紅の幻影 | ナノ


永訣、闇を求めて 5  


エンヴィー達と接触し、リトと時空の鍵について知ったエド。激昂するも思いは虚しく、黒を纏う彼らに易々と意識を沈められてしまった。

意識が再び戻ったのは病院のベッドの上。暫く状況の理解に苦しんだが、そうか自分はまた…と意識を失う寸前のことを思い出し、自責の念に苛まれた。

「……っ、クソッ!」

オバーテーブルに肘をつき、頭を抱える。ついでにガシガシとかきむしれば、頭の包帯がはらりとほどけた。そんな情緒不安定ともとれる様子のエドを、アルとお見舞い兼、エドの機械鎧の整備に来てくれたウィンリィが、どうしたのかと理由をたずねれば、エドはぽつりぽつりと語り始めた。



「───……そんな…そんな事って…!」
「オレだって信じたくねえよ!でも、これが真実なんだ……」
「じゃあ、リトはずっと無理して…、っ」

知り得た全ての情報を2人と共有する。
先ほど、エドを自責の念が襲ったように、アルも自分の不甲斐なさを嘆いた。
ずっと一緒にいたのに。たとえ嫌がると分かっていても、もっと踏み込んで彼女の闇を知ればよかったと。どうしようもないことをグルグルと考えてしまう。

そして悩み悩んだ末に二人が出した結論は、『リトが帰ってくるまでセントラルで待っていよう』というもの。彼女を放ってはおけない。

「……はぁ?バッカじゃない?呆れた!」
「ウ、ウィンリィ…?」
「まてまてまてまて!いったんスパナは下ろせ、な?」

構えられる凶器。今まさに振りかぶられようとしていたそれを止めてもらえるよう懸命に懇願すれば、ウィンリィは大きな青い瞳を僅かに潤ませ、幻滅したと言わんばかりに盛大な溜め息を溢した。

「あんた達まで立ち止まってどうすんのよ…」
「っ、……リトを放っとけってのか?」
「違う!……リトが帰って来た時あんた達が全く成長してなかったら、それこそ愛想尽かされるわよ」
「「……う…」」

溜め息を交えながらウィンリィは表情に影を落とす。
脳裏に浮かんだのは頭に包帯をつけた少女の姿。見せないだけで、きっと服の下だって傷だらけなのだろう。なのに、それを悟られまいと必死で射抜くような瞳を貫き、あたし達に背中を向けた。

光が溢れる扉の中に踏み込む瞬間、彼女が一瞬だけこちらを振り返ったのはウィンリィしか気づかなかった。

「……本当の事を知ったからなに?落ち込んで終わりなんて、あんた達らしくない…」

ウィンリィも二つの世界の話を、エドとアルから聞いて、驚いた。自分達の生きる世界が現世を傷つけ、現世を守るためにリトが戦っていると知った時はショックだった。

「あたしだって自分はどうしたらいいのか分からないわよ。けど、あんた達がここで立ち止まるのは間違ってると思う!」

瞳いっぱいに涙を溜め、それでも泣くのを堪えるウィンリィ。代わりにグッと握り締めたスパナを、二人に向けて言う。迷うなと、立ち止まるなと。

「リトの敵が強いって知った……だったらあんた達も強くなればいいじゃない!リトを守れるぐらい…、強くなって!そして、あの子を支えてあげてよ…」
「……!」

真っ直ぐ二人へと向けられた青い瞳。その瞳とよく似た強さを持つ瞳を、エドは現世で体感した事があった。


「エドでもアルでも、例え、大佐でも……理冬を傷つけたら、絶対に許さないから」


心の奥底からの言葉は何よりも重く、その声は何よりも響く。

「女の友情ってやつか……すげぇな」

瞳に秘めた強い力。意気消沈していたのがバカらしく思えてきた。
ウィンリィの言葉で前へ進む力を取り戻したエドとアルは、二人で顔を見合せ苦笑いを溢す。

そう、立ち止まっている暇などないのだ。新たな決意を胸に、二人は再修行も兼ねて師匠のいるダブリスへ向かう事に決めた。強くなりたいと、その思いを胸に秘めて。

だが、そんな彼らの意気込みとは裏腹に、運命の針は着々と時を刻んでいく。








「───……殉職で二階級特進…ヒューズ准将か……」

そう呟いたロイの見下ろす先には真新しい墓石。
一足先にセントラルを発ったエド達の知らないところで事は進み、ついさっきヒューズの葬儀が終わった墓地には二人の男女が立っていた。

家族思いで親バカでお節介。それでいて飾ることなく、部下とも対等に接するヒューズは皆が慕う存在だった。
そんな彼が何者かに殺されたとなれば、軍内に不穏な空気が立ち込め、疑問の声が多々飛び交うのは必然的な事。

