解けて絡まる渚事情

白布くんの練習試合に押しかけて一週間が経つ。八月に入ると夏は本番だ。トルコ石のような夏の朝の空から、真夏へ真夏へと変化を遂げた陽射しがかっと白くまばゆく輝いて、涙が滲みそう。
首すじを流れる汗を拭いながらビル内の案内板の前でナナちゃんを待つ。
今日は彼女が水着を見繕ってくれると言うので駅前のファッションビルに来ていた。白布くんの好きな水着ってどんなんだろう。気合いを入れてここまで来たためか、待ち合わせ時間よりも早めに着いてしまった。目の前にディスプレイされている水着はどれもかわいいけれど、マネキン達はみんなスタイルがいい。やっぱり胸は大きい方がいいのかな。ちらりと自分の胸元に視線を落とすと自然にため息が漏れる。


「ごめーん!お待たせ!待った?」
「ううん、大丈夫!早く着きすぎちゃっただけだから」


入り口の扉を入ってすぐにわたしを見つけたナナちゃんは大きく手を振りながら駆けてきた。ため息をついていたわたしを心配してくれたけど、事情を説明すると「なんだ、そんなこと」と豪快に笑った。


「ちゃんと名前に似合う水着、探し出してみせるから自信もって!こういうのは似合うか似合わないかが問題なの!」
「……うん」


海なんて小学生のとき以来だし、好きな人に水着姿を見せるなんて初めてのことでどうしたらいいか分からない。あのときは白布くんとの仲をどうにかしたくて頷いてしまったけれど、後々冷静になって考えてみれば見上げるほどにハードルは高いように思えた。
だって水着フェアが開催されているフロアに到着すると数えられないほどの水着が並んでいて、この中から自分に似合う一つを選ぶなんて気が遠くなると思ったからだ。


「え、と……どうすればいいの?」
「そうだなぁ、名前着てみたい柄とかないの?」


前もって雑誌を買い、予習はしておいた。その中で、わたしは大きめの花柄がプリントされたものが好きだとは思った。だけど、これだけあると他にも目移りしてしまいそう。


「花柄が気になるけど」
「オーケー!じゃあ、これとこれと……んーこれも!」


ナナちゃんがチョイスした三つのビキニを受け取ると試着室へ促される。だけど彼女は途中見つけた三角ビキニ(布面積がとても少なく見える)をわたしに見せ「これも着てみる?」といたずらっぽく笑っている。


「き、着れるわけないよ!」
「冗談!」


あんなの、泳いでるときに紐がほどけたりしたら大変だ。ただでさえビキニを着るというだけでも恥ずかしいというのに。エアコンのおかげですっかり汗がひいていたのに、体じゅうが熱くなる。


「まあ白布くんなら名前が何着てても見惚れるに違いないから」
「えっ!?」


赤くなったわたしを可愛い可愛いというナナちゃんから逃げるように試着室に入ると、外からは「着たら見せてね」と大きな声が聞こえてきた。
まずは一つ目。フリルがあしらわれたピンクのネオンカラーがベースの花柄。フリルのおかげか少し寂しいかもしれないと危惧していた胸元があまり気にならない。さすがナナちゃん。
試着室を出る前に鏡の前でまじまじと自分の姿を見る。ウォーキングだけでは段々不安になってきた練習試合の帰り道に、本屋に駆け込み購入した『二週間で痩せる!究極レシピ』のおかげか、ウエストや太ももの辺りがすっきりとしているような気がする。この調子でいけば、当日までになんとか白布くんの前に水着姿で立っても大丈夫そうだ。


「どうでしょう?」
「え!すごい似合ってる!もうこれに決定してもいいくらい!」


試着室のカーテンをそうっと開けてみれば、ナナちゃんが大絶賛してくれてひと安心する。


「他のも一応着てみてね」
「分かりました」


彼女のことを師匠と呼びたくなり、ついつい敬語になる。選んでくれたあと二つの水着も、わたしのコンプレックスをうまく誤魔化してくれるような形をしていて、トレンドも押さえている、かつ、なんとなくわたしらしいものばかりだった。
あまりたくさん試着してみても迷うばかりなので、その三つの中から選ぶことにして、二人の意見は一着目ということで一致した。


