紅の幻影 | ナノ


彼女の世界 4  



──…ピンポンパンポン
【間もなく、一番線に電車が参ります。危険ですから白線の後ろに…】

「あ!来た来た!」
「変な列車だな……」

無機質なアナウンスが流れ、ホームに滑り込んで来た電車は、自分の世界のそれとはあまりにもかけ離れていた。

プシュウゥ──

「なっ……ドアが勝手に開いたぞ!?」
「自動ドアですから」
「自動…ドア?」
「そうそう。それより、早く乗らないと閉まるわよ?」

美香にそう言われて、エドも慌てて乗り込んだ。

プシュウゥ──

「また勝手に…」
「だから、自動なんです」

目をぱちくりとさせてドアを指差すエドにリトは呆れ、美香は笑いをこらえていた。

平日の昼でもなく夕方でもない中途半端な時間帯の車内は空いており、学生やお年寄りがちらほらいるだけ。それぞれがうたた寝したり、窓の景色をぼんやりと眺めたり、手持ちのスマフォを操作したりしている。リト達も適当なところに座った。

「おー…すっげぇーー!!」

アメストリスの列車とは違い、フカフカなシートにエドはご満悦な様子だ。窓の外を見れば、凄い速さで景色が流れる。音もずいぶん静かで、揺れも少ない。

「すげー!すげーっ!!」

後ろ向きにシートに座り、エドはまるで初めて乗った子どものようにはしゃいだ。

「あはははははっ!!」
「……恥ずかしい…」

美香は我慢の限界を突破したのか爆笑し、リトは他の乗客の痛い視線を感じて面白いを通り越し、恥ずかしさを覚えた。


【次は〜天王寺〜…】

「あっ、降りるわよ!二人とも!!」
「え?でも、ここは……」
「いいから!!」

有無を言わせず、美香はリトとエドの腕を引っ張って、電車から降りた。

「おい、どこ行くんだよ!?」
「いいから、いいから!」

美香は目的地までスイスイと歩いて行くが、後ろを着いていくエドは死にそうだった。理由は一つ。

「……あっぢぃ〜」

初夏の太陽はさんさんと輝き、それに呼応するかのように学ランと機械鎧は熱を生み出す。

「んもう〜。だらしないわねえ!」
「あのなー!……っ…せめて…み、水…」

コンクリートに囲まれ、すぐそばを車が通る。それらの熱気も合わさって、さすがのエドも少し辛そうだ。

「しょうがないわねー」

そう言って美香はキョロキョロと辺りを見回すと目的の物はすぐに見つかった。

「あった!自動販売機♪」

某メーカーの自動販売機を見つけ、美香はいつのか分からないレシートが数枚入っている小銭入れから硬貨を数枚取り出すと、一枚ずつ自動販売機へと入れた。

──チャリン チャリン

「何がいい?」
「?…何が?」

エドには美香の言ってる意味が解らず、会話がかみ合わない。

「お茶でいいのではないでしょうか?」
「それもそうね。」

リトに言われて、美香がボタンを押す。ピッと言う機械音が鳴るとすぐさまお目当ての物が落ちてきた。

「うおぉう!!」

突然、大きな音がした自動販売機にエドは驚き、サッとリトの後ろに回る。美香は取り出し口からペットボトルのお茶を出して、フタを開けるとエドに渡した。
エドは恐る恐る受け取り、一口。

