヒューズですか?……リトです」
【リトだと――!!?】

キーン……
嗚呼、耳が痛い。

【元気にしてたか!?危ない事してないか!?今度いつこっち(セントラル)に来るんだ!?最近じゃあエリシアが『リトお姉ちゃんはいつ来るのー?』って、可愛いのなんの!写真見る?見る!?】

凄まじいマシンガントークは受話器を30cm遠ざけてもうるさい。こうなるから名乗りたくなかったのだ。こっちは筋金入りの低血圧なんだから勘弁してほしい。
だいたい、現世のテレビ電話じゃあるまいし、こっちの電話で写真は見れない。

「落ち着いて下さいヒューズ……いえ、ヒューズ中佐」
【!…何だ?何かあったのか?】

階級をつけて呼ぶ時は仕事の時、ヒューズの声が真剣みを帯びた。彼もまた、イシュヴァールの共犯者。

「まだ、何も起こっていません。ですが……」

嫌な予感がしてならない。そして、こういう時ほどそれはよく当たる。

「綴命の錬金術師をご存知ですか?」
【綴命の?ショウ・タッカーか?知ってるぞ。一時期有名だったからな】
「彼について少し気になる事があったので、調べてほしいのですが…」

中央の軍法会議所に勤務するヒューズなら、もっと詳しくわかるだろう。

【けどタッカーはグラン准将の管轄下だからなあ…】
「何か問題でもあるのですか?」
【……殺されたんだよ。】

グラン准将が?彼はイシュヴァール殲滅戦の時から知っているが、それなりに実力のある武等派錬金術師で、とても簡単に殺されるような男ではないはずだ。
そんな彼が殺されたなんて、にわかには信じられないが、ヒューズがそう言うのなら事実なのだろう。

【おかげで今、グラン准将の管轄下は手続きがややこしいんだよ。いくら軍法会議所に勤めてるからって、中佐の俺じゃあんまり詳しくは…】

なる程、そういう事か。だったら方法はある、権利とはこういう時に使うべきだ。

「私が許可します」
【っ!?】
「アールシャナ准将が許可すると言ったんです。ショウ・タッカー及び、彼に関係する人間を徹底的に調べ上げて下さい」
【わかった!リト、あんまムチャすんじゃねーぞ?】
「……はい」

ガチャンと私は受話器を置いた。
ヒューズに任せておけば一安心だろう。あと気になることと言えば錬金術師としての分野。

「…何と何をどうやって合わせれば、人語を理解するキメラなんて作れるのでしょうか?」

どれだけ調べても研究材料が明記されてない。ショウ・タッカー、あなたは何を隠しているのですか。考えても考えても分からない、時間だけが刻々と過ぎていく。
そして数時間後、司令部に電話が鳴り響いた。

──ジリリリリッ…ジリリ…ガチャッ

「もしもし、ヒューズ中佐……何かわかりましたか?」
【ああ。まだ確証はねぇけど、ショウ・タッカー……ひょっとしたらこいつはとんでもなくヤバいやつかもしれねーぞ?】

ヤバい…?私はヒューズの話に全神経を集中させた。

【いいか?まず二年前にタッカーが作った喋るキメラ。これはどんなに調べても材料がわからねえ】

やはり、これはもう意図的に隠しているとしか思えない。

【更に調べていくうちに気になったんだが……】

次の言葉に私は耳を疑った。

【タッカー氏の元妻……捜索願いが出てるぞ】

捜索願いだなんて、行方不明だとでもいうのだろうか、そんなはずはない。

「……何かの間違いでは?だって、ニーナは…」

母親は愛想をつかして実家に帰った。確かにそう言っていたし、タッカーも行方不明だなんて言ってなかった。

【……捜索願いを出したのは元妻の両親。ちょうど二年前だ】
「…二年…前」

頭の中で今までバラバラだったパズルのピースが次々とはまっていく。

二年前の国家試験。
その時に提出された不可解なキメラ。
同時期に出て行った妻は行方不明。
近づく今年の査定日。
タッカーの薄ら笑いと……美香の言葉。


「本当に最低なんだから!あんなに可愛いニーナを…──……──」


あんな可愛いニーナを…ニーナ……を?…まさか…?

最悪なビジョンが頭をよぎった。また嫌な汗が流れ出す。

【リト!あんまムチャすんじゃ……って、聞いてんのか!?リト!!】
「……ヒューズ、ありがとうございました」

ガチャン

いつの間にか、時刻は昼過ぎになっていた。
私が調べものをしていた間に出勤したのであろう司令部のメンバーが、蒼白な面持ちで電話を切った私を心配そうに見ている。

「リト……」

朝からずっと私とヒューズの会話を聞いていた大佐は何か感づいたかもしれない。報告しようと思ったが、まだ証拠がない。いや、私自身が信じたくないのだ。

「ショウ・タッカーのところへ行ってきます」

心配する皆にそれだけ言うと、私は司令部を飛び出した。


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