「これで白布くん悩殺できるね」
「へっ!?悩殺!?」
「うまく告白させなよ」


そんな駆け引きわたしに出来るのだろうか。だけど、夏、海、水着、それらがわたしを大胆に変身させてくれるのかもしれない。
白布くん、可愛いって思ってくれるかな。あれから会えてない白布くんを想うとどきどきと鼓動が早くなって、きゅうっとなる。水着の入ったショップバッグを握りしめて、どうか晴れますように、と願いを込めた。





ずっと天気予報ばかり気にしていた一週間。四人で海に行く当日はすっきりと晴れていて、青と白のコントラストがとても綺麗だった。
バスに乗ってやってきた海水浴場には、テレビや雑誌で話題になっていた新しく出来た海の家がある。わたしもテレビで見たことがあったけれど、まさか自分がダブルデートで来ることになるなんて夢にも思わなかった。
そこはヨットハーバーをコンセプトにしたウッド調のナチュラルでスタイリッシュな雰囲気で、屋根は帆布を利用しているらしい。シャワールームやロッカーも完備され、ウッドデッキにはパラソルやビーチベッドがずらりと並んでいる。
とても人気なのが頷けるオシャレスポットに足を踏み入れることになり、緊張している気持ちに勢いが増す。ナナちゃんはここがとても気に入ったみたいで着いたときから「すごーい」と感嘆の声を漏らしていたし、川西くんも「おっしゃれー」と驚いているように見えた。
高校生のわたしたちが利用できるのかなと心配に思っていたけれど、白布くんが練習試合の日に早速予約してくれていたらしく、スムーズにウッドデッキに案内してもらえた。そこから見える海はきらきらとガラスのように夏の光線を反射して、緩やかな波音を響かせている。時折吹く風が潮の匂いを運んできて、素肌を撫で上げた。


「じゃあわたしたち着替えてくるから」
「おー」


ナナちゃんに腕を掴まれ更衣室へ向かう。ひらりと手を振る川西くんの隣で、白布くんは相変わらずのポーカーフェイスで頷いた。二週間前は白布くんも赤くなったりするんだ、と新たな一面を知って嬉しくなったけれど、今日は反応が一段と怖い。
ノロノロと着替えるわたしを横目にナナちゃんはテキパキと着替えていく。


「うんうん!やっぱりその水着、似合ってる!」
「ありがとう」


ピースサインを作ってにっこりと笑う彼女に元気をもらう。だけど、恥ずかしさを捨てきることが出来ないので念のため持ってきていたパーカーを羽織ろうとすれば、彼女にはぎ取られロッカーの中に戻されてしまった。


「ちょっとちょっと、何もったいないことしてるの」
「うっ……だって、」
「だーいじょーぶだって!」


ガチャリと鍵を閉められので、もう覚悟を決めなければならない。早まる鼓動を鎮めたくて小さな深呼吸を繰り返し、胸元をぎゅっと抑える。先を行ってくれるナナちゃんに遅れをとらないように、足の裏に力を入れ地面をしっかり踏みしめる。


「お待たせー!」


ナナちゃんのよく通る声が響くと、白布くんと川西くんがこちらを向いた。二人も水着姿になっていて、程よく鍛えられた背中が視界に入りまともに見ることが出来ない。
わたしたちを見て「おおー」再び感嘆の声を漏らす川西くん。だけど、白布くんの声は聞こえてこない。声には出てないけど顔には出てるのかもしれない。ナナちゃんの影に隠れたい気持ちはやまやまだけど、白布くんの反応も見たくてわたしの心は葛藤している。ついつい色々考えて立ち止まってしまうも、ナナちゃんに腕を引っ張られ背中を押され、彼らの目の前に立たされることになる。


「どう?名前かわいいでしょ?」


わたしの心臓はこれまで生きてきた中で一番早く動いているかもしれない。段々と体は熱を帯びてきた。意を決して白布くんと視線を合わせれば、すぐに逸らされてしまったけど、ショックではない。だって、白布くんの頬も血色よく色づいていたのだから。川西くんに肘で突かれた白布くんは、軽く自身の前髪を撫でつけこっそりと呟いた。


