世界の鼓動が聞こえるかい

忍び込む冷気が秋の訪れを知らせていることに気がついたのは、つい最近のこと。たまに吹く穏やかな風がさらりとしていて、もうすっかり夏の気配がないことに気がついたのはつい昨日のこと。
サボりがちだったロードワークもこの季節になれば爽快だった。今日も黒いジャージを羽織って外へ向かう。足取りは思った以上に軽快で自分でも笑ってしまうほど。天童さんからもらったプレーヤーをポケットに突っ込み、イヤホンをつけようとしたそのとき、ニヤつく俺をシャワー終わりの賢二郎が怪訝そうな顔で見ていることに気がついた。


「え、何。言いたいことがあるならちゃんと口に出して言って」
「キモい」
「ひどい」


賢二郎はタオルでわしゃわしゃと髪を拭くと、ぐびと牛乳を流し込んだ。どうやらまだ身長は諦めてないらしい。飲み終えるとふうと一息ついて、腕組みをしながら壁にもたれかかった。


「何かあった?」
「何かとは?」
「ロードワークにそんなやる気なのも珍しいと思って」


俺は、むしろお前が俺に興味がある素振りを見せるのが珍しいと言いたかったが口には出さない。口に出せば、賢二郎の眉間のシワが何本も刻まれてしまうことが簡単に予想出来る。それに機嫌を損ねて勉強を教えてもらえなくなるのはとても困る。


「なあ、海の家のオネーサン、覚えてる?」
「ああ……あの気の強そうな人?」


さすが我らがセッター。記憶力がいい。というか、賢二郎にとってみれば自分の彼女(になる前だが)と険悪になってしまう要因となってしまった人物だから、忘れたくても忘れられないのかもしれない。
賢二郎は片眉だけ上げて続きを促してくる。


「そうそう。その人がロードワークのコースにいた訳よ」
「……それで?」
「犬の散歩してるって言うから今日も顔を見たいな、なんて」


ポチは今日、ちゃんと歩いているのだろうか。
働いているときはテキパキとしていて、そのうえスタイルも俺の好みのど真ん中を貫いて魅力的だった。けれど、ポチを引っ張るときの困り顔やポチを守ろうとする健気さも、大人っぽさの中に年相応の可愛さがあって、それはもう俺の心をくすぐって仕方がなかったのだ。それでいて強気な目で見つめられるのだからたまらない。


「分かった。分かったから、その顔はやめろ。通報されるぞ」


思い出していると、また、締まりのない顔になっていたようだ。いつものポーカーフェイスの川西太一に戻らねばならない。名前さんと仲良くなる、と決意したのだ。通報されるのは避けたい。


「まあ俺にも何か出来ることがあればいつでも話聞くし」


照れ隠しのようにそっぽを向いた賢二郎を見て呆気に取られる。ボソボソと「俺も世話になったから」と呟いていて、こいつ可愛いところあるじゃないか、とついついからかってしまいそうになる。が、ここは我慢。本当に協力してもらいたいときに協力してもらえなくなるのはとても困る。


「サンキュー」


すれ違うときに軽く手を上げれば、俺と賢二郎の手のひらでバチンと乾いた大きな音がうまれた。持つべきものは友達だなあ、なんて思いながらイヤホンを耳に突っ込む。
扉を開けると秋の風が舞い込んできた。ほんのりと金木犀の香りをはらんでいて、それをめいいっぱい吸い込むと俺は軽やかに一歩を踏み出した。





