悲劇的喜劇、逆襲


いっそのこと、悲劇が欲しい。
絶望の淵に溺れて、自分は、否、自分たちは何て可哀相なんだろう、
と嘆いても許されるほどの絶対的な悲劇。
例えばそう、私たちのどちらかが死んでしまうとか、ね。

悲劇…?
これが悲劇でなければ、一体何だと云うのだ。

いいえ、悲劇じゃないわ。
只の愛。愛情よ。
だって、お互いに好きで一緒にいるんだもの。

なら、悲劇とは?

悲劇って云うのは、もっと単純で純粋なの。
一組の恋人が絶対的な悲劇の底に沈むためには、
もう絶対に逢えないとか、そうねえ……
彼らの気持ちの外側で、絶対的な力が働く必要があるわ。

絶対的な力。

そう、絶対的な力。
ポケモンと人間である、とかそんな生ぬるいんじゃ駄目。
だから私たちは悲劇じゃないの。
……寧ろ、喜劇、かしら。

私は面白くない。

そうね、私も。
でもきっと、他の人から見れば喜劇よ。
盲目のトレーナーに、行き場のない最強のポケモン。
これ以上無意味で、無駄な組み合わせってある?
私たちが寄り添っても何も生まれないわ。
人間なら赤ちゃんが、ポケモンなら卵が生まれるというのに。

何も、生まれない?

そう、何も生まれない。
あら、そしたら喜劇ですらないわね。
どうしましょうか、私たち。
とりあえず、シャワーでも浴びましょうか?
このままじゃ血なまぐさくてかなわないわ。

ああ。

じゃあ先に行って。
絶対貴方のほうが重症よ。鉄の塊みたいな匂い。
全く、遠くからでも人間を殺すことなら可能なはずなのに、
どうしてこうまで酷く返り血を浴びるのかしら。
私、目が見えない分耳と鼻は良いんだから。

分かった。






本当、これが喜劇でも悲劇でもなければ、一体何だというのだろう。
逆襲―或いはそう呼ばれるかもしれない。
最高のトレーナーとして名を上げた私が盲目になってから、
私を見るものはいなくなった。
かつての恋人も、家族も、一緒にバトルしてきた、ポケモンたちでさえ。
だから私にとって、「逆襲」という言葉はとても特別に聞こえた。
否、聞こえた、は間違いだ。
今でも私は、彼が私の脳内にその言葉を綴る度、吐き気がするほど胸が躍る。

攻撃でも宣戦布告でもなく、逆襲。

私たちが行える、唯一の生産的でも非生産的でもない活動。
否、私たちが行える、唯一「生きている」と世間に実証できる活動。
先ほどから煩いテレビの音を消して、誰のものかわからないベッドの上に横になった。
血なまぐさい。何処かその辺に、死体がまだ落ちているのだ。
かまわない。どうせこの小屋もすぐに用無しになるのだから。

「ミュウツー?」

闇の向こうに声をかければ、いつの間にかすぐ側から返事が聞こえた。
否、案外遠くからかも知れない。
テレパシーに距離感は無い。

逆襲、逆襲、逆襲。







10/01/01







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