紅の幻影 | ナノ


崩壊の言霊 4  


「タイアース・アールシャナの娘か……」

男はゆっくりと立ち上がると、私の前へとやってきた。その人間を心底見下した顔を殴ろうにも、エンヴィーにガッチリ両腕を掴まれているため、拳どころか錬金術すら使えない。仕方なく、無駄とわかっていながら渾身の眼力で睨みつけた。

「私はタイアースの娘じゃありません。ただの子孫です!」
「なるほど、銀髪に紅い瞳……あの男の娘というだけあって顔立ちもよく似ている」
「…っ、だから!私は娘ではありません!子孫です!」

何なんだこいつは、無性にイラッとする。この話が通じないあたりは流石エンヴィーの生みの親というところか。宇宙人と話している気分だ。(宇宙人と話したことないけど)
全面的に不快感を主張する私をよそに男は暫くブツブツと呟いていたが、一通り私を観察し終わると今度は徐に私のコートの中へと手を入れた。

「なっ!やめっ…嫌っ!!」

全力で拒否してみたが、やはり無駄に終わる。寧ろ、もがけばもがく程エンヴィーの拘束が私の手首を締め付ける。痛い。そろそろ鬱血してきた上に指先が痺れてきた。

「っつ…」

私が痛みに顔を歪めたのと、男が私のコートの中から手を抜いたのは、ほぼ同時。引き抜いた男の手には紅々と輝く石がついた“時空の鍵”が握られていた。
その妖しげな光を放つ石を見てエンヴィーは、すごいね、と私の頭を撫でる。正直、不愉快極まりない。嫌悪感に頭皮がめくれそうだ。

そんな私の様子にも気づかない“お父様”とやらは、時空の鍵をまじまじと見つめると、口角を上げた。

「礼を言うぞタイアースの娘よ」

もう、娘でもなんでもいい。突っ込むだけ面倒だと、無駄だと理解した。

「……何のことです?あなたに感謝される筋合いはありませんが?」
「よくぞ時空の鍵を完成させてくれた。それに対し礼を言ったのだ」
「完成……?」

言っている意味がわからない、と怪訝な顔をする反面、私の心臓は痛いくらいに拍動していた。


──認めなよ 理解しなよ 本当の罪を


「時空の鍵とは本来、世界と世界を繋げるためのものだ。たかだか人間の小娘一人が世界を渡るために存在するものではない」
「……、」

それくらい知っている。ただ、世界同士を完全に繋げようとするのなら、代価となるエネルギーが必要となる。膨大なエネルギーが…。

「必要な代価とは、命。それも時空を統べるだけの力を持つ者……タイアースと同等の能力を持つ術師の生命力が必要なのだ」

“お父様”は私を指差して言った。
理解したか?時空の番人……いや、生贄よ。と。

「っ…違う…!命を捧げるのは私が世界を越える代価です!!」
「その捧げた命は鍵に蓄えられ、エネルギーへと変換させれる。お前も気づいていただろう?」
「っ、それは……」

男の言うとおり、薄々気づいていたのかもしれない。
削られていく私の命と、力の増していく時空の鍵。それでも考えたくなかった。考えないようにしていたんだ。考えたら、何かが崩壊してしまう気がしたから。

「膨大なエネルギーを孕んだ鍵。完成された時空の鍵は異なる世界同士を結びつけ、融合させることも可能になる」
「っ!そんな事をしたら…」
「主となる時空の鍵はいまこの“世界”にある。ここで術を発動させれば、あちらの世界……お前は現世と呼んでいたな……現世はより強いエネルギーを保持しているこの世界に吸収される」
「……現世をエネルギー源にするつもりですか!賢者の石なんかをつくるために!」
「世界1つ分の命となれば、さぞかし立派な石が出来るだろう」
「なんて事を……っ」
「そうなれば、いったいどちらが“現実世界”だろうな」 
「っ、ふざけるな!……そんな事させません!!」

怒りで体がふるえる。全身の血が逆流しそうだ。それほどまでにこの男が……ホムンクルスたちが許せない。
美香が、明が、千尋が、隼斗が…──みんながいる現世を壊そうとするこの男を私は許せない!