最近めっきり日が沈むのが早くなった。部活終了時間は大して変わらないのに、空の色はいつも同じ色ということは決してない。瀬見さんの恋を応援をしていたときは紫がかったピンク色の夕焼けだったし、賢二郎の恋を応援をしているときは赤みがかったオレンジ色の夕焼けだった。それが今は、燃え上がるような真っ赤な色をしていて、対照的な黒色にもう間も無く飲み込まれそうだった。
俺が空を見上げてこんなことを思うなんて、皆が皆、らしくないと思うに違いない。だって自分自身でもそう思うのだ。こんな心境の変化をもたらしたのは名前さんに他ならない。彼女のことをもっと知りたいと思うことは、恋をしていることと同義だろ?そう、これは恋なのだ。恋をしていると世界が一気に色づいて見える。そして、意外にも自身がロマンチストであるということを今、この瞬間に自覚した。
しばらく走っているとかわいい二つのお尻が見えてきた。もちろん名前さんとポチのものだ。風を切るように走っていたスピードをゆるやかに緩めていくと、俺に気づいたポチが振り返って飛び跳ねた。進行方向とは逆を向いてキャンキャンと高い声を上げる姿に彼女も驚いたようで、足を止めてゆっくりとこちらを振り向いた。
見返り美人とはよく言ったもので、耳から零れ落ちるたおやかな長い髪をもう一度耳にかける仕草には目を見張るものがある。彼女の魅力を引き立たせるように吹いた風が、黄金に色づいた葉をかさかさと揺らして、何枚かがひらりひらりと舞っていた。
彼女たちの近くまで寄れば、ポチは待ってましたとばかりに鼻息を荒くし、ジャージの匂いを嗅ぎ始めた。


「おお、ポチ。そんなに俺に会いたかったのか」
「何してんの?」


昨日の今日で急に態度が変わるはずがない。撫でてやろうかとしゃがみ込んで飼い主の了承を得ようと見上げれば、つんとした声が頭上から降ってくる。眉をひそめるその顔は俺に気を許していない証拠そのものだ。それにしても……昨日とは逆の見下ろされる立場にあるわけだが、これはこれで悪くない。名前さんのおかげで新たな扉が開かれそうだ。


「何って、ポチ撫でてもいいですか」
「いいけど、何でここにいるのって話」


なんだ、いいのか。てっきり勝手に触ろうとしないで、と怒られるのかと思ってしまった。許可が下りたということは、怪しい人疑惑はほんの少し解けているのかもしれない。それでも彼女にとって俺という男はまだ得体の知れない人間であることに変わりない。そういや名乗りはしたが、自分のことまだ何も話してなかったなぁ、なんてポチのつぶらな瞳を見つめてぼんやり考えた。ちっこい頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めてくれて。ああ、なんてかわいいやつなんだ。


「何でって、走ってるんですけど」
「どういった理由で?」
「理由って、俺、バレー部で」


畳み掛けるように質問されて内心苦笑する。彼女は一体どんな理由があると思っているのだろう。奥歯をしっかりと噛みしめて笑いを堪えていたはずなのに、急に隣にしゃがみ込まれてしまったので、笑っていたことがバレてしまったのかとヒヤヒヤした。


「あっ、だからこんなにいい体してるのかぁ」


心配したのも束の間。あろうことか名前さんは、袖を捲り上げていたために露わになっていた俺の腕を、その華奢な指先でやんわりと撫で始めた。予想だにしない行動に一瞬思考が止まる。行ったり来たりする彼女の体温が心拍数を上げていく。息が詰まりそうになったところで、動かない俺を不思議に思ったらしいポチがワンと吠えて現実世界に引き戻された。
残念だ。本当に残念だ。俺からこんな言葉を言わなければいけないことが。本当ならこのままずっと触れていて欲しかったけれど、このままでは身が持たない。


「名前さん、会って間もない男にこんなことしてもいいんですか?」
「えっ」


顔をずいと近づけると、自分の行動がマズイという自覚が芽生えた名前さんの顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
あ、かわいい。照れた顔は初めてだ。
それを口にするために、自身の唇で「か」と形づくった瞬間にどんと押しのけられて、言うことは叶わなくなってしまう。
遠ざかった体温は名残惜しいけど少し心配だ。この人、男とどれくらい距離を取るべきなのか本当は分かってないんじゃないのだろうか。


「名前さんって誰にでもこんなことします?」
「そ、そんなわけないでしょ!ただ……どちらかといえば男子の割合が多い学校だからその子たちと同じような態度取ってしまったっていうか、」


