アポロ夢


アポロさんが突然、別れを切り出してきた。
私に悪かったところがあったんですか、と問えば、苦笑いして、強いて言えば、そんなふうに妙に冷めたところですね、と言われた。けれどそれが原因で別れるなんて有り得ないし、本当の理由は他にもあるのだろう。こんなに素敵で優しい彼だから、他に女がいてもおかしくない。
何で、とかだらしないことは聞きたくなかった。ただ黙って、彼にもらった指輪を外して渡した。
受け取ったアポロさんは、俯いて、すみませんと呟いた。
どうして謝るのか、その時は理由が分からなかった。
だって私を振ったのは、アポロさん、あなたでしょう?



次の日の午後、その理由が分かった。

大見得を切ってあっさり別れたものの、私の心はどんよりと曇っていて、
オフィスでもぼんやりとパソコンの画面を眺めているだけだった。
仕事仲間はそんな私の様子を心配してくれているのか、今日だけは注意力散漫をとがめられることも無かったし、何より彼らの細かな気遣いがありがたかった。
昼休みになっても席を立たない私に、隣の席の子がラジオをつけて席を立った。
気を紛らわせようとしてくれたのだろう。
ところが、ラジオをつけたその子も私も、スピーカーから流れてきた音に背筋を凍らせた。

「あー、あー、我々は泣く子も黙るロケット団!」

流れてきたのは、犯罪予告……。
いや、現在進行形の犯罪。

慌ててテレビをつける。
どの番組でも、ロケット団がラジオ塔を占拠したと報道していた。
そして。

「ロケット団は数年前に解散したきり、ボスであるサカキ容疑者は依然逃走中であり、
今回の事件は、以前の幹部である数人の団員が中心となって起こしたものと思われます」

ニュースキャスターの背後に映し出された数枚の写真。
その中の一枚に目をとめ、あっ、と声を上げた。

彼、だった。
昨日別れたばかりなのに、もう何年も会っていないような気がした。
画面に映った彼は、睨みつけるような冷たい眼差しでこちらを見ていて。
テレビの中の彼は、知っているのに知らない人だった。
食べかけのお弁当を机の中に押し込んで、代わりにモンスターボールを取り出した。
ぎゅ、っと握った私に、部長が何か言いたげな目をする。それを手で制し、窓辺にボールを投げた。飛び出したのはピジョット。同僚の何人かが、鍛え上げられた力強いはばたきに歓声をあげる。
そんなことには気も止めず、私はその背に飛び乗った。背後から何か怒鳴っている声が聞こえたけどどうでもいい。
妙に冷めている? もしも本当にそう思っていたのなら、それはアポロさんのとんだ思い違いだ。私は冷めていたことなんかない。
現にこうして私を背中に乗せて力強く羽ばたいているピジョットだって、ポケモン勝負が得意なアポロさんと、いつかダブルバトルできるように、彼の隣に立っても恥ずかしくないように、一生懸命育てたものだったのに。

「ピジョット、そのまま旋回して!」

ラジオ塔の前で命令を下すと、ピジョットはゆったりと回るように飛び始めた。
下のほうで警察官たちが私を見上げて何か言っている。
そんなことはお構いなしに窓の一つ一つを見ていくと……。
あった。
彼が、見知らぬ少年たちと戦っていた。
実力は互角に近いが、わずかに押し負けているようだ。
迷わず、ピジョットに命じる。

「吹き飛ばし!」

ガラスが、砕け散った。
私の姿を見たアポロさんが、驚きと呆れの入り混じった表情でこちらを見た。

「あなたはもう少し賢明な人かと思っていましたよ」

「生憎、それはこちらの台詞ですね」

まさか、こんな形で組むことになるとは思わなかった。
ピジョットから飛び降りて少年の前に立つ。
純粋で、穏やかな顔だった。大人の怖さを知らない顔だった。

「ボウヤ、この人って、私のだから。あんまり嘗めてると、怖いわよ」

自分でも驚くほど冷たくて恐ろしい声が出た。
犯罪者と一緒に居ると、こちらまで犯罪者らしさが板についてしまうのかも知れない。


ピジョットに指示を出しながら、隣の彼のほうを見る。
その横顔は何よりも綺麗で…。

犯罪者だろうと何だろうと、どうだっていい。
この人の隣に居られれば、それでいいんだ。
不意に緩んだ口元を隠すために、そっと手で覆えば、
こちらを見ていたアポロさんが、不意に微笑んだ。





10/04/29

アポロさん夢、ということで、前作から大分間が空いてしまいましたが、なんとか完成させました。遅れてしまって申し訳ありません。
今更ながら私の書く夢には戦うヒロインが多い気がします。
リクエスト、ありがとうございました!




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