更にヒューズが今際の刻みに残した言葉。


  「軍がやばい!」


鬼気迫る切羽詰まった状況で、彼は一体何を伝えたかったのか。そして、受話器の向こうから最後に聞こえた声は…


  「───……ロイ……ッ」


何故か彼女だった。
それも凛としたいつもの声ではなく、子供のように泣きじゃくり、震える声で彼女は呼んだ。わからない。

「(いったい何がどうなっているんだ…)」

血の着いた電話ボックスで今までの事を整理していくロイ。不可解な点が多いヒューズの死の真相を独自で調査する。
その過程で有力な情報を持っているであろうと推測される人物、それは自分も信頼を寄せる親友の腹心。

「大佐、アームストロング少佐をお連れしました」

正装に身を包んだリザの横に立つは、同じく正装を纏い、ピシッと敬礼するアームストロング。事件直前までヒューズと密接に関わっていた彼なら何か知っているはず。そう思ってロイは彼に声をかけたのだが…


「話せません」

大佐…つまりは上官であるロイの質問に、頑として口を閉ざすアームストロング。
一見融通のきかないだけのようにも思えるが、これはロイ以上の地位の者がアームストロングに口止めをしているという立派な情報。これだけでも大きな収穫だろう。

更に…、

『中佐を殺害したと思われる者達』
『数日前までエルリック兄弟が……』
『探し物は伝説級の代物』

危険を承知でアームストロングは出来る限りの情報をロイに与えた。これは大きな手掛かりとなる。そして、もう一つ。

「“彼女”は今どこに?」

現時点で最も有力な手掛かりを持つ者の所在。セントラルへ来たのは彼女に会うためでもある。

「我輩も今から行くところであります……一緒に来られますか?」
「あぁ……、ん?」

ふと、ロイは道端に残る不可思議な血痕に気づいた。

何かが這ったような血痕。距離にしておよそ2メートル。それは電話ボックスへと続いていた。

「……これは…?」

ヒューズは電話ボックス内で殺され即死だったというから、これがヒューズのものだとは考えにくい。ロイとリザが首を傾げていると、口籠もりながらもアームストロングが説明をした。

「その血の跡は……────」






ロイ達一行は、国内でも一、二を争う病院へとやって来た。

内科、外科、整形外科、形成外科、泌尿器科、脳神経外科、眼科、皮膚科、耳鼻咽頭科、歯科、小児科、産婦人科、精神科……など、様々なありとあらゆる分野に対応出来る規模の大病院。

建物自体も大きく、まるで迷路のような道をスイスイと進む看護師について行けば、特別病室へと案内された。

「こちらです」

無愛想な白衣の天使は扉のネームプレートを指し示しながら言い、ロイ達に軽く会釈すると、日常の業務へと戻っていった。

『リト・アールシャナ 様』

プレートに書かれたその文字を確認し、ロイは一呼吸置いた後、扉をコンコンと叩く。


ヒューズが殺された日の夜。ロイから連絡を受けたアームストロングが部下と共に電話ボックスへと駆けつけた時…

  「──…っ、なんと!」

既に息絶えていたヒューズと、その傍らで寄り添うようにして倒れていた彼女。辛うじて息はあったものの重傷で、生きているのが奇跡という状態だったそうだ。


──ガチャ

ノックから数秒後、顔を出したのは初老の男。男はリトの担当医だと名乗った。
彼曰く、意識は割りとはっきりしいる。しかし、如何せん今さっき目覚めたばかりで、まだまだ安静にしなくてはいけない状態らしい。当然だ、あの出血量だったのだから。

