冷戦日和番外編V


「ラッキー。今日は野営しなくて済みそう」

私の言葉にミュウツーが足を止める。
目の前にあるのは古びた宿屋。中は薄暗い。
私たちにはうってつけの宿泊場所だ。
ポケモンセンターは勿論アウト。整備が行き届いた高級ホテルも駄目。
第一金が無い。
一番通報される可能性が少なくて安全なのは、こうした営業しているかすら怪しい宿屋なのだ。

「開いているのか?」

ミュウツーの疑問ももっともで、見た感じでは廃墟でもおかしくない。
だが廃墟だったら廃墟だったで、雨風を凌げる有効な野営場所として活用できる。

「いいから行くわよ」

私の言葉に、ミュウツーは渋々後ろからついてきた。
がたがたと音を立てる引き戸を引いて、中へ入る。
受付には老婆が一人、むっつりした顔で座っている。どうやら当たりのようだ。

「……お一人様ね」

「はい」「二人だ」

私とミュウツーの返答が重なる。
む、と顔を見合わせて、私は老婆に「ちょっと待っててください」と声をかけた。

「ちょっと、なんで二人なのよ。普通ポケモンは宿泊者の数に入れないの」
「私に床で寝ろとでも?」
「当たり前でしょ! 大体あなたベッドで寝たこと無いでしょう?
それに、二人にしたら料金が二倍になるじゃない!」
「……ほう、お前は誰のお陰で金が稼げているのか分かっていないようだな」
「分かってるわよ。私のお陰。大体ポケモン単体で戦いを挑んで勝ってもファイトマネーは貰えません」
「貰う? お前の最近の手口は貰うというより奪っているようにしか見えないが。その程度なら私とて出来る」
「あーそう。じゃあ今度一人で戦って見なさい。お金奪う前に逃げられるから。絶対そうなるわ。それに最近はマスターボールなんていうとてつもないボールがあって…」

「ちょっと。結局何人なんだい?」

痺れを切らしたらしい老婆が割って入ってくる。

「一人です」「二人だ」

老婆が苛々した溜息を漏らした。




「ま、これならいいわね」

私たちの目の前には二人用の部屋。だが料金は一人分しか払っていない。
面倒だと感じた老婆が「どうせうちはどこも空室だからね」と言って広い部屋に案内してくれたのだ。
ミュウツーは相変わらずふてくされているが、私にしてはこれにこした事は無い。

「それに、案外手入れも行き届いてるじゃない。お風呂に入れるとは思わなかった」

いつも湖やら何やらで行水を済ませていたので、暖かいお風呂に浸かれるのは大きなメリットだ。

「じゃ、お風呂入ってくるわね」

返事は無かったが、気にせず浴場へ向かう。
久々に湯船に入れば、体の芯まで暖まる気持ちがした。
ほう、と溜息をついて体を伸ばす――。

しかし、安息は訪れなかった。

突如、浴場のカランから一斉に水が流れ出す。
狭い浴場なのでカランは5つ程度しか無いのだが、それでも十分一大事だ。
何が起きたのだ、と慌ててお湯から出ようとすると、右の足首が、急に誰かに掴まれた。

「は、あ!?」

突然の事に訳が分からず、冷静になったところで分かるはずも無いのだが、
兎に角その手を蹴り付けてお湯から這い上がる。
シャワーも浴びずに更衣室へ飛び出して、体を拭く事もそこそこに、汚れた浴衣に手を伸ばした。
浴場の曇りガラスの引き戸に、誰かの影が映っている。
それが段々近づいてくると同時に、私の頭の中の危機感はゆっくりと恐怖へ変わって行った。
髪なんてどうでもいい。今は脱出が先決だ。
服やら下着やらを掴んで、スリッパをつっかけて部屋に走る。
部屋には相変わらずミュウツーがいて、危機感の無い調子で尾を揺らしながら掛け軸を眺めていた。
その様子に拍子抜けすると同時に、少しだけ安心する。
ミュウツーはこちらを見ると、露骨に顔をしかめた。

「まだ濡れている。入ってくるな」
「ちょっと、それどころじゃないのよ」

私の焦り方にようやくただ事ではないと気付いたらしいミュウツーが立ち上がると同時に、部屋の窓から叩き付けるような音が聞こえて来た。
ミュウツーが首を傾げ、ねんりきで開けようとする―

「駄目!開けちゃだめ!」

それを飛びついて辞めさせ、駆け寄ってふすまを閉める。
壁に背中をつけて息をついた私に、ミュウツーが何か尋ねようと口を開き―。
つぐんだ。

原因は分かっている。壁からにょっきりと出た二本の手が、私の胴体に手を回していたのだ。
振りほどこうともがいているうちに、あんなに固かったはずの壁に体が引きずり込まれるのを感じる。

「ちょっ……!」

助けを求めてミュウツーを見ると、真っ青な顔で……踵を返していた。

「ちょっと何やってるの! そこは普通助けるでしょ!」
「私はエスパータイプだ。ゴーストタイプは 大 の 苦 手 だ」
「そんな堂々と宣言しないでよ。普段のプライドは何処にいった訳?」

…いや、待て、落ち着け。
私はようやく冷静さを取り戻して、私をがっちり掴んだままの手を見つめた。
常識的に考えて、これはゴーストタイプのポケモンの仕業だ。
そう、たかだかポケモンなのだ。ほんの少し悪知恵は働く様子だが、たかがポケモン。
常に戦って来た、ポケモンなのだ。

「ミュウツー、サイコカッター」

反射的にミュウツーが動く。腕に向かって放たれるサイコカッター。
これがどうやら効果抜群だったようで、腕は私を放しただけでなく、壁の中へと消えた。
エスパー攻撃が効くということは、相手はゴース系か。

「っ、私に命令するな」
「でも今ので相手がポケモンだって分かったはずよ」
「最初から分かっていた」

言いつつ神経を巡らせる。
相手がポケモンである限り、どこかに実体が必ず……

「サイコキネシス!」

狙いはあまりにも的確だった。
天井の片隅からぼとりと音がして、ゲンガーが落ちてくる。
その間抜けな気絶顔を見て、私たちは思わず溜息をついた。




「全く、今回は散々な目にあった」
「でも安眠できたじゃない。……あれ、もしかして出来なかったの?」
「五月蝿い」
「えー、何、結局怖くて眠れなかった?」
「黙れ」
「図星なのね」
「兎に角、二度と宿屋には泊まらない」
「何よそれ、トレーナーがいるお陰で稼げてるの忘れたの?」
「思い上がるな。お前一人ではバトルは出来ないだろう」
「私だって元手さえあればボール買ってポケモン捕まえられるわ」
「良い機会だ、それならその辺りの草むらでポッポでも捕まえると良い。それでハナダでの決着をつけてやろう」
「それ、ハンデどころの騒ぎじゃないわよね。ポッポなんて一瞬でやきとりになるわ」
「今の一言でポッポが逃げて行ったようだが」
「万々歳じゃない。余計なバトルしなくて済むし」




いつの間にか、ミュウツーと旅をするのが当たり前になっていた。
なんだかんだ言って、お互いが居ないと旅が成り立たないのだから、仕方が無い。
……これでも、ミュウツーには感謝しているのだけど。
ちらりと彼の方を見れば、ふいっと目線を逸らされてしまった。
でも、ほんの少しだけその頬が染まっていて。
……嗚呼、きっと彼だって。
或いは不毛な想像に過ぎないかもしれないが、私はほんの少し微笑んで、歩調を緩めのだった。




段々仲良くなる二人。
リクエスト、ありがとうございました!



(10/08/04)


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