紅の幻影 | ナノ


君との暮らし 2  



準急電車に乗って、2駅。そこから更に徒歩10分の所に、リトの借りているマンションはあった。その高さとエレベーターの性能の良さにエドが驚いたのは、言うまでもない。

リトは“808”と書かれたプレートが貼ってある扉の鍵を開け、玄関で靴を脱いでから中に入った。靴を脱ぐなどという風習をエドは知らなかったが、とりあえず自分も見様見真似でリトと同じように靴を脱ぎ、部屋へと上がる。お邪魔します、と忘れずに。

久しぶりに帰ってきた、我が家。リトは買ってきた物を一旦キッチンの机の上に置くと、シャッと部屋のカーテンを開けた。ついでに窓も開ければ、人の住まない部屋特有のなんとも言えない匂いが、新鮮な空気と入れ替わる。風が心地よい。西向きに備えられた窓からは茜色の空が見え、眩しい夕日が部屋とリトをオレンジ色に染めた。

「……ただいま」

誰にという訳ではないが、1ヶ月前と変わらず主を待ち続けた部屋を見て、リトは小さく呟いた。一人で暮らすには少し広いとも思えるその部屋は、一通りの家具があるだけで、余計な物はほとんど置いてない。
実にリトらしく、シンプル。悪く言えば生活感がない。

「ここがリビングで、あっちが洗面所とバスルーム。使い方は後で説明します」

リトは部屋の構造を適当に説明すると、着替えるために自室へと消えた。

「暑かった──……」

エドもウィッグを外して上着を脱ぎ、暫しその解放感に酔いしれた。窓から入る風が蒸れた頭皮に清涼感をもたらす。危なかった。夏場のウィッグは将来的に禿げる危険がある、とエドは血行の悪くなった頭皮をさり気なくマッサージした。

「(ここがリトの家か…。)」

正直、想像以上に綺麗だ。旅の途中に「単位がヤバい」とか、「期末試験が…」とかでリトが現世に帰る事はよくあった。
それでも、一年の内の大半は自分達といたから、この部屋には滅多に帰って来ないはず。しかし、この部屋はとてもキレイで、隅々まで手入れが行き届いていた。家具などにも埃は積もっていないし、フローリングの床も艶やかに光っている。

「リトって、一人暮らしのはず……だよな?」

前に、リトには両親がいない事を大佐に聞いた。兄弟がいる訳でもなさそうだ。だが、この部屋には確かに人が頻繁に出入りしている気配があった。

──ガチャッ

「あ、リト。この部屋って……何で、その格好なんだよ?」

着替え終わったはずのリトは制服のベストを脱いで、リボンを外しただけ。いつもの黒いコートの下に着ているカッターシャツと黒いスカート姿で、それはハガレン世界でもよく見る格好だった。

「いつも着てた服って、学校の制服だったんだな……」
「えぇ、楽ですから。それに私、あのコートと軍服、あとは学校の服しか持ってませんし」

ひょっとして貧乏なのか、などと呟いたエドを睨み、リトは言う。

「現世にいる時は学校に行くだけですから、私服なんて必要ありません。向こうの世界では……あっても意味ないです」

戦いにくいし、旅にも邪魔だとリトはきっぱりと言った。
この年頃の少女は普通ならもっとオシャレに気を使ってもよさそうなものだが、戦いに生きるリトにとってそんな物は無用の長物らしい。それを聞いたエドが悲壮な面持ちをしたため、リトは溜め息をつき、話題を変えた。

「で?何か言いかけてませんでしたか?」
「あ、いや……この部屋、キレイだなーって思って」

エドは確認するように塵や埃の積もっていない部屋の隅などに目を遣る。するとリトは「あぁ」と、何かを思い出し、手持ちのスマートフォンでどこかへ電話をかけた。

「もしもし?時谷です。…はい、ありがとうございます。……ええ、明後日からもよろしくお願いします。」

電話の相手に丁寧にお礼を言い、少し話した後、最後にもう一度お礼を言ってリトは電話を切った。

「誰だ?」
「マンションの管理人です。私が留守の間、たまにでいいので部屋の掃除をしてもらってるんですよ」

どうりでキレイなわけだ。
家は人が手入れしないと、どんどん悪くなってしまう。だからリトは管理人に頼んで、定期的に部屋の空気を換気してもらっていたのだ。

このマンションの管理人は恰幅のよいとても大らかな人柄の人物で、親と離れて暮らす(そう説明してある)リトを気にかけ、何かと世話をやいてくれる。リトの母親とはタイプが違うが、例えて言うならあの人は間違いなくオカンだと、隼斗が比喩していたことを思い出す。

「いい人なんだな」
「えぇ、とても親切な方です。エド、私はお風呂の準備をするので、その間テレビでも見てて下さい」

リトはそう言ってエドにリモコンを渡した。

「テレ…ビ?」

エドは受け取ったリモコンとリトの顔を交互に見た。

「映像つきラジオ……とでも言うのでしょうか。このボタンを押して…」

リトがテレビに向かって緑色のボタンを押すと真っ黒だった画面に光が灯る。

【明日の天気は…】
「なっ!何だ!?喋った……つーか、人!?」
「放送局が動く映像と音声を電波で送信して、私達がそれを受信機で受け取り、試聴する。その方式やこの受信装置を“テレビ”と言います」

リトが解りやすく……かは不明だが、一応説明した。リトの説明はいつだって丁寧だが分かり難い。

「理屈は何となく解ったけどよー……まるで、魔法みたいだな」
「……あなた(錬金術師)から魔法などという言葉を聞くとは思いませんでした」
「だって、すげーぞ、これ!」

昭和の初めてカラーテレビを見た子どものように歓天喜地するエド。目がキラキラと輝いている。

「(面白い人ですね……)このボタンがチャンネル。これが音量。あとは変なとこ押さなければ大丈夫ですので」

一通り説明し終わったリトは今度こそ風呂の準備をするため、浴室へと行った。エドは生返事で返すと、余程テレビが珍しいのか、意味も無くチャンネルを変える。

──ピッ
【新番組!「今日の街…】
「すっげーー」

──ピッ
【本日のゲストは今、話題の…】
「ウィンリィがこれ見たら……即、分解だろうな」

ピッ ピピッ
【ポケモン!Getだぜ!!☆】
「うっ、わわゎゎわ!」

つくづく余計なことはするもんじゃない。エドが何気なしに連打したボタンは不幸にもボリュームを上げるボタンで、何故このタイミングでと切り替わった画面から流れたのは某アニメのオープニング。ヤバい、戻し方が分からない!と、エドがあたふたとリモコンとテレビを見比べながらパニックに陥っていると…、

──パコーン!
「うるさいです!」


浴室からリトの声と石鹸が飛んできて、エドの頭に見事ヒットした。結論、石鹸は凶器だ。


ボリュームも元に戻してもらい、エドが大人しくテレビを見ていると、風呂の準備が整ったのか制服の袖を捲ったリトが戻ってきた。
リトは百貨店で買った下着(未開封)とタオル、そして予備の体操服をエドに手渡す。

「お風呂の準備が出来たので、先に入って下さい」
「お前の……服…?」

白地の生地にに胸元には赤い糸で『時谷』と刺繍された体操服、下は黒のハーフパンツだ。エドは微妙な顔をするが、鶴の一声。

「スカートにします?」
「これでいいです!」

エドに選択する権利などなかった。



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