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 公民館の備品なのか、少し錆付いたパイプ椅子を二つ引いて片方に座り、もう片方の椅子を軽く叩く。要するに座れと言うことなのだろう。
「僕はね、簡単に言うと宇宙のことを勉強する学校に通ってるんだ」
 宇宙は分かるよね? と問われ頷く。開きっぱなしになっていた本を徹が見やすいように手元に引き寄せ、開きっぱなしになっていた文字ばかりのページから半分以上が写真で埋め尽くされたページへと変えてくれた。
 どれもこれも美しい写真ではなかったが、それでも闇の中に光る白い点の集合体は美しかった。
「星が一番綺麗に見える場所ってね、明かりのない空気の澄んだところなんだ。山の上はその条件にぴったりで、できるだけたくさん観察を続けたくて、それでここに通うようになったんだ」
「そんなにたくさん、山に登るの?」
「多いときには週末だけじゃなく平日も登るかな。でもいつも近場の小さい山だから、登山自体はそんなに大変じゃないよ」
「僕も、登るの?」
 不安が声色から伝わってしまったのか、五十嵐はからからと笑った。
「この間も言ったけど、徹くんと僕はバディなんだ……分かりやすく言うとペアかな。何かあっても僕が側にいるし、君の安全の責任は僕がとる。だから、怖がらなくても大丈夫だよ」
 下ろしたての運動靴と、子供用の背中にぴったりと付くタイプのリュック、それと動きやすいようにと新調してもらった上下お揃いのジャージ。首にはいつものようにフィルムカメラをぶら下げて。
「いがやん、徹くん。そろそろ出る準備するよ」
「はい、分かりました」
 公民館で同じようにお茶を飲んだり主婦よろしく井戸端会議に勤しんでいたおじさんたちが次々と椅子の上に置いていた荷物を背負って会議室を出始める。
 初日にも少し気になっていたのだが、どうやら五十嵐のここでの愛称はいがやんらしい。なんとも個性的だと言うべきか、おじさんたちの感性が常人とずれてると言うべきか。
「じゃあ行こうか、記念すべき初登山!」
 同じようにリュックを背負った五十嵐は自然な動作で手を差し出す。少し悩んだが、素直にその手を掴んだ。
 公民館に通い始めて三日。今日、ついに徹は山登りデビューを果たす。


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