過去拍手お礼


今でも、なんだか不思議な気分。

あれだけの破壊をしても、
凶悪なポケモンだと罵られても、
心が無いと言われても。
私が思い出すミュウツーの姿は、

研究所で培養液の中にいた、
悲しげな、あの姿だけなのだ。




私が、まだ小さかった頃の話。
将来の夢は「おとうさんみたいなポケモンはかせ」だった。
実際のところ私の父は「博士」とはほど遠かったが、
ポケモンに傾ける情熱と努力は並大抵では無かったと記憶している。
実際彼はその実力を買われ、ある研究チームに配属された。
即ち、ミュウの生態解明およびコピーの開発実験。
グレン島への引越しが決まったのは、その頃だった。



「ね、ね、あなたがミュウツー?」

子供というのは、不思議な第六感を持っていると言われるものだ。
そのとき、確かに私と彼が言葉を交わしたのは、或いはそういった類の力が
二人の間に働いたからかもしれない。

『僕、ミュウツー?』

「私が聞いてるの!」

『じゃあ、分かんない。君は?』

「私はねえ……」

研究所は、私の遊び場だった。
はじめは私が入り込むたびに目くじらを立てていた大人たちも、
やがて私が何の悪さもしないと分かると、大して気にも留めなくなった。
それで私は、ミュウツーとたくさん言葉を交わした。
ミュウツーは相変わらず眠ってはいたのだけれど。

「ちょっといいかな」

父に呼ばれたのは、ある日の午後。
周りをたくさんの大人たちに取り囲まれた私は、彼らの笑顔が本物だと思うほど馬鹿ではなかった。

「毎日毎日、試験管の前で独り言を言っているね。
……ミュウツーと、お話をしてるのかい?」

「……うん」

「どういうお話をしているのか、教えてくれないかな」

はじめは、その日ミュウツーと話した内容を父に伝えるだけだった。
しかしそれはそのうち、こういった言葉を話しかけろだの、
どんな反応が返ってきたか教えろだの、大掛かりな実験になっていった。

「さあ、今日はミュウツーに、目を覚ますように言うんだ」

私は、怖かった。
彼らの言うとおりにすることが、そして、彼らに逆らうことが。

「ミュウツー、お願い、目を覚まして。私、怖いよ……」

そして、その呼びかけに、答えは返ってきた。

『どうして?どうして怖いの?いじめられてるの?』

試験管は、見事に破裂した。
私の呼びかけが聞こえたのだと、彼らは口々に喜んだ。
皆こぞってミュウツーに話しかけた。

「ミュウツー、私の言葉が分かるかね?」

「ミュウツー、どうだ、気分は」




『ねえ、彼らはなんて言ってるの?』

「おい、ミュウツーは何て言ってるんだ?」

「『教えて』」

何がなんだか分からなかった。
彼の言葉は私にしか聞こえない。彼らの言葉は私にしか分からない。
後ずさって瞳を閉じた私の上に、何かが落ちてきた。
それは、崩れ落ちた研究所の天井。

『彼らはなんて言ってるの?僕は何処から来たの?いじめられてるの?』

ミュウツーは、暴走寸前だった。

「おい!ミュウツーを止めろ!やめさせろ!」

数人の大人が、私を揺さぶったが、
私はそれに答えることができなかった。
意識が、遠のいたからだ。



「…っていうのが、一通りの話。
まあ信じてもらえないのは分かりきってるけどね」

「……」

すっかり冷めてしまった紅茶に口をつけ、首をすくめる。
目の前の少年は、相変わらず黙ったままだ。

「で、どうしてその話を聞きたかったの?
言っておくけど、その後ミュウツーが行った場所は教えないわよ」

「どうして」

「…いくらチャンピオンといえどもね、レッド。
私は彼の自由を奪わせるわけには行かない。
彼は自分の選択で研究所から逃げ出したの。暴走だ、破壊の衝動のままに逃げたのだ、
そう人は言うけれど、違うの。あの時聞こえたミュウツーの叫びの意味を、私は知っていた。
只、それを受け止めてあげられなかっただけ。
だからせめて、彼の自由は守りたいの」

現役チャンピオンであり、無口なマサラタウンの少年レッドは
私の言葉を黙って聴いていた。
彼がいきなりやってきて、ミュウツーの話を聞かせろと言った時は正直焦った。
しかし、彼は笑うでもなく、憤るでもなく、只黙って話を聞いてくれた。

「これ、あげます」

不意に、レッドが何かをテーブルの上においた。
よく見れば、それはモンスターボール。
首を傾げて正面を見れば、椅子に座っていたはずのレッドはすでにいなくなっていた。

「レッド、くん…?」

ドアノブに手をかけたまま、彼はぼそりと言った。

「やっぱり、彼もそれが喜ぶと思うし」

次の瞬間には、何処からか飛んできたピジョットに飛び乗って、レッドはいなくなっていた。
後には、モンスターボールと私だけが残される。

恐る恐る椅子に座って、小さな声で問いかけた。

「あなた、ミュウツー?」

『私は、ミュウツーだろうか』

胸が、どきんと鳴った。




~09/12/19



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