ミュウツー×淡白ヒロイン


その影は、何処までも禍々しかった。
その影は、粉々になったガラス管の前で、何かの屍を弄んでいた。
その影は、こちらに気付いた。

「……あ」

我ながら間抜けな声が出る。しかし、この場で何を言えと?
少なくとも『こんばんは』は無いだろう。とてもそんな雰囲気じゃない。

「何をしている」
「えーっと、そこのジムのトレーナー?」

昔カツラさんに語尾を疑問系にするのは辞めなさいと言われたが、その癖は治らない。
そいつは手に持った死体を叩き付けるように床に落とすと、こちらに向かって歩いて来た。

「聞いているのはそんな事ではない」

その影が月明かりに照らされて、明るみに出る。
それはどうやらポケモンらしかった。
今までに見たことの無い姿をしている。
これが、フジさんが研究していたというポケモンの子供か。
見せてもらった時はまだ赤ちゃんで、小さくて可愛かったと思うけど。

「……何処でそんな風になったのよ」

それとも、捕まえて来た母体も成長したらこんなになっていたのだろうか。
はたまた進化系?
まあどうでもいいか。
どうせこの島にはもう誰もいない。恐らく、もうすぐ誰もいなくなる。

島の人たちは皆避難した。
突然の大災害は火山のせいだということにしてある。
逃げ遅れたのは私一人だけ。
生まれて初めて、炎タイプのジムトレーナーなんてやってるんじゃなかった、と思った。
せめて水タイプが一匹でも入れば逃げられたのになあ、なんて。

モンスターボールは既にジムの横に隠してある。
島民が戻って来たら、復旧作業の時に気がついてくれるだろう。
カツラさんはああ見えて良い人だから、きっと悪いようにはならない。
うん、最後まで完璧だ。後悔すべきことは何一つ無い。我ながら良い働き。

「どうしたの?」

相変わらず訝しげにこちらを見ているポケモンに尋ねた。
こっちは準備万端だ。いつ殺されても大丈夫。それなのにそっちは何もしてこない。

「…お前は、私が見て来たどの人間とも違う」
「そりゃあ誰かと同じだったら気持ち悪いでしょう」
「お前は研究者ではない。私に恐れを抱く人間でもない。何者だ?」

その言葉に、思わず笑ってしまう。

「それは買い被りね。私は十分貴方を恐れてる。私はね、死を恐れてないだけ」

人間いつかは死ぬのだから、いつ死んだって同じだろう。
寧ろ毎日同じ事の連続から解放されるのなら、或いは死んだ方が良いかもしれない。
私の言葉に、ポケモンは首を傾げる。

「何故。死は恐れるものなのだろう?」
「人に寄るのよ」

与えられた知識しか持っていない為か、ポケモンは相変わらず不服そうな顔をしてこちらを見ていた。が、
やがてこちらに手を向け、すう、と手首を軽く捻る。
―お、来たかな。

そう思ったが、期待はまたしても裏切られた。
体は軽く浮き上がり、ポケモンのすぐ側まで引き寄せられる。
…この移動方法、酔うと思う。

「面白い。…ならばこの場で連れ去ろうとも文句は言うまいな」

その言葉の真意が見えず、しばらくポケモンと目線をぶつけ合う。
…が、何しろ完全に相手のペースなのだ。否定することなど出来るはずが無い。

「好きにすれば」

溜息と共に言うと、軽く目を閉じた。








ミュウツーのタイプ:哲学的な疑問に答えてくれる人
リクエストありがとうございました!


(10/08/04)





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