「……おう」
「でしょ!?」


お礼を言える余裕もなく、全身が硬直する。頭からボンっと湯気が出そうだ。わたしの代わりに返事をしてくれたナナちゃんは、日焼け止めを取り出して何か思いついたようで、唇を弓なりに形づくってわたしに耳打ちした。


「ねえ、白布くんに塗ってもらう?」
「無理だよ!それだけは無理、本当に無理!」


白布くんにまともに触れたのは数学の試験が終わった日が初めてだった。あのときは興奮していて自分でも何が何だか分からなかったし、白布くんのことは変な人だと思っていただけだったし、特に何の感情も湧かなかったけれど今は違う。こうやって水着姿で一緒の空間にいるだけで心臓が口から出てきそうなのに、触れられてしまったらどうなってしまうのだろう。倒れちゃうかもしれない。


「じゃあ白布くんに塗ってあげなよ。日焼けすると真っ赤になっちゃいそうだし」
「えっ」
「白布くーん!白布くん日焼けしたらお肌大変なことになっちゃいそうだから名前が日焼け止め塗ってくれるって」


わたしの返事を待たずしてナナちゃんは白布くんに声をかけた。白布くんは頬を染めたまま少し眉をしかめ、川西くんに背中を押され、わたしの目の前にやってくる。どうしよう、まだ心の準備出来てない。


「ごめん。お願いできる?」
「う、うん……分かった」


申し訳なさそうに俯いた白布くんを見てしまうと断れるはずがない。緊張はするし、触れてしまうことを想像すると意識を失ってしまいそう。だけど反面、嬉しいと思ってしまう気持ちもあって甘い感情に支配されていく。
クリームを手に取り、白布くんの背中に伸ばしていく。首元や二の腕はうっすらと日焼けの跡があるけれど、背中は真っ白だ。ナナちゃんの言うとおり、日焼けをすれば真っ赤になってひりひりしそう。きっと塗って正解だ。ムラにならないよう念入りに伸ばしていけば、わたしの手はなめらかに滑っていく。下手すればわたしよりもキメ細かい肌をしているかもしれないと思い、ちょっぴりジェラシー。だけど、広くて筋肉質な背中はやっぱり男の子のもので、女の子のものとは全然違う。
いつの間にか、ずっと触っていたい気持ちが湧いて出ていて、かっと全身の血が沸騰する。だめだ、これ以上考えたらだめだ。妄想が爆発する。


「いいな、賢二郎。苗字さん、あとで俺も塗ってくれる?」
「は?お前は俺が塗ってやるよ」


おそらく冗談のつもりで言った川西くんは「こわいこわい」と身震いした後、白布くんに背中を向けた。そして小さく舌打ちをする白布くん。ほんと仲良くて微笑ましい。ついつい口元が緩んでしまい、少しだけ緊張が解ける。


「名前はわたしが塗ってあげるね」
「ありがとう。ナナちゃんはわたしが後で塗るね」
「うん、よろしく」


みんなが日焼け止めを塗り終わると早速浮き輪を二つレンタルした。はしゃいで波打ち際に駆け出す川西くんとナナちゃんに白布くんは「準備体操しろ」と怒鳴っている。白布くんって世話焼き体質なのだろうか。恋愛感情抜きにしても、壊滅的に数学のできないわたしに教えることは相当大変だったはず。それでも根気よく最後まで教えてくれたのだから。


「ふふ」
「何かおかしかった?」


突然笑い出したわたしに驚いたのか白布くんの肩が少し揺れた。


「白布くん、相変わらず優等生だなって」
「そんなんじゃないって。水なめてたら危ないから、ああいう奴らが一番危ない」
「そうだね、白布くんの言うとおりだ」


白布くんは腕組みをして照れ臭そうに顔をしかめ、また二人に視線を戻した。どんどん好きになっちゃうんだよなぁ、こういうところ。世話焼いちゃうけれど、それは素直に出さずちょっぴり捻くれた態度で返しちゃうところ。どうしてもかわいいなと思ってしまう。