「……何故、怒る?タイアースの娘よ」 

眼力だけで人を凍らせてしまいそうな勢いの私に対し、男はひどく不可思議だとでも言いたげに首を傾げる。その仕草にすら殺意が怒髪天を衝く。

「何故?人の守りたい世界を壊そうとしておいて、よくそんな質問ができますね」
「それが可笑しいと言うのだ」
「……何を言って…」

男は自身の髭を撫でながら、私にとって衝撃的なことを語り始めた。

「これまでの道を作ってきたのは他ならぬ貴様自身だろう?時空を何度も越えて鍵に命を捧げ、鍵にその力を与えた……」

その結果が、この状況なのではないか?と。

「……っ!それは……」

時空の鍵に力を与えたくないのであれば、命を捧げる行為を…時空の扉を開いたりしなければいいだけの話。鍵を持っているだけでは何も起こらないのだから。
しかし、私には例え己の命を代価にするとわかっていても、時空の扉を開ける必要があった。

「それは、現世にキメラが現れるから……!」

現世の平穏を守るたには、キメラ……他の世界からの危険を排除する必要があった。

『時空の秩序を乱す者に制裁を』
それが時空の番人である私の務め。

「キメラ…か。貴様はそう何度も都合よくキメラが現世に現れることを疑問に思ったことはないか?」
「どういう、意味……」
「特務には暗殺、諜報……そして研究に特化した部隊があったはずだ」
「なに、言って…………」

タメだ。男から目を逸らせない。男の問いに対し、嫌な仮定ばかりが脳内に広がっていく。

普通に考えて稀に発生する時空の歪みとキメラの錬成……それも、歪みの力に耐えうるだけの高度な錬成が重なるなど頻発してあるわけがない。それなのに、時空の歪みに伴ってキメラは高確率で現世に現れていた。それも、私がこの世界に来るようになってから。

何故?考えられる理由は1つ。
脳内に特務の研究部隊隊長の姿が浮かんだ。私と同じ歳くらいの彼女は、確かにクレイジーなマッドサイエンティストだ。しかし、その才能は本物だった。もし、あの女が時空の歪みの存在を知っていたら?高度なキメラ錬成の技術を操るイト隊長が時空に干渉する能力を持っていたら……嗚呼、そんなまさか……!

「時空の歪みに合わせて、軍でキメラを錬成していた……?」
「あはっ。やっと気づいたんだ、おめでとう」

エンヴィーが愚かな幼子を嘲るように私の頭を撫でた。

──…許さない!
ギリギリと歯を食いしばって“お父様”を睨んだ。握り締めすぎた手のひらには爪がくい込み、血が滲んでいる。

「……やはり可笑しな話だ」
「何がですか…」

これ以上、何が可笑しいと言うのだ。現世を、みんなのいる現世を傷つけておいて。

「貴様はそれほどまでに現世を……いや、友を思っているのなら何故一緒にいた?」
「っ!」

ドクドクと心臓が早鐘を打つ。この男は何が言いたい?

「大切な者達を何故そばに置いた?」
「それは……守りたいから…」

そう、親友たちを守りたい。大切な彼女たちを、この手で…──

「違う」

──嗚呼、それ以上言わないで。私の“罪”を。

……そうだよ。時空の歪みはいつだって時空の鍵の近くで起こってたんだ。歪みが強くなる瞬間、鍵の元へと歪んだ亀裂が集中する。まるで引き寄せられるように。

私はずっと知っていた。時空の歪みを止めることは出来なくとも、せめて歪みの発生する場所を変えるこは可能であると。例えば、幼い頃に過ごした山奥とか。人の住んでいない無人島とか。そうすれば、誰も傷つかない。

