紅の幻影 | ナノ


彼女の世界 3  



ライブ終了後、アンコールも含めて何曲も歌ったリトはさすがに疲れていた。

「大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫……です」

エドが『March』と書かれたオリジナルタオルを手渡しながら心配すると、リトは素っ気なく返事してタオルで汗を拭った。

どこが大丈夫なんだよ、とエドは心の中でつっこむが、基本的にリトはどれだけ苦しくても、疲れてても自発的にエドを頼ることはない。大丈夫です。それが口癖だった。

エドはイライラしていた。と言っても、原因はなかなか頼ろうとしないリトに対してだけじゃない。エドを今一番苛つかせる原因、それはリトの周囲の人間だった。正確には、その中の1人…。

「理冬!お疲れ様!!」
「美香……お疲れ様です」

片付けが終わったらしく、リト以外のMarchのメンバーが帰って来た。美香は自然体でリトに抱きつく。これはもう、エドも慣れた。

「どや?エド。うちの歌姫は!!」
「すげーよ。マジで感動した」

この隼斗という人間は独特の訛ある喋り方をするが、明るく友好的で話しやすい。ちなみに関西弁と言うらしく、エドに対して執拗に「な?な?なんでやねん、って言うてみ?」と迫った挙げ句、イントネーションの可笑しなエドを爆笑した。それでも憎めないのは彼の人柄だろう。出会って数時間ではあるが、良き友好関係が築けていると思われる。

そう、隼斗は問題ない。エドにとって一番の問題は……明だ。

「理冬!やっぱ、お前はすごいよ。上手だったぜ!」
「明……ありがとう」

明はリトの頭をクシャクシャと撫でた。リトも嫌がらず、美香に抱きつかれた腕はそのままに、目を細めて明の手に頭を委ねている。
お互いを労う以外の何者でもない行為。微笑ましい。そう、微笑ましいはずなのだが…。

イラッ、と何故か胸の奥に何か詰まっているような感覚をエドは覚えた。

「(つーか、何でリトは嫌がんねぇんだよ…)」

基本的に異性に不用意に触られようものなら、リトはキレる。リオールでリトに触れた男は投げ飛ばされ、イーストシティ駅でリトを人質にとった男は斬りつけられた。

なのに、この明という男が触っても…、今だって頭を撫でてた手でリトの頬を撫で、ムニムニとほっぺたの感触を楽しんでいる。しかし、やっぱりリトは怒らない。美香も「私の理冬になにすんのよー!」と怒り出してもよさそうなものだが、明の行動はさして気にしていないようで、スリスリとリトに頬ずりしている。
一体、あいつらの関係はどうなっているんだ?とエドは首を傾げた。

「明は理冬にとって兄のような存在だからですわ」
「うわっ!びっくりした!…て、人の心、読むんじゃねえ!!」
「あら?顔に書いてらしたわよ?」

クスクスと笑う、この少女。確か、名前は千尋と言ったか。やかましい美香や隼斗とは違って一見すると大人しそうで優しそうな印象を受けた。そして何よりお嬢様のような話し方や立ち振る舞いから、それなりに裕福な家の出自だとうかがえる。

しかし、この手の人間は苦手だと、警戒しろと、エドの本能が笛を鳴らした。余裕の笑みで状況を見通し、油断すれば足元をすくわれる。間違いない…この少女は大佐と同類だ、とエドは結論づけた。

エドが警戒色を放ちながら千尋を観察するが、そんなに警戒しなくても虐めたりしませんわよ、と千尋は口元に手をあててコロコロと笑う。

「明と美香、あの二人は双子なんですけど、中学生の頃に理冬に一目惚れして…」
「なっ、一目惚れ!?」
「正確には、理冬の声に、ですわ。それから美香の猛アプローチが始まって、あの3人は次第に仲良くなっていったんですの」
「明、関係あるか?」
「双子だと言ったでしょう?何をするにもあの双子は一緒ですのよ。美香のお気に入りは明のお気に入りも同然…なるべくしてなった三角関係ですわ」
「三角関係の意味違ぇよ」
「そんな些末なことどうでもよろしいじゃありませんか。それよりも……明に嫉妬とは可愛いですわね」
「なッ…!そんなんじゃねぇよ!!」