「……うまい。」
「でしょ?」

何故か美香が得意げにピースする。

「いったい、どういう原理なんだ?」

エドはぶつぶつ言いながら、自動販売機を観察し始めた。

「そもそも、この材質は何なんだ?……このスイッチが…えーっと………ダメだ、わかんねぇ」

天下の国家錬金術師も、現世の科学技術にはお手上げのようだ。仕舞いには本気か冗談か分からない目を向けながら、美香に訊く。

「これ、分解していいか?」
「ウィンリィみたいな事言わないで。」
「ウィンリィ?」
「あ〜、理冬は知らないのか…」

『ハガレン』を熟読している美香とは違い、リトは一巻までしか読んでいない。知らなくて当然だ。美香はどう説明しようか悩んだ挙げ句、とんでもない返答をした。

「ん〜、エドの機械鎧の整備士で幼なじみ兼、恋人(未来の)かな!」

ブウゥゥウゥ───ッ

エドが飲んでいたお茶を勢い良く吹き出し、虹ができた。

「美香!てめぇ、いい加減な事言うんじゃねぇ!!」
「あれ?違うの?」
「最後のが違う!!あいつとはそんな関係じゃねぇよ!!!」

エドはもの凄い剣幕で否定し、リトの方を向いて言う。

「ウィンリィは本当にただの幼なじみだからな!!」
「私に言われても……」
「青春ね〜」
「てんめぇ!」

リトに誤解されまいと必死に抗議するエドを見て、美香はニヤニヤと笑う。リトは意味が分からず、頭にたくさんの疑問符を浮かべた。

エドが一時の涼を得たところで(むしろ体温は上がってしまった気もするが)、三人は美香の案内の元、ビルの中へと入っていく。
ビルの中には様々なショップが入っていた。しかし、何度も言うが平日の昼すぎであるため人通りは少なく、客よりも店員の方が多い店もある。エドとしては気になるものばかりであったが、うろちょろして迷子にでもなったらシャレにならない。所々、どうしても気になるものだけリトに質問し、わかるようなわからないような回答を返されながらも、現世の文明の高度さに一々感激した。

そして、エレベーターで3階へと到着した三人。

「ここは……?」
「ゲームセンターです…ね。」
「さあ、行くわよ!!」

あちらこちらから様々な音楽が好き放題に流れ、近未来のような空間に包まれる。美香が二人を連れて来たのはゲームセンター。UFOキャッチャーやレーシングゲーム、最新のアーケードマシーンやプリクラ機が置いてある。

美香の目的はプリクラ機。さあ、行くわよ。とリトの腕を掴んでズンズンと歩きだす。

「ちょ、ちょっと待て!!」

エドが慌てて制し、横の看板を指差した。美香は何か問題でも?と言いたげな顔だ。

「ここ……オレが入ったらまずいだろ」

看板には"Keep out"の文字が男性のシルエットの上に書いてあった。最近のゲームセンターではプリクラを撮る際に衣装を貸してくれるところがある。いわゆる、コスプリ(コスプレプリクラ)と言うのだが、もちろん着替えなければいけないこともあり、多くの店では男性のみの入店をお断りしているのだ。
しかし、美香は何だそんなことか、とケロリとした顔で言う。

「あー、大丈夫大丈夫。カップルなら平気だから。」
「なっ!誰と誰がだよ!?…って、待て!!」

赤くなるエドを置いて、美香はリトを連れてさっさとプリクラコーナーの中へ行ってしまった。

「くっそ〜」

こんな訳の分からないところで置き去りにされるわけにはいかない。仕方なくエドも二人の後を追って未知なる世界へと足を踏み入れた。

「……女、ばっかし……」

当然の事ながらプリクラコーナーは女性ばかりで、男の自分が凄く場違いな気がした。心なしか、チラチラ見られているような気もする。
なるべく気にしないように、エドは辺りを観察した。そこにはたくさんの見たこともない箱型の機械。

「なあ、リト。この機械で何すんだ?」

さっきの自動販売機とはまた違う物のようで、客層が女性ばかりなのも考えると、それが凄く特殊な物だという事がわかる。
機械の説明らしきものは書いてあるが、生憎とエドには日本の文字が読めない。