あたふたしながら弁解する彼女は新鮮だ。今までの凛とした佇まいからはあまり想像出来ない。こういうところを見ていると年相応だと思えてますます深みにはまっていく。
でも、何だそれ。学校の男どもが羨ましいし妬ましい。


「嫉妬します」
「え?」
「学校の男連中に嫉妬するって言ったんです」


じっと見つめると居心地が悪くなったせいか、名前さんは抱えるには少し重そうなポチを抱き上げて立ち上がってしまった。追うように俺も立ち上がる。今度は俺が彼女を見下ろす番だ。その顔は未だ血色がいい。そして余裕なさげな表情での上目遣いがこれまたいい。
そうだ、ここでどこの学校に通っているのか聞いてしまおう。


「じゃあ川西くん、わたし、こっちだから」


と思ったところにこれだ!この人は狡い。名前を呼ばれてしばし呆然としてしまい、みすみすと逃してしまったではないか。早足で駆けていった彼女の腕の中でポチが暴れているのが見える。
しょうがないとばかりに地面に下ろされたポチは俺の方を向いてクゥーンと寂しそうな声を上げた。軽く手を振って応えると、暗闇の中の名前さんの影も少しだけこちらを振り返ったような気がした。先ほど撫でられた腕が今さらながら熱くって、火傷してしまいそうだった。





名前さんと運命の再会を果たしてから今日で3日目。今日彼女は一体どんな素顔を見せてくれるのだろうと胸を躍らせながら昨日と同じコースを走っていたが、ふと、自販機の前で足を止めてしまった。なんの変哲も無いただの自動販売機。中身も大して変わったものは置いていないが、『つめた〜い』ものばかり売っていた四角い箱に『あったか〜い』ものの割合が増えていた。
太陽が出ている間はそうでもないが、朝晩は涼しいというよりも寒いに近い。走っている自分はあまり気にならないけれど、ポチの散歩でゆっくりと歩いている名前さんは指先が冷えるようで、話しているときにこっそりと両手を擦り合わせていた。
コーヒー、紅茶、緑茶、レモネード……体を温める飲み物はたくさんの種類があったが、あいにく俺には名前さんの好みが分からない。女の子相手に味気ないだろうけど、今日は無難にお茶にしとくかな。
小銭を入れてボタンを押せば、ガコンガコンと騒々しい音を立てながら緑茶のボトルが落ちてくる。腰を屈めて取ろうとしていると、丁度俺の両膝の裏側を小さな何かに押される感覚がして、力が抜けそうになる。


「あっポチ。ダメだってば」


声だけで分かる。名前さんだ。じゃあ俺に膝カックンをしたのはポチなのか。崩れ落ちないように自販機にバンっと手をついたのに、それに驚くことなく小さな生き物が飛びついてくる。このおてんば娘め。


「あー……ごめん。泥ついちゃった」


名前さんが俺のジャージについてしまった汚れを取るために屈みこんで手を伸ばしてくる。けれど俺は複雑だ。触って欲しいけど触って欲しくない。昨日の二の舞はごめんだ。触れてしまえば湧き出る欲を抑えきることは不可能だ。触れるのはもう少し信頼関係を築いてから。夏には「俺の水着汚れてたら拭いてくれたかな」なんてアホなこと言えていたのに、自身の変わりように笑いがこみ上げてくる。


「いいんすよ、ただのジャージだし」


にこりと笑顔を作り上げながら、伸ばされた手には温かいお茶のボトルを握らせる。きょとんと目を丸くした名前さんがお茶と俺を交互に見てる。


「何これ?」
「昨日寒そうだったので。何が好きなのか分かんなくてただのお茶ですけど」


前足を膝に乗せてくるポチを撫で回しながら彼女の様子を伺えば、受け取ろうかどうしようか悩んでいるようだった。しかし、今日の風はいつもよりも冷たくて肌を刺す。少し早い気もするが木枯らしのような風だった。
びゅうっと名前さんの髪を巻き上げたその風は、汗をかいていた俺の体温を容赦なく奪って思わず身震いしそうになった。でも、それはすんでのところで我慢できた。彼女はきっとそんな俺を見ればお茶を返してくれるに違いない。そういう訳にはいかないのだ。男ってやつは好きな女の子の前ではうんと格好つけたい生き物なのだから。
そして寒いと思ったのは名前さんも一緒だったようで、ボトルで暖を取るようにそれを両手でそうっと包み込んでいた。


