紅の幻影 | ナノ


氷点下 1  


(エドside)

セントラル郊外にあるタイアース邸跡地からリトと2人でイーストシティの東方司令部に戻ると、アルの熱い抱擁が待っていた。

「兄さん!どこ行ってたんだよ!?心配したんだからね!!」
「いてっいでででっで!わかったから、とりあえず離せぇ!!」

鎧のカドがゴリゴリとハンパなく痛い。アルはいつも大げさすぎる、と思ったけどアルが本気で心配してくれてた事に罪悪感を感じた。身内がいなくなって一人になる怖さは、オレもリトもよく知ってる。オレは危うくアルを一人にしてしまうとこだった。

「すみません、アル。一人は……寂しかったですよね」
「ごめんな、アル」
「…おかえり兄さん、リト。」
「「…ただいま。」」

2人とも、もう勝手にいなくならないでね、と釘をさされた。オレとリトは顔を見合わせてから、2人揃ってアルに頷いた。

「──……ところで、どこに行ってたの?」
「ん?あぁ、リトと一緒に現世に行ってたんだよ」
「えぇ!?現世に!?」

オレは現世でオレが体験した事をアルに話した。プリクラや飛行機、テレビなど信じられない事ばっかりだったけど全部現実にオレが体験したことだ。思い出しても、不思議なことばかり。今考えると、オレってすげー体験したんだよな…。

「いいなー。ボクも行ってみたかったよ」
「それは無理です」

リトがきっぱりとした口調で言った。

「代価を支払い、鍵と契約を交わしている私と違って普通の人間であるあなた達はそう何度も世界を渡る事は出来ません」

そっか、とアルは理にかなったリトの説明に納得する。
……ん? じゃあ、オレが現世に行ったときの代価は何になるんだ。オレは今回、色素も体温も四肢も何も持って行かれなかった、気づいたら現世に立っていたんだ。しかし、今のリトの説明だと、時空の鍵を使っても相応の代価が必要だということになる。
オレはもう一度身体を見た。しかし、いくら考えても代価になったものが思いつかない。
仕方なくリトに聞こうと、口を開くが……、

「で?」

今まで黙っていた大佐が徐に口を開き、先をこされた。

つーか、「で?」って何だよ。文章として最低限必要な主語と述語がないと何も伝わらないだろ。リトならば分かるのかと思い見やるが、ダメだ、あの顔は分かってない。オレとリトは首を傾げて大佐を見た。

「………はぁ」

そんなオレたちを見た大佐はため息をついて、とんでもない事を訊いてきた。

「異国の地で二晩も一緒だったんだ。少しぐらい何かあるだろう?」

鋼の、君が男ならね。と余計な一言を付け加えて。

「…っ、はぁ?!」
「何言ってるんですか…!」
「ふざけんな!別にオレ達は何も……」

オレとリトは同時に抗議する。リトの顔が赤いのは気のせいだろうか。

いや、本当に何も…なに……も?
思い出すのは今朝の事。腕の中で眠るリトのひんやりとした白い肌、女独特の柔らかな感触。

──ボッ

オレとリトはまた同時に顔が熱くなった。今日はリトとよくシンクロする。

「ちょっと、兄さん!何したんだよ!?」
「な、ななな何もしてねーよ!!!」

手と首をちぎれるんじゃないかってくらい横に振った。それがますます怪しさに拍車をかけ、アルのオレを見る目が兄を見るそれとは思えないほど、冷たく蔑んだものに変わっていく。

「だいたい!あれは不可抗力というか、成り行きというか……まぁ、抱き締めたまま寝る必要はなかったけど…」
「っ……エド!」
「抱き…しめた……まま?」
「ほほぅ……一緒に寝たのかね?」

思わずこぼれた言葉に、しまった!と口を押さえてももう遅い。アルはジト目でオレを見てくるし、大佐は「若いな」と、かんに障る笑みを浮かべている。
リトは…俯いて、プルプルと肩を震わせていた。

「……し…すよ」
「……え?」
「殺しますよ?」
「「「ごめんなさい。」」」

リトの本気の殺気に体感温度が5度下がり、オレ達三人は小さくなった。……おっかない、昨日のリトは夢だったんじゃないかと思うほどに。

暫くして、ようやくリトの機嫌が戻った頃、オレはある事を思い出した。

「そういや大佐。トレインジャックの件の貸し、まだ返してもらってなかったよな?」
「……よく、覚えていたな…」
「当たり前だろ?大佐への貸しなんて忘れるわけねぇって、勿体ない」