「これはプリクラ……写真シールを撮るための物です」
「写真?へー、こんなもんで……でも、何で今撮るんだよ?」
「……美香に訊いて下さい」

私だってわかりませんよ。と、リトは言う。

「(訊いても絶対、まともな答は返ってこなさそうだけどな……)」

鼻歌混じりで両替をしている美香を見ながらエドは思った。


「おっまったせー!両替出来たから、撮りましょ!!」

戻って来た美香に半ば引っ張られながら、三人は手前にあったプリクラ機の中に入る。

「あ……エド。今ならウィッグをとってもいいですよ?」
「マジ!?あー、暑かったぁ」

黒髪のウィッグを外すと、エドの美しい金髪が顔を出した。リトも同じようにウィッグを外す。

金と銀のコントラスト。本人達は全くと言っていいほど自覚していないが、二人の姿は見る者全てを虜にするような煌びやかさがあった。

「美香?撮らないんですか?」

思わず見とれていた美香は、リトの声でハッと気づき、硬貨を4枚ほど機械に入れた。

「背景はどれにしようかしら?理冬はどれがいい?」
「どれでもいいです。」
「ん〜、やっぱ二人の魅力を最大限に引き出すには……黒かな!」

美香は画面を操作し、着々と準備する。とても慣れているようで、肌の白さや目の大きさ具合などの設定をさらさらとこなしていく。

「よし、OK!エドはもうちょっと右!」
「お、おうっ!」
「エド、邪魔です。」
「わりぃッ…」
【撮りまぁ〜す!】
「喋った!?」
「「エド、うるさい(です)!」」
「……はい。」

【3・2・1!】
カシャッ

シャッター音とフラッシュの後、今し方撮れた写真が画面上に表示される。

「すっげぇ……本当に撮れてる」

エドはそれを食い入るように見た。だが、それも一瞬で消える。

「エド……次、始まります」
「え?……」
【3・2・1!】
カシャッ

「なッ!?」
「あはは!すっごいアホ面〜!」
「今のは卑怯だろっ!つーか、リト!!笑い堪えてるのバレバレだぞ!!」

そんな感じで何とか6ショットが終了し、三人は落書きコーナーへと移動した。ちなみに、他に比べてやたらとうるさいこの三人が注目を浴びたのは言うまでもない。
落書きは主にリトと美香がやっていく。

「あれ?"エドワード"の綴りってなんだっけ?」
「"Edward"だよ」
「はーい。エド…ワー…ド……っと!」
「おい、"エロワード"になってんぞ。」
「あ、ごっめ〜ん!!」
「てめぇ、絶対わざとだろ!!」

カラフルなペンやスタンプで、思い思いの事を書いていく。

「──……最近の機種はすごいです。」

一人黙々とペンを進めていたリトの画面を見てみると、独特な落書きが施されていた。

「あ!コラッ、リト!人の髪、紫に染めんな!!」
「あっはっはっ!目は緑にしちゃえ!!」
「はい。」

カラーコンタクト機能で、エドの目を緑色に。はっきり言って、不気味以外の何物でもない。
エドがリトの方に気をとられている間に美香はスタンプ機能でエドの頭にイヌ耳を、リトの頭にネコ耳をつけた。

「み、美香!!」
「変なもんつけんじゃねぇ!」
「わんにゃんカップル〜♪」

テンションの上がりきった美香は、もう誰にも止められない。止められるのは弟の明ぐらいだろうか。明がいないことをエドは初めて後悔した。

5分後、嵐のような落書きタイムは終了した。
撮り終わったプリクラは自動的に人数分に分割できる機能を備えた機種もあるのだが、残念ながらこの機種は手動で切り分ける必要があるようだ。仕方ない、と美香はとりあえず出てきたプリクラを手帳に挟むと再びリトの腕を組んだ。

「さあ!次、行ってみよ〜!!」

美香は次のプリクラ機へとリトを連れて行く。

「あ、エドは待っててよ?」
「はぁ?何でだよ?」
「理冬と二人で撮りたいからに決まってるでしょ?だから、そこで大人しく待ってなさい。」

いい?待てよ、待て。とさながら犬の飼い主のように美香は言うと、リトを連れてプリクラ機の中に入ってしまった。
茫然と立ち尽くすエドの後ろからは他の客のヒソヒソとした話し声が嫌でも聞こえてくる。

「(早く出てこい……っ)」

エドは精神統一しながら二人を待った。





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