紅の幻影 | ナノ


氷点下 2  


「わあ!お客様いっぱいだね、お父さん!」
「ニーナ、だめだよ。犬はつないでおかなくちゃ」

エドとリトが犬…アレキサンダーから洗礼を受け終わったところで、家の中から冴えない男と三つ編みの小さな女の子が出てきた。リトはその2人を認識すると他の人間とは違う存在感を感じ取り、…あぁ、この2人も重要人物なのか…と、人知れず呟く。


「──…いや申し訳ない。妻に逃げられてから家の中もこの有り様で…」

四人はタッカー邸の応接間へと通された。家の中は彼の言う通りごちゃごちゃしてて、お世辞にもキレイとは言えない。

「あらためて初めまして、エドワード君。綴命の錬金術師、ショウ・タッカーです」

人のよさそうな笑みを浮かべてタッカーは言った。ひょろりとした体型が頼りなさを演出し、無精ひげがくたびれた感を醸し出している。

「彼は生体の錬成に興味があってね。ぜひ、タッカー氏の研究を拝見したいと…」
「ええ、かまいませんよ……でもね」

正しくは“元の体に戻るため”なのだが、大佐は上手くその部分を誤魔化した。しかし、タッカーには通用しなかったようだ。眼鏡のレンズで光が反射し、表情が読み取れない。

「人の手の内を見たいと言うなら、君の手の内も明かしてもらわないとね」

それが錬金術師というものだろう?そう言われれば、エドに断る術はなくなった。

「……タッカーさんの言う事も、もっともだ」

エドは金具を外し、上着を脱ぐ。そこから現れた15歳の少年には厳つすぎる鋼の義手は罪の証。エドは全てをタッカーに話した。

「──……そうか、母親を……辛かったね。」

エドが話し終わると、哀れむような目で見るタッカー。別に哀れんでほしいわけじゃない。

「………。」
「………。」

兄弟は複雑な表情で俯く。

「ところで……」

タッカーの視線は、今まで黙って事の成り行きを見ていたリトの方へと向けられた。

「君は?」

よく考えればリトはこの家に入ってからというもの、自己紹介どころか一言も喋ってない。問われたリトは冷たい目つきと冷淡な口調で、静かにタッカーを見上げて言った。

「雪女……そう言えば理解してもらえるでしょうか?」

──ゾクリ
タッカーの頬を嫌な汗が伝う。

「雪女…ああ、アールシャナ准将ですか。これはこれは申し訳ありません」

悪名とは知れ渡りやすいもの。とくに『雪女』は軍属であれば知らない者はいないだろう。美しく冷酷な少女、逆らえば味方ですら殺される、それが雪女。

「准将ほどのお方がこのような所においでになるとは、……いやはや光栄です。お役に立てるかどうかは分かりませんが、私の研究室を見ていただきましょう」

紅茶のカップを片づけながらタッカーは言った。

タッカーが初めに見せてくれたのは、様々なキメラ達……といっても、どれもこれもグロテスクな失敗作ばかりだ。リトは眉間にシワを寄せながら首輪をつけたサルのようなキメラをジッと見つめる。

「(酷い……)」

リトがキメラを嫌う理由は、ただ単に現世の人間を襲うからだけではない。望んでもいないのにこのような醜い姿にされて反吐が出そうだ。
リトの眉間のシワが深くなり、握った手のひらに爪が食い込む。そんなリトの腕をエドが引っ張った。

「ボーっとしてんじゃねぇよ。ほら、行くぞ!」
「…っ」

リトの手を引いてエドは歩く。眉間のシワはいつの間にか消えていた。


次に、資料室だと言ってタッカーが開いた扉の向こうはまるで図書館の一室、とても個人の書庫とは思えない量の資料が所狭しと並んでいた。

「おー!!すげ〜」

エドはさっそく一冊を手にとり、ぶつぶつ言いながら読みふける。それを遠巻きに眺めるタッカーとロイ。

「すごい集中力ですね、あの子。もう周りの声が聞こえてない」
「ああ……あの歳で国家錬金術師になる位ですからね。リトも含めて、ハンパ者じゃないですよ」

素晴らしい才能を持ち合わせた二人。それは人々から称賛され、渇仰され、羨望される。……しかしそれは時として嫉妬され、人を狂気へと導く事もある。

「いるんですよね……天才ってやつは」

表情を消したタッカーの呟く姿をリトは本越しにソッと垣間見る……ふと、タッカーと目が合い、ニコッと微笑みかけられた。

「っ!(気のせい……だったのでしょうか?)」

彼の笑みは甘ったるいほどに優しい。リトは自分の思うところが杞憂だと思い、目の前の本に集中した。


────………どの位、時間が経ったのであろう。リトが棚の半分ほど読み終えたところで、ツンとコートを引っ張られた。目線を落とせば、大きな瞳とつぶらな瞳がこっちを見ている。

「お姉ちゃんの髪って、キラキラしててキレイだね!」

にっこりと笑う少女。リトは読んでいた本を閉じると、目線を合わせるようにしゃがんだ。

「ありがとうございます。たしか……ニーナとアレキサンダーでしたっけ?」
「うん!」
「バウッ!」

名前を覚えてくれていたのが嬉しいのか、ニーナは大きく頷き、アレキサンダーは千切れんばかりに尻を振った。リトがよしよしとアレキサンダーの頭を撫でてやれば、気持ちよさそうに目を細める。

「ここにいてはあの二人の邪魔になりますから、外で遊びましょうか?」
「本当!?遊んでくれるの!?」
「はい。」
「やったぁ!行こ?アレキサンダー!!」
「バウッ」

ニーナはパアァと笑い、転びそうな勢いでアレキサンダーと階段を降りていった。その後ろ姿にリトは昔の自分を重ね見る。自分もあんな風に笑っていたのだろうか、と思っていたらニーナとアレキサンダーはもう庭に出ていて、こちらに向かって元気よく手を振っている。

「お姉ちゃーん、早くー!!」

リトはニーナに向かって頷くと、読んでいた本を棚に戻した。

「珍しいじゃねえか、キメラ研究者の家族は嫌い……じゃなかったっけ?」

テキパキと片づけていくリトにエドが言う。
本が大好きなリトが読書を中断してまで子どもと遊ぶなんて考えられない。ましてやエドの言う通り、ニーナはタッカーの……キメラ研究者の娘。リトが睨みつけていないだけでも奇跡に近いとうのに。

「…嫌いですよ」

リトは片づけ終わるとドアノブに手をかけ、エドとアルに背を向けながら言う。“けれど”と続けて。

「……キメラ研究者の娘は嫌いですが、私にはあの“ニーナ”という少女を嫌う理由が見つかりません」

──バタン
扉がゆっくりと閉まった。





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