「俺たちも行くか」
「うん」


浮き輪を抱えてわたしたちも海へ駆け出す。砂浜をサクサクと気持ちのいい音を鳴らして駆け抜け、波打ち際の幾重にも連なったレース編みのようなみなわを蹴散らして海へダイブする。夏だ!
照りつける真夏の光が水面の温度をとろとろと上昇させ、心地いいぬるさに身を委ねる。白布くんは、ぷかぷかと浮くわたしを浮き輪ごと押して川西くんとナナちゃんの方へと近づいた。
もう少しでナナちゃんの浮き輪に手が届きそう。その瞬間。


「せーのっ!」


二人の大きな掛け声が聞こえたと思ったら、わたしと白布くんの乾いていたはずの髪の毛がびしょ濡れになっていた。そこでやっと、思いっきり水をかけられたのだと認識して、しばらく呆気に取られた。
爆笑していた川西くんとナナちゃんだったけれど、白布くんがわなわなと震え始めるとその笑い声は尻すぼみに小さくなっていく。わたしもマズイなぁと思っていると、おでこにぴったりと張り付いた前髪をかき上げた白布くんが急に「あはは」と高笑いを始めたので、三人ともビクリと体を震わせた。


「苗字さんちょっと耳かして」
「はいぃっ!」


驚いて声が上ずってしまった。少し浮き輪に乗り上げた白布くんの肩がわたしの肩に直に触れる。白布くんの声がわたしの鼓膜を至近距離で震わせ、耳に吐息がかかり、のぼせあがりそうになる。


「分かった?」
「うん、大丈夫」


何も考えられなくなりそうなところを何とか堪え、白布くんが言ってることを理解したわたしは大きく頷いた。そんなわたしたちを見た二人は、何事かと言わんばかりに顔を見合わせ首をひねっている。


「せーの」


白布くんの掛け声に合わせてありったけの水を掬う。それを二人に一回だけでなく二回三回とかけると、飛沫の間から呆然としているびしょ濡れの二人の姿が見えてわたしと白布くんはこみ上げてくる笑いを隠さず笑い合った。
だけど、ニタリと挑戦的に笑う二人にまたもや水をかけられ、そしてわたしたちもやり返す。何度かの攻防戦の末、疲れたらしい白布くんが「続きは陸の上だ」と言ったのをきっかけに四人は海から上がった。白布くん以外の三人は頭に疑問符を浮かべながらとりあえず後についていく。
浮き輪を返却して、代わりに借りてきたのはビーチバレーのボールで。


「お?ビーチバレーで勝負ってことか」
「そう」
「腕がなるな」


一段と気合いが入った川西くんは屈伸をしたり腕を回したりと準備に余念がない。先程海に駆け出したときとは大違いだ。


「ただし!」


白布くんが大きめに声を出したのでピタリと川西くんの動きが止まる。


「スパイクとブロックは無しな」
「えー?なんで?」
「んなの、お前がいたらそっちばっかり有利になるだろ」


確かに川西くんは背が高いから、色々有利なんだろう。ポジションもMB(というらしい)で、練習試合でもすごくボールを止めてたしスパイクも力強かった。ビーチバレーのボールがいくら柔らかいとはいえ、あれが万が一顔面に当たったらと思うとゾッとする。


「まーそうだな。女の子もいるしな」


一応納得した川西くんにナナちゃんもうんうんと頷く。でもスパイクとブロックなしでも向こうのチームに分があることは変わらない。何故なら、わたしは球技がド下手だからだ。白布くんに迷惑かけないか心配。胸の前できゅっと手を握っているとわたしの方を振り向いた白布くんはほんのりと口角を上げて微笑んで、わたしの心臓はまたもや忙しなく動き出す。


「大丈夫。苗字さんが球技もまるっきりダメだってこと、知ってるから」
「う……はい……」


何だか複雑だ。球技『も』というところが引っかかる。球技も数学もということだろうか。白布くんはとても意地悪だ。だけどそんなことまで知ってくれているということは、わたし、自惚れちゃってもいいのかな。





波打ち際にナナちゃんと腰を下ろし、バレーでヒートアップした体をゆっくりとクールダウンしていた。風が凪いで海は穏やかだ。その分、太陽の光がチリチリとわたしたちの肌を容赦なく焼いていく。そろそろ日焼け止め、塗り直さなくちゃなぁ。


