紅の幻影 | ナノ


君との暮らし 1  



──ウィーン…

「ここも自動ドアなんだな……すっげー」
「こんな所で立ち止まらないで下さい、邪魔です。置いて行きますよ?」
「あ、わりぃ!」

最寄り駅が違うため、美香と別れたエドとリトは百貨店へと来ていた。

「ここで何すんだ?」
「買い物です。服や食品など、最低限は必要ですから」

現世では一人暮らしをしているリトの部屋には当たり前だが男性の衣服は一切ない。家主として登録してあるあの男は、そもそも着替えを必要としない。必要であれば自分の能力で着替えるだろう。

コンビニで済ましてもよかったのだが、どうせ夕食の食材も買わなければいけないし、個人的に買いたい物もあったため、リトは百貨店を選んだ。ここでもやっぱり自動ドアに過剰反応するエドを軽くあしらい、入り口付近の案内板を見て、衣類売場を目指す。

「階段が動いてる!?」

途中、動く階段……すなわち、エスカレーターの前でエドは立ち止まった。エスカレーターなどアメストリスには無い。カルチャーショック、再び。

「普通に乗ればいいんですよ」

リトはいつも通りエスカレーターに乗り、エドもその後に続く。

「はーー、すげえな!!」

クスクス…クスクス……
キョロキョロと落ち着きなくエスカレーターを観察するエドを見て、他の客から笑い声が聞こえてきた。田舎物丸出しのエドははっきり言って目立つ。

「……エド。恥ずかしいので、大人しくしててくれませんか?」
「わ、わり…ぃ」

リトが注意……否、警告して、やっとエドは大人しくなった。二階へ着くとリトは財布から紙幣を一枚取り出し、エドに渡した。

「?…金?」

手渡された一万円札を見て「どうすんだよ?」と、エドは首を傾げた。

「どれでも好きなの、買ってきて下さい……」
「…っ……おう!」

リトが俯きながら指差したのは男性用下着売り場。日本語はよく分からないが、エドは適当にデザインだけ見て選び、“Cashier(勘定係)”と書かれた所に急いで持って行った。

会計を済ませ、エドはさっきの場所に戻ってきた。しかし、肝心のリトが見当たらない。そこは間違いなくリトにお金を渡された場所で、自分は買い物だけ済ませて寄り道せずにすぐ戻ってきたはず。この短時間でいなくなるなんて、ありえない。

「どこ行きやがったんだよ…」

こんな右も左も分からない世界で置き去りにされては、エドにとって死活問題である。そもそも、自分はこの国に国籍がない。警察に捕まりでもすれば……想像したくもない。

「やばいな。早くリトを見つけねーと」

エドは冷や汗を浮かべ、辺りを見渡した。
いつものリトなら目立つ銀髪で、どこにいても直ぐに見つかるのだが、生憎と今日のリトは黒髪のウィッグをつけていた。おまけにこの国はやたらと黒髪が多い。更に制服姿のリトを見つけるのは、至難の業だ。

「くっそ〜……ん?あれは…」

エドの目に留まったのは“Book”と、書かれた看板。百貨店の中にある本屋だ。

「(リトって、暇さえあれば本読んでるよな…)」

リトは無類の読書好き。もしかしたらと思い、エドは本屋を捜してみる。

「…っ、リト!!」

本屋に入って数分もしないうちにリトは見つかった。どうやら、本を購入していたらしい。

「勝手に、どっかいくなよ!!」

走って捜したのか、エドは肩で息をしている。

「すみません……どうしても欲しい本があったんです」
「どんな本なんだ?」

袋の中の本は外から見えない。が、見えたとしてもエドにはこの国の文字が読めない。

「あなたには関係ありません。さあ、行きましょうか。次は地下の食品売り場です」
「食品売り場?市場みたいなもんか?」
「そんな感じです」

若干はぐらかされた感は否めないが、エドは敢えてそれ以上追求しなかった。
二人はさっきとは逆向きのエスカレーターで地下へと降りて行った──………

地下の食品売り場。
野菜や果物、肉類や魚介類。更には製菓やレトルト食品など、ありとあらゆる物が取り揃えられている。

「……えっと、あとは卵と…」

リトはカゴとカートを取ると、しっかりと品物を見極めながら、いろいろ選んでカゴに入れていった。エドはその様子を横目で見ながら、別れる直前、美香に言われた事を思い出す。


「エド……理冬の料理には、気をつけなさいよ?」
「あ?何でだよ?」
「理冬の料理は何て言うか……ある意味天才なの!」
「はあ?」
「これあげるから、頑張りなさい!!」


最後に美香から渡された物。エドは学ランのポケットに入ってるそれらをそっと取り出す。小さな瓶に入った錠剤と、手紙。

『気休めにしかならないけど一応、胃薬だから。幸運を祈る!!』

英語で書かれていたため、読む事は出来た。

「胃薬って……マジかよ…」

エドはまさかと思いつつも、昔見たリトの手料理を思い出し、念のためとっておく事にした。

「………エド?」
「ぅわぁっ!!」

急に声をかけられエドは驚き、素早く手紙をポケットに突っ込む。

「どうかしましたか?……と言うか、今何か隠し…」
「いっいい、いや、ななな何でもねぇよ!」

しどろもどろになりながら慌てる姿は、かなり怪しい。

「………。」
「そっ、そんな事より!どうしたんだ!?」

挙動不審になりながらも、エドは話題を変えようとする。そんなエドに訝しさを感じつつも、リトは思ってた事を聞いた。

「夕食は何がいいですか?」
「……やっぱり、お前が…作るのか?」

美香との会話の事もあり、エドは顔をひきつらせながら聞くが、リトは何を言っているんだ、と眉をひそめた。

「他に誰がいるんですか?」
「あ、いや……そのー」

いよいよ腹をくくる時が来たようだ。

「(難しいもんはやっぱ無理だよな?……でも、玉子焼きですらああなったし…)」

エドは激しく悩む。
そして、悩んだ結果……


「食べられる物」
「喧嘩売ってるんですか?」


エドに聞いた私がバカでした。と、リトはムッとして買い物を再開した。
とは言え、リト自身料理が苦手なのは少なからず自覚している。

「(……どうしましょう…)」

出来なくて、バカにされるのも悔しい。暫く考えていたリトだが、ピコーンと閃いた。ここは勝手知ったる現世の世界。少し頭を捻れば、リトにだって料理ができる。
リトは思いついた食品数点をカゴに入れていった。

「何だ、これ?」

どれもこれも、エドにとっては見慣れない物ばかり。

「……食べられる物ですから安心して下さい」

リトは嫌味っぽく言うとカゴをレジに通し、二人は百貨店を後にした。



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