美香たちが大切なら……真に友達の幸せを願うならば、私はみんなから離れるべきたったんだ。なのに、私は……────

「貴様は独りになるのが怖かった。自分の都合で仲間を危険に晒していた」
「ちがっ……違う、私は…!」

──違わないよ。
それこそが私の“罪”なんだ。

私の中で誰かが泣きながら呟いた。

時空の歪みが次第に大きくなってきているのは、鍵が完成へと近づいてるから。だから、大型キメラを現世へ錬成することも出来た。現世を傷つけていたのはホムンクルスでも“世界”でもない。

「…わた、し……?」

大罪人は紛れもない私自身だ。

初めて美香を傷つけた日も。校庭で学校のみんなを危険に晒し、美香を泣かせてしまったあの時も。全部、私のせいだったとしたら……。

ガクンと体中の力が抜けた。

「おっと…」

エンヴィーが支えてくれたおかげで地面に倒れることはなかったが、鉛のような私の身体はもう指一本さえ動かせない。
ぐらぐらと目の前が揺れる。焦点の合わない瞳から、光が消えていく。そんな私の意識を繋いだのはあろうことか”お父様”だった。

「貴様にはまだ最後の仕事が残っている」

そう言うと男は私の顎を掴んで、もう一度目を合わさせた。力の抜けきった私はされるがままに身を委ねるしかない。

「最後の…仕事……?」
「そうだ。時空の鍵は私には使うことはできない。鍵を完成させるのもその力を解き放つことができるのも、時の賢者の血を継ぐアールシャナ家の者だけだ」

つまり、私の残された仕事とは『鍵の力を解き放つ』こと。そして、力を解き放つ方法は1つ。

「時空の扉を開く……つもりですか?」
「ただ開くだけじゃない。2つの世界に共通して存在することのできる人間を触媒として扉を開く。そうすることで、世界と世界は完全に繋がる」
「つまり、リトの中に時空の扉を開くってことだよ」
「っ!」

意図を理解するのに戸惑っていた私の身体をエンヴィーが力任せに引っ張り、“お父様”の前へと差し出した。

さっきまでと何ら変わりない立ち位置。しかし、“お父様”の手には時空の鍵が握られていて、その先端は私へと向けられている。そこで、漸く私の最後の仕事とやらを完璧に理解した。これから起こる絶望的な結末も。

「いやっ……嫌だ!」

首を振るくらいの力しか残っていない、この体。懸命に拒絶するが、それで何が変わるわけでもなく、ゆっくりと鍵が近づいてくる。


 怖い 怖い 怖い 怖い
 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ
 離して やめて 助け…

 助けは…来ない…
 知ってるよ。理解してる、昔から。
 ほんっと、私の人生はこんなのばっかりだ。


「さぁ、開け。時空の扉よ!」

鍵が私の胸へと突き刺さった。



──…ドクンッ



突き刺されたというのに痛みはなく、驚くぐらい馴染み、そのまま鍵はゆっくりと私の身体へと融合していく。

「ぁ…あぁぁ…っ」

鍵の全体が私の中へと飲み込まれると、そこを中心として私の胸に浮かび上がってきたのは時空の錬成陣。

──ドクンッ ドクンッ
胸の奥…もっと奥底から生まれる熱が焼けるように熱い。あつい…ッ

──ドクンッ!
「ぃ…嫌ぁあああああぁ!!」

内側から沸き起こる感じたことのない灼熱感に意識は朦朧とし、私は狂ったように叫んだ。立つこともできず薄汚い地面に横たわる。苦しすぎて呼吸すら止まりそうだ。心臓を掻きむしり、抉り出したいくらい。

自我が崩壊しかけている私の拘束を解いたエンヴィーは、愛おしそうに私を抱き締める。

「リト…────」
「ぁあああああぁ!」


──雪女の罪は熱となり、その身を、心を焼き尽くす。


助けて…誰か……、エド…ッ
ああぁあああああぁあ!!


───………


2014.02.14


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