千尋は口角を上げてニヤリと笑う。ほら、どこかの三十路大佐と同じ笑顔ではないか。エドは慌てて自分の幼稚な嫉妬心を否定するが、焦りすぎてその声は周囲にも響いてしまった。
案の定、突然大声を上げたエドに気づいたリトは美香の腕から抜け出してこちらにやって来ると、若干顔の赤いエドと、いたって普段通りの千尋を見比べて不思議そうに首を傾げた。

「どうかしましたか?」
「……何でもねーよ」
「?そうですか……」

言えるわけない、そんな、カッコ悪いこと。
リトから視線を反らした先では、千尋が美香に何やら耳打ちをしていた。そして、理解したのか、美香はそれはもう楽しそうに、愉しそうに。にんまりと極上の笑みを浮かべてエドを見る。…人知れず、エドの背筋に悪寒が走った。

「そーいや、理冬。前より背ぇ伸びたんとちゃうか?」

何気ない隼斗の言葉にリトはパアァァッと顔を輝かせる(感じがした)。

「まぁ、成長期だしな」

明はリトの頭をわしゃわしゃと撫でた。頭をなでるのは明の癖なのだろうか。爽やかな笑顔で女子の頭を撫でる姿はそれだけで絵になっており、それ故、ファンクラブなるものが存在することを当の本人は気づいていないとか。

ムカッ……っとすると、すかさず美香と千尋がニヤリと笑う。

「〜っ……てか、成長期って………リトはもう直ぐ20歳だろ!?とっくに終わってるじゃねぇか!!」
「「「「……はぁ?」」」」
「ん?何だよ?」
「(あ……エドに言うの、忘れてました)」

一人、事情の分からないエドの肩に美香はぽんっと手を置き神妙な面持ちで告げた。

「エド…………理冬は15歳よ?」
「………は?」

振り返ってリトを見れば、コクリと頷く。

「じゅう……ご、さい?」
「そやで!俺ら全員、ピチピチの15歳や!!」

隼斗は明の腕を組み、人懐っこい笑顔で言う。なぜ明が巻き込まれたのかは誰も突っ込まない。

確かに言われてみると、リトは20歳よりも15歳の方がしっくりくる。いつもは口調や態度がやけに大人びいてて、軍内部でも大人顔負けの腕っ節に加え、地位も肩書きもあったため気づかなかったが、東洋人と言うことをを差し引いてもその顔立ちは十代の幼さを残している。

「ちょっ……待て待て待て!15歳っつたら、オレと同い年じゃねぇか!!」
「そうなりますね。」
「え?でも、リトが国家錬金術師の資格取ったのって……」
「6年前……9歳の時です」
「9歳!?」
「はい。大総統推薦の元、筆記による国家試験を受験し、現地(イシュヴァール)での実技試験で合格。あとは書類を捏造して、表向きは14歳の時に資格を取得した……という事になってます」
「捏造って、いいのかよ!」
「さすがに10歳にも満たない子供を軍人にしたとなれば世間がうるさいですからね。違反行為なんてバレなければいいんですよ」

バラすような人間はみんな特務に消されましたけどね、とボソッと呟くリト。

「……はっ!てことは、公表はされてないけど、史上最年少国家錬金術師は……」

エドがハッとしてリトを見れば、サッと視線を視線を反らされた。

なんか、泣きたくなった……。そう落ち込むエドの肩をポンと叩く美香と明の優しさが痛い。ただし、厳密には美香の肩は微かに震えており、明がヤメロと首を振っていたのをエドは知らない。


文化部祭も無事に終わり、学校を出て明達と別れた後、帰宅するため駅へと向かう三人。
………三人?

「何で、お前がいんだよ!?」
「うるさい!エドだけが理冬を独り占めなんて許さないからね!!」
「なっ!独り占め言うなぁ!」

道端でギャーギャー騒ぐ、エドと美香。あの後、家へ帰ろうとしたリトとエドに、何故か美香もついて来たのだ。

「(仲……良いですね)」

二人の後ろを歩くリト。何故か、モヤモヤする。言いたい事を素直に言い合う二人を見ていると不思議な感覚が体の奥から沸き起こる。

「(羨ましいのでしょうか?……エドが。)」


親友を盗られて、ジェラシーを感じているのか?リトはまだ自分の中にある本当の感情の名を知らない。リトが首を傾げている間も、美香とエドの言い争いは続く。

「だーかーらー!エドみたいなお子様より、大佐みたいな大人の男性の方が断っ然かっこいいわよ!!」
「はぁ?あんな女たらしのどこがいいんだよ!?」
「全部。とにかくかっこいいし、優しいし、紳士的だし……もう、声なんて最高に良いじゃない!!」
「はっ!趣味悪ぃ…い゛っ!」