ニヤリと笑って言えば、大佐は諦めたようにさっきとは違う溜め息をついた。そんなに溜め息ばっかついてると、幸せ逃げるぜ大佐。

「いいだろう、何が望みだね?」
「さっすが!話が早いね」

さっそくオレ達はこの近辺で生体錬成に詳しい錬金術師を紹介してもらう事にした。それが失った体を取り戻す一番の近道だと思ったからだ。

「ええと、たしか…」

大佐は後ろの本棚から徐に一冊のファイルを取り出す。

「……ああ、これだ」

手にしたファイルから数枚の書類を抜き取り、それを見ながら大佐は話す。

「遺伝的に異なる二種以上の生物を代価とする人為的合成」
「………!」
「つまり、キメラの研究者が市内に住んでいる」

大佐の言葉を聞いてリトの目が鋭さを帯びた。

「それは『綴命の錬金術師』ショウ・タッカーですね?」
「知ってんのか?」
「……名前だけは…」

大佐の手から書類をひったくったリトの声は冷たく、無表情で書類に目を通すその姿は否応無しに昔のリトを思い出させる。
リトはタッカーさん……というより、キメラ錬成の研究者が嫌いなんだろう。リトは一番にエンヴィーを嫌い、二番目にオレとこの世界を、そして三番目にキメラが嫌いだからだ。

オレが言葉に詰まっているとリトは書類を大佐に渡し、ヒラリとコートを翻して歩き出す。

「……さっさと行きますよ?」
「……っ…お、おう?」

リトがキメラを嫌っているのを知ってるオレ達はリトが一緒に来る事に少し驚きながらも、彼女の後を小走りに追いかけた。どういう風の吹き回し?とアルがこっちを見るが、オレも分からない。とりあえず、リトの気が変わらないうちに大佐に案内してもらおう。そう、アルと目で会話した。


タッカーさんについての詳しい説明は車の中で大佐がしてくれた。何でも、二年前に人の言葉を喋るキメラの錬成に成功して、国家資格をとったらしい。
最初はその事に対して素直に驚いて感心したが、続く大佐の言葉にオレとアルは唖然とした。

「……人の言う事を理解し、そして喋ったようだよ。ただ一言……『死にたい』と」

人に生み出され、『死にたい』という言葉を残して死んだキメラ。言葉の意味までちゃんと理解していたのかは知らねーけど、あんまりいい気分じゃない。

「……キメラなんて嫌いです」

それまで大佐の横に座りながら、車窓の外を流れる景色を見ていたリトがポツリと呟いた。

「キメラは現世を傷つけます。だからキメラも、それを生み出す研究者やその人に関わる人もみんな……大っ嫌いです」

外の景色を見ているのか、窓に映った自分自身を見ているのかは分からないけど、リトは睨みながら噛み締めるように言った。

「リト…でも!」
「いいんだ、アル!!」

アルの言いたい事はわかる。全てのキメラ研究者が悪いわけじゃない。ましてや、その関係者……家族には何の非もない。そんな事、リトだって十分わかってるはずなんだ。わかってても憎いんだろうな、この世界が、オレ達が…。

「いいんだよ……」
「…兄さん……」

無理強いしてリトに理解してもらおうとはしない。そんな事したって、リトはますます心を凍らせるだけだから。だから、オレはオレなりのやり方でリトを守る事にしたんだ。

「……着いたようですね」

リトにつられて窓の外を見ると、バカでかい家がたっていた。

──カラン カラン…
大佐が呼び鈴を鳴らす。

大きな家、なんだけど…どうにもこうにも素直に驚けない。

「なーんか、リトの家見たせいか、あんまし…」
「これは“家”であれは“屋敷”ですからね」

比べる基準が違いますよ、ともっともな事を言われた。

その時、すぐ近くでガサッと草をかき分けるような音がした。振り向いたオレを覆っていたのは大きな……影。


「ぎゃああああああ!!!」


もとい、大きな犬がオレの上にのしかかってきた。

「あううぅぅぅ〜…」
「に、兄さんっ!?」

心配するアルと知らん顔する大佐。助けろよクソ大佐、と叫びたかったが、大きい犬に地面に押さえつけられて重い。身動きすらとれない。
しかし、押し倒されたはずなのに身体はどこも痛くない。寧ろ、何か柔らかい?
不思議な感触に下を見れば黒い布、と…

「…早くどいてくれませんか?」

いつもより数倍、怒気のこもった声で言うリトがいた。つまりオレは今、人様の玄関先でリトを押し倒してるという事になる。

「鋼の……若いのはわかるが、時と場所を選ばんか」
「ひどいよ兄さん!まさか兄さんがそんな最低な人だったなんて!!」
「なっ!バカっ!!違ぇーよ!!」
「まったく。押し倒すにしても、もうちょっとムードをだなあ…」
「黙ってろ!エロ大佐!」
「あの……重いです」
「あ、悪ぃっ!!」

ガバッとリトの上から降りれば、リトはゆっくりと起き上がった。

ビンタか?氷刀か?それとも凍てつく台詞と眼差しか?オレはギュッと目をつぶって身構えるが、一向にリトの動く気配はない。恐る恐る目を開けると、一瞬目が合った後ふいっと逸らされ、リトは一言だけオレに言った。

「別にいいです…」

え?そんだけ?叩かれない?斬られない?睨まれない?
情けない話だが、オレにとっては暴力的制裁を受けることが当たり前になっていて、珍しいリトの反応に戸惑うばかり。寧ろ、何もされないことが逆に怖かった。




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