それは幸せと呼ばれるか


物語には主人公が居て、そしてその主人公の敵役がいる。
敵役はあくまで敵役であり、主人公の肥やしになる運命である。
例えばそれは今。 目の前でアポロが崩れ去る、その瞬間。
私の横にいるヒビキとコトネ、それから名前は知らないが彼らの友人らしい無口な少年。
彼らは警戒を解いていないが、私は知っている。
アポロの手持ちは、今コトネのマリルに倒されたヘルガーが最後だったのだ。

「……全ての夢が、今、終わりました」

アポロが絞り出すように言う。
その言葉を聞いて、ようやく安心したのか、ヒビキとコトネは顔を見合わせた。
…二人は私の幼なじみである。二人とも、私の可愛い兄弟のような存在だ。
二人が密かに思いを通わせ合っていたことは知っていた。きっと今だって、抱き合って喜びたい衝動を抑えているのだろう。
その純粋な笑顔を横目に見る。
そして、横で元々白い顔を更に蒼白にして、敗北を宣言しているアポロを。
アポロの目に、私は映っていなかった。
彼の記憶の片隅に、私は残っているのだろうか。

「矢張り、私では無理だったようです。サカキ様に認めてもらうまでには至らなかった」

悔しそうに拳を握る、アポロ。
彼が私に自分の夢を語った、あの日を思い出す。

結局彼は、私がヒビキたちと共にラジオ塔に乗り込むまで私に自分の事を語らなかった。

『…私には、戻って来て欲しい人がいるのです。
彼の為なら、どんな悪事もする心づもりでいます』

彼がロケット団最高幹部だと知って、覚悟したこと。
ラジオ塔の最上階に入る前に、ひと呼吸して、肝に命じたこと。
……彼は、敵役なのだ。

「私は……」

アポロは一瞬こちらを見て、微笑んだ。
その自嘲的な微笑みが、私の心の深くに沈み込む。
…ああ、矢張り、私は。

「ロケット団は此処で解散します。私たちも…」
「待って」

思った以上に凛とした声が、アポロの言葉の中に割り込んだ。
その場にいた全員が私の方を見る。
その視線の中で、私は一歩踏み出した。
先ほどのバトルで、私は踏ん切りがつけられずにいた。
ヒビキとコトネ、それから少年が繰り出すポケモンたちをぼうっと眺めているだけで。
申し訳程度にボールから出したムウマージは、何も命令を出さない私を戸惑ったように見ていた。

「…まだ、私がいます。私が倒れてません」
「えっ……。 どういう、こと?」

目を見開き、こちらをじっと見つめるコトネを見やりながら、ゆっくりとアポロの方へ歩み寄る。
彼の瞳もまた、コトネやヒビキのそれと同じ、衝撃と疑惑を孕んだ色をしていた。
やがてこちらに向けられた六つの瞳は、面白い程に色を変えてゆく。

「今まで……騙してたのか!?」

一番始めに口を切ったのはヒビキだった。
一番始めに状況を正確に理解したのは、アポロで。

「…貴方なら、彼らが倒せるというのですか」

背後から聞こえた、驚く程に弱々しい声に振り返る。

「彼らは私の幼なじみよ。
手のうちは、全部分かってる」
「なら、俺はどうだ」

進み出たのはあの無口な少年で。

「若様…!」
「黙れ」

若様?
アポロの言葉に眉をひそめる。
もしかして、彼は……
頭に浮かんだ疑惑を振り払いながら、脇に控えていたムウマージに命じる。

「行きなさい、ムウマージ。三対一だろうと、敵は死にかけばかりよ」

子供と大人の狭間に立つ幼なじみと、彼の崇拝するボスの息子の少年。
彼らと戦うことになってまで、私が守りたかったものは、たった一つだというのに。



「……ごめんね、アポロ」

たった今、主人公の肥やしとして舞台から消えるはずだった彼。
彼を、未だ舞台に無理矢理上げ続けているのは、誰でもない私自身。
少年たちは、遂に傷ついたポケモンを連れて逃げる事さえ許されなかった。

「何故、謝るのです」

気付けば私とそのポケモン以外に傷ついていない者はなくて。
思い出したように瞳を伏せ、再び呟いた。

「……ごめんね。でも…」
「ええ。ロケット団は解散しません。これからも。
…私も、諦めません」

彼の言葉が、再び胸を突いた。

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