それでも説得の末、無理をさせない事を条件に何とか面会の許可をもらうことが出来た。


「……リト、失礼するよ」
「……………」

一歩踏み込んだ部屋は廊下とは全くの異空間のように感じた。青白い空気。薬品の匂いが染みつき、ツンと鼻をつく。音のない部屋では、ロイの軍靴の音ですら異様に響いた。

ロイ、リザ、アームストロングの三人が病室に入っても、リトは何のモーションも起こさない。焦点の合わない瞳をぼんやりと開きながら、ベッドの上でただ座っていた。

「リト…」
「何も覚えていません」

何があったのかを聞こうとする前に発せられた言葉。続けて発しようとした言葉の代わりに息を飲んだロイを見ることなく、リトは続けて言う。

「相手のことも、あそこで何があったのかも覚えていません」
「……君が?敵と接触していながら何も覚えていないのかね?」
「えぇ、そうです…」

あり得ない。
『軍の傀儡』『雪女』とまで謳われた殺しのエキスパートが、何の情報も得ないまま病院送りなど、万に一つもあり得ない。

ロイ達でなくともリトが何かを隠している事は明白だろう。しかし、リトの様子からすると何も教えてくれる気はなさそうだ。

どうしたものかとロイ達が悩んでいると、今度はリトの方から先に口を開いた。

「…私からも質問があります」

漸くロイを見上げた虚ろな眼。いや、この眼は見覚えがある。特務にいた頃の眼。冷たく恐ろしい、雪女の瞳だ。

「エルリック兄弟はどこですか?」

感情を殺した凍てつく声で彼女は訊ねた。その声色すらも青白く、空気を染める。


リトが彼らと行動を共にする理由。それは監視の任務があったからだけではない。そんなものは二人を殺してしまえば早々に自由になれるのだから。

だが、それが出来ないのは『仲間だから』なんてふざけた理由ではない。リトが彼らを殺さない……いや、殺せない理由は一つ。

『彼らがハガレン世界の最重要人物だから』

あの兄弟の側にいれば、必ずホムンクルスが現れる。現にリトがいない間にエドとエンヴィーが接触した。いつまでもこんな所で寝ている場合じゃない。

リトは一刻でも早く、エド達の元へ向かいたかった。


「……彼らの居場所を教えて下さい」
「…っ、知ってどうする…、その足では…!」

アームストロングから事情を聞いたロイは僅かばかり苛立ちを含んだ声でそう言うと、視線をリトの足元の方へとやった。

「………足…ですか…」
──バサッ

ロイの言葉の続きを察したリトが掛け布団を無造作に捲ると、聞いていた通り、そこにあるべきはずのものが欠けていた。
膝下辺りを包帯でグルグル巻きにされ、そこから下のパーツが欠如した姿。これでは立つことすら出来ないだろう。

あまりにも痛々しいその姿は直視することさえ憚られた。

「リト……」

ロイもかける言葉が見つからない。

だがリトは無くなった自分の足を見ても眉一つ動かさず、放心……と言うよりかは何かを考えている様子だった。

「(……こんな足じゃ戦えない…)」

エドのように機械鎧にする手もあるが、それでは時間がかかりすぎてしまう。

「(だったらどうする…?)」

このまま泣き寝入りするなんて冗談じゃない。誰も助けてくれない事はずっと昔に理解した。自分でなんとかしなきゃ、何も変わらない。

涙を流し、誰かの手をかりて敵討ち?何ヵ月もかかるリハビリに耐えて機械鎧を身に付け、悲劇の闘うヒロイン?

バカらしい。

そんな事をするぐらいなら、両足が無いまま戦って、犬死にする方が自分に似合っていると思う。美学なんてものは必要ない。みっともなく足掻いてこその人間だ。

リトはシーツをギュッと握り締め、一つの決断を下した。

「……ふっ…」

己のプライドもポリシーも全て投げ棄て脱力し、残っていた僅かな道徳心すら冷笑と一緒に吐き捨てると、リトは枕元の床頭台の上に畳んであったコートに手を伸ばした。

──ズキッ
少し動くだけでも身体中に激痛が走り、ちょっとした衣擦れですら体が敏感に反応してしまう。

──…ズキッ
全身の傷口が開いたような痛み。刺すような、焼けるような、痛み。見れば足に巻かれた包帯に、うっすらと血が滲んでいた。

──ズキッ ズキ…ッ
「…っ……」

バランスを保つのも困難な体に鞭打って、リトはコートの胸ポケットを探る。目的の物は直ぐにコツンと指に触れた。

時空の鍵とは違う形。


  「それはあげる。僕って優しいね…──」


エンヴィーからもらった『それ』は悪魔の産物。

「っ……それは!」

ロイ達の注目を一身に浴びるもの。リトの手の上で煌々と赤く光を放ち、思わず息を飲んでしまう美しさを醸し出していた。

伝説級の代物。
エルリック兄弟がずっと追い求めている…

「賢者の石…!」

どこで手に入れたのか知らないが(恐らく訊いても答えてくれないだろう)、リトの瞳に負けず劣らず強い赤をした石をリトは見つめた。

「…っ、お待ちください准将!!それを使ってはなりませんぞ!その石の…賢者の石の材料は……!」

アームストロングはマルコーの残した研究資料に隠された賢者の石材料を、解読したエド達から聞いていた。使ってはいけない代価。万能である石の材料は…

「……生きた人間……」
「「っ!」」
「…知って…おられたのですか?」

初めて聞かされる賢者の石の秘密に驚愕するロイとリザ。

そしてアームストロングはリトが石の材料を知っていた事に驚くが、当のリトは平然としたまま、何を今さらと言わんばかりに淡々と語る。

「この大きさの石を作るのに数百という犠牲が必要になる…」

手のひらサイズの小さな石。白いリトの手の中で石の赤はよく映える。

「賢者の石の犠牲……そんな事、とうの昔に知っています」

石の存在も、材料も、製造方法も。エドとアルが長い旅を続け、漸く知り得た情報ですら、彼女は子供の頃から知っていた。

「……だから私は『そんなくだらない物は求めるな』と再三忠告したはずですよ」

一緒に旅する事を決めたその日も、その後も。くだらない、バカらしい、大嫌い、とリトは何度も否定的な言葉を言ってきた。

それでも彼らは求める事をやめようとしなかったのだ。まるで魔性の石に魅入られたかのように。





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