美香の正拳突き、再び。

「天誅よ。」
「(人誅だと思いますが……)」

魂の抜けかけてるエドを引きずって、二人は駅へと向かった。

駅へと着くと、美香は三人分の切符を買い、その内の一枚をエドに渡す。

「……何だこれ?」

ハガレン世界に自動改札機などと言う物はない。戸惑うエドを余所にリトと美香はいたって普通に通って行く。

「エド……早くして下さい」
「おっ、おう!」

リトに促され、エドは見様見真似で切符を改札機の中へ。

──シュッ

「うおぉ!!」

切符は勢い良く吸い込まれ、エドは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして固まった。

「すっげー」
「お客さん、切符忘れてますよ!」
「あっ!すみません!!」

一部始終を見ていたリトと美香は必死で笑いをこらえていた。何とか無事改札を通った三人は駅の構内で暫し電車を待つ。
 
「なあ、リト。"電車"って、何だ?」

そう言えばエドに電車の説明をするのを忘れていた。リトは美香に借りた国語の教科書を読みながら、頭の中にある電車に関する知識を引っ張り出す。

「電車とは……主電動機を備えた旅客車・貨車および、これと連結運転される…」
「いや、解かんねーよ。」
「…要するに、"列車"の事ですよ。性能は遥かに違いますけどね」
「へー」

リトは教科書を読み終えてしまったのか、パタンと閉じると、時刻表を見てきます、と言って二人から離れた。
初めて二人っきりになった美香とエド。美香は時刻表の方へ歩いて行ったリトの背中を見ながら十分に距離がとれたところで、エドに話しかけた。

「エドって、本当に何も知らないのね。理冬から現世の事、聞いてないの?」
「リトは……あいつは、何も教えてくれねーよ」
「………」
「体調が悪くても、ぶっ倒れるまで我慢。辛い事があっても、絶対に泣かない。……あ、一回だけ、酔って泣いてた事あったけど…」

エドは空を見上げ、寂しそうに呟く。

「…その理由すら、あいつは教えちゃくれない」

手を差し出しても、リトはそれを払いのける。


  きっと泣いてるはずなのに
  心が泣いてるはずなのに

  リトは、涙さえも凍らせる


「それにリトは……時々、誰かを見てる」
「誰かを、見てる?」
「まあ、見てるっつーより、考えてる……かな。とにかく、リトの心には、いつも誰かがいる。そんな気がするんだ」

エドにはそれが誰なのか、わからない。けれど、美香は知ってる。その、人物を……彼女が最も憎む、思い人のことを。そして、リトの過去も…。

「……あたしは、知ってるわ」
「っ!じゃあ…」
「でも!!」

美香は悲しそうに目を伏せ、首を振る。

「でも……私には教えられない」
「何でだよっ!?」

知っているなら、教えてくれ!とエドは言うが、美香は頑なに口を閉ざす。

「……何で、だよ…」
「……エドが『ハガレン』世界の人間だからよ」
「どういう意味………っ!!」

美香は現世の人間。美香からエドに世界の情報を与える事は出来ない。それが世界のルール、決して破ってはいけない掟。

「……理冬と同じなのよ」

知る事が出来ない、エド。
知ってるのに教える事が出来ない、美香。
悔しいのはみんな同じ。


「どうかしましたか?」

いつの間にかリトが戻って来たようで、深刻な面持ちの二人を不思議そうに見る。美香は悲しい顔を一瞬で消し、にぱっと笑った。

「なんでもない!エドは小さいけど、理冬はそれ以上に小さいな〜って、話してただけ♪」
「誰がウルトラドちびか―――!!」
「私は今、成長期なんです!!」

口を尖らせて抗議するリトを美香は笑いながら宥める。機転を利かした美香のおかげで、さっきまでの思い空気は消え去り、楽しげな雰囲気が三人を包んだ。


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