「ねぇ、さっきの白布くん、格好良かったね」
「うん……ホントに……」


バレーのことだと二人とも熱くなってしまうのは仕方のないこと。最初に決めたルールも全て取っ払ってしまい、最終的には「俺が守るから」とわたしの前に立った白布くんの背中はとても大きく見えた。セッターだから普段はスパイクを打たないのかもしれない。少なくともこの前の練習試合では見ていない。だけど、背の高さなんて関係ないと思わせるようなテクニックと気迫で相手コートにボールを打ちつけた白布くんはとても格好良かった。そしてその後の少年のような笑顔。大人びているとばかり思っていた白布くんの年相応のあどけない笑みはわたしの心を揺さぶって仕方なかった。


「そろそろ戻ろっか。お腹減ったし」
「そうだね」


パラソルの元へと歩いていると白布くんだけがウッドデッキに腰かけているのが見え、川西くんの姿が見えない。


「川西くんはー?」


隣のナナちゃんが大きな声で白布くんに問いかけると、白布くんは無言で地面を指差した。はて、一体どういうことだろう。わたしとナナちゃんは顔を見合わせた。そろりと近づいていくと、体が全て砂に埋まり顔だけ出している川西くんがいて、思わず二人で吹き出した。体があると思われるところは、砂でグラマラスな体型を形作られていたからだ。これを白布くんが文句を言いながら作っているところを想像すると、また笑ってしまう。二人といると笑ってばかりだ。
ひと通り川西くんをカメラにおさめたわたしたちはお昼を注文し、ビーチベッドに寝そべりつつ料理が運ばれるのを待つ。海の上ではジェットスキーに引かれたバナナボートが大きく跳ね、それに合わせて叫び声が聞こえてきた。


「いいなぁ〜わたしたちも大学生になってバイトして自分でお金稼げるようになったら、あれみんなで乗ってみたいな」
「そうだな。そのときまた来たいな」


ナナちゃんと川西くんはすっかり意気投合してしまっている。多分わたしと白布くんをくっつけたいという共通の目的があるからだ。でも、『大学生になっても』と言われると素直に嬉しい。そのときまで、その先もきっと、この縁を大事にしたいと思ってくれてる証拠だと思うから。


「こちらハンバーガーです」


物思いにふけっていると男の子たちが注文した料理が届いた。肉厚なお肉がふっくらとしたバンズに挟まれていてよだれが出そうなほどに美味しそう。


「おい、賢二郎。今の店員さん見た?」
「あんま見てねえよ」
「すっごく可愛かったんだけど。また来ないかな」


川西くんがソワソワと白布くんに耳打ちしているのが聞こえてくる。そっかぁ。川西くんのタイプの人なのか。どんな人なのか単純に興味がある。


「こちらロコモコです」


程なくしてわたしたちが注文した料理も運ばれてきた。こちらもグレイビーソースが濃厚な香りを放っていてお腹がグーっと鳴ってしまう。白布くんに聞こえなかったかな。ちらりと男の子の方を見ると、キッチンに戻ろうとする店員さんに川西くんが「可愛いですね」と声をかけていた。店員さんも言われ慣れてるのか「ありがとうございます」とあっさり去っていく。


「な?可愛いかっただろ?」
「いや、可愛いっていうか綺麗系じゃね?」


確かに綺麗な人だった。わたしより大人っぽくて、儚く淑やかな美人さんというよりもハツラツとした健康的な美人さん。わたしが聞くことのなかった、白布くんからの『可愛い』とか『綺麗』という褒め言葉を言わせしめた人。Tシャツにデニムというシンプルなスタイルなのに女の人らしい体つきで、男の子はやっぱりああいう人が好きなのかと火が消えてしまったような気持ちになる。川西くんが砂浴してたとき、白布くんが砂で形作っていたのもスタイルのいい女の人のだったもんな。
気分は夏を通り越して、沈んだ秋の日のように寒々しい。これを嫉妬と呼ぶならば、わたしはいつの間にこんなに白布くんのことを好きになったのだろう。


20170828/ララ