紅の幻影 | ナノ


彼女の世界 5  



その頃、プリクラ機の中では美香がいそいそと、次のプリクラの準備をしている。

「美香…何だか楽しそうで」
「敬語」

美香に指摘され、リトは自分の口調がいつもの、ハガレン世界でのリト・アールシャナのままだった事に気づいた。

「えっと……楽しそうだね」

言い直したリトに満足したのか、美香はリトの頭をよしよしと撫で、「まあね」と言った。

「大佐ほどじゃないけど、エドも好きだし!!」
「……そう」

リトは興味無さそうに相槌を打つが、美香はしっかりと気づいた。本人ですら分からないような微妙な変化、リトの声のトーンが僅かに下がった事に。

「(やっぱり、理冬は……)」

その続きは、今は言わない。言ってもきっと否定されるから。

「(だから今は言わないでおくね?)」

美香はもう一つ、言おうと決めていた事を言う。

「…ねぇ、理冬?約束守ってくれてありがとう」

リトが自分の事を話した日に交わした約束。

「ちゃんと帰って来てくれて、ありがとう!」
「大切な親友との約束だよ?守るに決まってる」
「そっか。」

美香は安心した。リトが不安でなかなか自分の事を話せなかったように、美香も不安だった。自分は理冬にとって、重荷なんじゃないか、と。
けれど、リトは『大切な親友』と本心から言ってくれた。それが今の美香にとって、何よりも嬉しい。


「じゃあ、次の約束ね!」
「何?」

美香は画面を操作する手をおき、リトを真っ直ぐ見て言う。

「……エドを頼って」
「…え?」

リトにはよく分からない。何故なら自分はエドを、あの世界の人間を憎んでいるから。美香もそれを知っているはずなのに……。
リトはどう返事していいか分からず、えっと、あの…と、戸惑いを見せる。そんなリトに美香は優しく微笑み、その頭を撫でた。こういう時、美香と明が双子であることを実感する。二人に頭を撫でられると、とても安心する。

「エドに何でも話せって訳じゃない。けど、もうちょっとだけ、心を開いてあげて?お願い…。」

───心を開く。
そんなものリトには解らないし、する気もない。しかし、親友があまりにも悲しそうに頼むから…、頷くしかなかった。

「…わかった、努力してみる。」
「ありがとう!じゃあ、撮ろっか?」
「うん。」

久しぶりに二人で撮ったプリクラ。前とは違い、自分の髪は銀色で瞳は深紅だけど……、隣にいる親友は以前と変わらない笑顔。繋がれた手に、ちょっとだけ救われた。

リトと美香が撮り終わり外へ出ると、エドが腕を組んで一言。

「遅い!!」

相当ご立腹の様子だった。

「エド…顔が赤いです……」
「こんな女ばっかのとこ置いてかれて、オレがどんだけ恥ずかしかったと思ってんだ!!」

朱色の顔で言われても迫力は皆無。

「ったく!……あれ?美香は?」

エドはふと、原因を作った張本人である美香が見当たらない事に気づく。

「…どこに行ったのでしょう?」

リトもキョロキョロしていると……

──ガシッ

「っ!?」
「リト!!……っ、うわぁッ」

突然プリクラ機の中から伸びてきた手がリトを中に引きずり込み、何事かと覗き込んだエドもリトと同じく引きずり込まれた。

「いって〜!…って、お前!」

顔を上げたエドの前には、入り口で仁王立ちする美香。

「じゃあ、二人とも……楽しんでね♪」
「「………はぁ?」」

美香はキラキラとした笑顔でカーテンを閉めた。


【撮りまーす! 3!…】

「もう始まってる!?」
「バカらしい。私は出ます」

出て行こうとしたリトだが、その腕をエドが掴んだ。

【2!】

「いいじゃねえか!金がもったいねーだろ?」

さっきのでプリクラに慣れたエドが、にっこりと笑う。


【1!】

「なっ!離し……ッ」

カシャッ

リトは抵抗するが、プリクラ機は待ってくれない。

【3・2・1・!】

カシャッ

最後の一枚にはエドと、仏頂面だがほんのりと頬の朱いリトが写っていた。

プリクラ機を出ると、したり顔の美香ができたてのプリクラを持っていた。出来上がりを見たエドは満更でもない様子。

「……帰りたい…です。」

リトだけは疲れきって、もうどうにでもなれという感じだった。

「あっ!そうだ、理冬!さっきのプリクラも一緒に三人分に分けてきてくれない?」
「三人分?ややこしい……」
「お願い!」

つくづく美香の「お願い」に弱いリトは受付にハサミを借りに行った。


「──…さてと、」
「ん?ちょ、おい、美香…!」

リトが行った事を確認すると美香はエドの腕を掴んで、リトから見えない機械の裏へと連れて行く。

「いきなり何だ…」
「ねえ…?」

エドに背を向けているので、美香の表情は分からない。

「エドは……理冬が好き?」
「なっ!ななな何言って…」
「答えて。」

振り向いた美香の目は真剣そのもの。

「っ……好き…だよ」
「それは、恋愛対象として?それとも、一緒に旅する仲間として?」
「……それは」

エドは言葉に詰まった。後者に決まってるのに、心がそれを否定する。自分でも何が言いたいのか……自分の事なのに分からない。

「…わかんねえ。けど、オレにとってリトは大切なんだ!」

それを聞いた美香は納得したようにほほ笑んだ。


──ダンッ
「っつ……!」

刹那、美香はエドの胸ぐらを掴み、壁に押しつけた。格闘技を習っている美香の腕は細いながらもしなやかな筋肉がついており、ちょっとやそっとじゃ振り解けない。何より、エドを睨みつける美香の瞳は刺すように鋭かった。

「何……すっ…」
「許さないから。」

低く警告するように美香は言う。

「エドでもアルでも……例え、大佐でも……理冬を傷つけたら、絶対に許さない

迷いなき、強い瞳。相手を十分威圧する力がある。さすが、リトの親友と言ったところか。

「…あぁ、わかってる」

美香の気持ちが、痛い程伝わってくる。

「ありがとう」

頷いたエドから美香はそっと腕を離し、「それと…」と続けた。

「理冬の事、守ってあげて?あの子は放っておくと、全部一人で抱え込むから…」

だから、守って。と、美香は言う。

「…約束するよ。」

何から?とか、聞きたいけど、たぶん無理なんだろう。言ってもエドには聞こえない。
それでも約束は軽い気持ちでしたんじゃない。リトを守りたいのは、エドの本心だ。

「守ってやるよ……絶対に」
「よしよし。守られる側になんないようにね?」
「……努力する」

最初の課題は、『リトより強くなる事』かもしれない。

話し終えた美香とエドが、リトのもとへと戻る。リトはどこかなぁなんて、探す必要はなかった。

「美香!!」

とっくにプリクラを3当分し終わったリトが美香たちに気づいて小走りに来た。そのままリトは美香に抱きつく。

「…どこ行ってたの?」
「ん〜?……エドに念押ししてたの♪」

美香もぎゅう〜っとリトを抱きしめ返して言う。

「エドがリトを襲わないように!」
「んなこと、するかーーっ!」
「したら、殺しますから」
「あははは!」



絶対なんて言葉は
とても儚いけれど

それでも信じてみたい

寒い寒い、冬が終わって
暖かい春が来る事を…──



2008.11.19


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