「ありがと」
「どういたしまして」


俺に礼を言うのは少し癪らしい。唇を尖らせながら視線は敢えて俺から外している。でも頬はほんのりピンク色で、ああ、本当にこの人は。


「かわいいですね」
「は?」
「いや、大人っぽいとばかり思ってましたが、名前さんってかわいいです」


ただ本当のことを言っただけなのに疑うかのように目を細めて睨んでくる。嘘じゃないですよという意味を込めて少し口角を上げると彼女はふうっと息を吐いてリードをくるくると弄び始めた。


「そりゃあわたしだって女子高生ですから」


本人にとってみれば大人っぽいだなんて言われ過ぎて褒め言葉でもなかったのかもしれない。年相応に見られたくて気にしていたのかもしれない。彼女は嬉しさを誤魔化すように俺のあげたお茶に口をつけると、リードを軽く引っ張ってゆっくりと歩き始めた。
それに続いて俺も彼女の隣を陣取って歩き始めたが特に何も言われない。今日は何を話そうか。思考を巡らせていたところに急に見上げられて、ちょっぴり肩が跳ねてしまった。


「そういえば川西くんってどこの学校?」
「白鳥沢っす」
「えっ!?じゃあ頭いいんだ?」


俺に興味を持ってくれているということで間違いないのだろうか。名前さんから俺のことを聞いてくれるなんて、決して顔には出さないが、踊り出しそうなくらい舞い上がっている。けれど、期待を裏切って悪いが勉強の方はいまひとつである。


「いや、頭の方はちょっと」
「やっぱり?」
「名前さん、今、何気に失礼なこと言いましたよね?」
「あはは、嘘だよ、冗談。ごめんね、怒った?」


怒る訳ないでしょう。俺はあなたのそんな笑顔が見れるならどんな冗談だって受け入れてみせますよ。
大人と子どもの狭間にいるみたいな、いたずらっ子のようで小悪魔的な笑みで覗き込まれると、直視できないほどに眩しいというのに。


「怒ってないですけど」
「じゃあスポーツ推薦なんだ?すごいね」


こうやって褒められることにはもうすっかり慣れているはずなのに、恋という力は恐ろしい。どういう態度を取ればいいだとか、どういう返事をすればいいだとか、全て吹っ飛んでしまって立ち尽くすしかない。
そんな俺には全く気づかない名前さんはトドメを刺すようにさらに言葉を紡いでいく。


「ねえ、差し入れって何がいい?」
「え?」
「だって、借り、作りたくないし」


一瞬何を言われたか理解できず、彼女の方を見れば、お茶のボトルを顔の横で揺らしていた。
ぶっちゃけなんでもいい。なんでも嬉しい。でもそんなこと言うと困るだろうからちゃんと答えを言わないと。


「おにぎり、ですかね」
「分かった!」


それだけ言うと名前さんは昨日と同じ角を曲がっていく。残念ながら今日はここまでだ。ポチはまた明日というようにワンと一声上げてジャンプした。


「ちなみにわたしはレモンティーが好きだよ」


さよならの代わりに響いた声は、暗闇を優しく照らす光のように秋の高い空に溶けていく。強気な名前さんなりの「また明日」。
手を上げて応えて、そして、また走り出す。驚くほどに体が軽かった。





