ミュウツー×毒舌ヒロイン


正義と悪の狭間でたゆたう一つの剣。
生まれてしまった己の運命を呪いながら。
剣は時代に弄ばれ、棄てられ、そして、拾い上げられた。

「だからさ、ロケット団とか四天王とか、バッカみたい」

一人の少女の手によって。


「傷薬あるけど。いる?」
「……素性は、聞かないのか」
「だって、『貴方誰ですか』って聞かれて素直に答えられるような素性だったらこんなぼろぼろになって路地裏に倒れてないでしょ普通」

問えば、彼女は面白く無さそうに答えた。
何処までも正論を振りかざす彼女の横顔は、何処か孤独で、それでいて、強い。
私とはまるで違うと、そのとき感じた。

「聞かれてないのに随分語るのね」

私が此処へ至った経緯を彼女に話した時、*はつまらなそうな顔をした。
否、表情を変えなかった。
彼女は常につまらなそうな顔をしている。

「……私の命の恩人だ。私に出来る事は、己を語ることくらいだ」
「それくらいで相手に全てを明かすの? 随分安い命なのね」

情け容赦ない言葉は、あらゆる相手から恐れられ、敵対されてきたこの身には、どこか新鮮で面白い。

私は傷が治るまで、彼女の家で過ごした。
大都会の外れに、*はたった一人で住んでいた。
両親はいないという。何処にいたかすら分からないと。
まるで私のようだ、と思った。

「ちょっと、ぼーっとしないでよ。そこ、卵焼き、焦げてる。
最強のポケモンだか何だか知らないけど、卵焼きひとつ焼けないなんて隣の家のロコン以下なんですけど」

どこまでも私を警戒していて、どこまでも私に近づいてくる。
一体何故。と、考えるまでもなかった。彼女にとっては、全てが「フィクション」なのだ。自分の世界に入ってくるものは何も無い。完全に遮断された世界。
彼女は、そんな場所の住人なのだろう。

「ほら。料理が出来ないなら買い物。行って来てよね。敵に見つかる?んなの知った事じゃないわ」

……そして、それが、彼女の最後の言葉だった。
正しくは、私が最後に聞いた、彼女の言葉、だった。
私がミルクと野菜を買って帰って来たとき、既に家はもぬけの空だった。
争った形跡はない。だが、研ぎすまされた本能は察知する。*は自分の足で此処を出たのではない。

「……ようやく、来たか。待ちくたびれたよ」

その声に背後を振り返る。
最も見たくない、顔だった。
私を利用しようと目論む組織のうちの一つのボス。
名前は知らない。どうだって良い。
私の意識は、彼の隣の物体に集中した。

「…*」

「あのミュウツーが何処かのトレーナーに餌付けされたらしい、というのは本当だったか。
まさか君が、自分で弱点を作るような真似をするとはね」

すう、と当てられたのはゴルバットの牙。
自分の首ではないのに、まるで自分の首に食い込んでいるかのようで。

「さて、このまま『かみくだく』と、どうなるか…。賢明な君なら分かっているな?」

大人しくこちら側へ力を貸したまえ。
その言葉に、抵抗することは簡単だった。
言葉の重みは、目の前の*の命と同じくらい、軽い。
簡単に、消えてしまう。

「……何をすれば良い」
「物わかりが良いポケモンは助かるよ。先ずはこの…」
「ギャアアアアアッ!」

上機嫌で話し出す男の言葉の中に、何かの悲鳴が割り込んだ。
彼の横を見ると、*が首元のゴルバットの羽を、千切れんばかりに掴んでいる。
だが、相手はポケモン。暴れたゴルバットの翼が、彼女の頭を強く打った。

「馬鹿! あんたエスパータイプでしょう! こんなの楽勝じゃないの!
ねんりきでもサイコキネシスでもいいから何か使いなさいよ!」

その言葉に、軽くサイコキネシスを当ててゴルバットを吹っ飛ばす。
勿論、隣の*に危害が加わらない程度に加減をする。

「くっ、舐めた真似を…」

言った男の喉元に、*が人差し指を突きつけた。
銃のようにL字にした指には、何の攻撃力も無いはずだ。
それなのに男が動けないのは、側に私がいるからか。

「ちょっとおっさん。さっきから色々言ってたみたいだけど…。
私、残念ながらロケット団も四天王もジムリーダーもチャンピオンも、ぜーんぜん興味ないのよね。バッカみたい。でもさ、あれ、私のポケモンだから…」

私の方を顎でしゃくり、彼女は言う。

「ちょーっと痛い目、みるかもよ?」

ぐいっ、と指を押し付ける。彼女の目配せで私が攻撃を放つのと、男が何か言おうとするのは殆ど同時だった。

「ね、ミュウツー」
「…何だ」
「大見得切っちゃったからには、付き合ってくれるんでしょうね」

その日、初めて私は、望み、望まれ、誰かの元に、かしずいた。





毒舌ってこんなのだっけ…?
ミュウツーはきっと色んな組織に狙われてるはず、という妄想。



(10/08/04)






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