昼間の温度が高かったせいか、今日は走り出すとすぐに汗ばみ始めた。昨日お茶を購入した自販機を通り過ぎると残念な気持ちが湧き上がってくる。
どうなっているんだ地球よ。今日は寒くないではないか。
折角レモンティーが好きだと言ってくれたのに、それを渡すのは先延ばしになりそうだ。
もう少しすると姿が見えてくるだろう。軽快なリズムで地面を蹴って走り続けていると、街灯に照らされて男女の二人組が犬を散歩しているのが視界に入り込んできた。
ちょっと待て。嘘だろ、嘘だと言ってくれ。
見間違えるはずがない。女の人は完全に名前さんだ。かわいいお尻をふりふりと左右に振っているのもポチで間違いない。じゃあ隣の男は誰だ。兄なのか弟なのか……それとも、彼氏!?
ここまで考えたところで背中をつうっと嫌な汗が流れていく。声をかけるべきなのか、こっそりコースを変更すべきなのか。このままのペースで走っていけばもう間もなく二人に追いついてしまうので、ゆっくりとペースダウンしていくと足音に気づいたポチが振り向いてキャンキャンといつものように高い声をあげた。
いち早く俺に気づいてくれてありがとう。でも今日はちょっと気まずいかなと思うのが正直なところ。


「あっ川西くん」
「名前さん、こんばんは」


知らぬふりはもう出来ないので、仕方なく挨拶をする。それとなく男の方を見遣ると、向こうもこちらが気になったようでしっかりと目が合ってしまった。
端正な顔立ちに高身長。ほんのちょっぴり俺の方が高い気もするが、大きく見せようとするのは男の本能。猫背気味の姿勢を正すと向こうも負けじと背筋を伸ばす。しかしこの男、どこかで見たことがある気がするぞ。


「げぇ、おまえ白鳥沢の川西だろ」


顔をまじまじと見つめられたかと思えば心底嫌そうな顔をされて少しムッとする。俺のこと知ってるということはバレー部のやつなのか。記憶を辿ってみたが、ぱっと思い出せない。いつ誰が相手でも全力で戦うのみ。正直あまり選手の顔と名前を覚えるのは得意ではなかった。


「えっと、誰だっけ……?」


こんなこと言うなんて失礼かもしれないが、知ってるふりをするのはもっと失礼だ。彼はこめかみに青筋を浮かべ、拳を握りしめている。


「ちょっと二口くん、やめて」


俺と二口くんとやらの間に名前さんが入り込んで一触触発を避けようとしてくれている。しかし、彼女のおかげで記憶の引き出しがバンと大きな音を立てて開き始めた。


「ああ、伊達の鉄壁くんか」
「その節はどうも」


相変わらず人を小馬鹿にするような笑顔がうまい。俺も見習わなくては。天童先輩が引退してしまえば誰がその役をやる?俺しかいない。負けじと笑顔を作り上げると、少しだけ二口の眉根が寄った。
伊達工とはここ最近公式戦で当たることはなかったが、去年はうちが勝利を収めている。それ以来、面と向かって会うことがなかったので、一瞬誰だか分からなかった。
それにしても名前さんとどういう関係だ?


「どういうこと?」
「学校の後輩だよ。付きまとわれてるだけ」
「ふーん」


付きまとってる、ね。勝ち誇った顔を向ければ、彼もカチンときたようで、名前さんの腕にぴたりと触れるくらい近づいて「こいつとどういう関係?」と聞いている。おいおい、近い。近すぎるだろ。


「海の家に来てくれたらしいよ。最近たまたまポチの散歩中に会って付きまとわれてるだけ」
「へえ」


向こうも顎を上げて勝ち誇った顔を向けてくる。俺たちの間にはバチバチと見えない火花が散っていて、ライバルなのだと簡単に理解出来てしまった。


「じゃあロードワークの途中みたいだから俺たちもそろそろ行きましょうか」


ニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべる二口の横で、何も分かっていない名前さんが「またね」と手を振った。
くそ、なんて皮肉なんだ。初めて「またね」と言ってくれた日だというのに、彼女の隣に他の男がいるなんて。でも、俺はライバルがいると燃える質なんだ。壁がなければ面白くない。
段々と遠ざかる二人を尻目にポチだけが名残惜しそうに立ち止まっていて、ポチとの仲は俺が一歩リードかな、なんてこっそりと優越感に浸っていた。
さあて、明日からどうやって攻めようか。


20171119/ララ