「新しいアリスが、来ているみたいだね……」





カチャリ。

男が手に持っていたカップが静かな空間に音を響かせる。





「ミツキ、彼女を見てきてくれる?」

「貴方の仰せのままに」

「殺しちゃあ駄目だよ……?」

「……はっ」





ミツキ、と呼ばれた女は言葉を言い終えた後姿を消してしまった。






「今度のアリスは僕の口に合うといいなぁ。あぁ、アリス、早く会いたい……会いたいよ」





男は静かな部屋でただ1人、不気味に笑っていた。









 
―帽子屋の茶会―
〜The hatter`s tea party〜









「なにもないねぇ……」



「つーか、出口ってどんな形してんだよエース」



「俺に聞かないでよ、見たことなんかないよ」



生い茂った草を踏んで歩く。

ざくざくと乾いた音が鳴り続く。




家に閉じこもっていても話は進まない、ということで外を歩き、出口探しをスタートしたわけだが……





「アリス!おめぇ、何かあってこっちに進んでんのか?」

「……直感?」

「意味なくね?」



うるさいな、女の感は当たるのですよ。

と、まぁ、さっきからこんな感じなのだ。






町から出ると辺りは



木、木、木!

木以外何もないよね?状態。




扉どころか人の住んでいる家すら見つからないですから。

右も左もわからない。






「クイーンに聞けばいいのかな?」

「出口ってどんな形をしてるんですか?ってか?却下」



教えてくれるわけねぇじゃん、とジャックは溜め息をついた。

でーすーよーねー。





「あぁもう……助けてジョーカー!!」

最初に会った隻眼青年の名前を呼ぶ。



だがしかし、誰も姿を現さない。




「何かあったら呼べって言ったじゃない!嘘つき!」

「何もないから出てこないんだろーが!」

「ジョーカーは人前に出ることを好まないって聞いたことあるよ……まぁ俺でも今だったら出てこないけどね?」



あぁ、もう……グダグダだ。


もっとテンションあげていこうよ。

上がるはずもないのだけれど。




私はしゃがみ込んだ。





「もう動きたくない」

「ガキかおめぇは」


女の子は疲れやすいんです。


「お腹がすいたよぉジャック」

「さっきパン食ってただろ」





くだらないやりとりをしているとエースが辺りを見回した後に器用に木の上へ飛び乗った。




「俺、ちょっと周り見てくるよ」



木から木へと飛び移ってエースは遠くへ行ってしまう。
あ、エースがサルに見えた。

器用だよねー彼。




ジャックも「様子を見てくる」と言って何処かへ行ってしまう。


わあお、放置ですか。
やめてください怖いです。




しゃがみ込んでいる目の前の茂みからガサガサという音が聞こえた。

何事かと前を見てみると、オレンジがかったフワフワの毛を持った兎がちょこちょこと歩いてくる。





お友達なのか、頭に可愛らしいネズミを乗せている。

「可愛いっ!」




音で表すなら「キューン」だ。

ハートを弓で打たれた感じ!




私はその兎にもふりと抱きついた。

この子はこのグダグダの中での癒しだ……!





「アリス!」



名前を呼ばれた次の瞬間、もふりとした触感はなくなり、代わりに私が抱き留められている、ジャックに。



ジャックが私の腕の中にいた兎をはじいたらしい。



「小動物虐めるとか最低!!」


あんなに可愛い兎を!!



「ここら辺にいるのは真ッピンクの兎だけだ!あんな色の奴はいねぇ!」



真ッピンクの兎って……なんかやだなぁ。
ビビットピンクの兎を思い浮かべる。

……生き物も、全てはクイーンの思い通り、か。





つまり

「兎に何かを疑ってるってこと?」





そういって私はジャックの手を払った。



「それより、兎が怪我しちゃったかも」


可哀想だ、もし怪我していたら手当してあげないと。




「お前はっ!いろんな奴から狙われているんだぞ!」





いろんな奴って兎?アホらしい。

動物に殺されるわけないじゃないか。




ジャックの言葉をスルーして私は兎が飛ばされた方へ足を進めた。


「あれぇ?」





確かにここら辺に飛ばされてたはずなのに。

逃げてしまったのだろうか。


……まぁ、逃げる元気が残っていたなら良かったなぁ。




少し探してみても兎の姿は見あたらない。



あぁ、残念。





そう思って立ち上がろうとした時、ゴリ、と頭に何かを当てられた。

えっ、何か痛い。




「……アリス」



誰だ?聞いたことない声。

どちらかと言えば低い、女の人の声だ。



「え……っ」




向けられているのは拳銃、わかったときにはもう遅かったのか。







「さよなら、アリス」










銃声が、鳴り響いた。

耳にその音が響いた。
耳がキンキンとする。





……痛い。

撃たれた痛みじゃない、そんな苦しいものではない。
背中を打ち付けられた痛み。





「……ジャック!?」




撃たれる直前、ジャックが気付いて私をギリギリの所で助けた、らしい。

私の代わりにジャックが銃弾を肩に受けたようだ。



赤い色が、目に映る。




「だから言っただろっ!おらっ、立て!!」

「ジャック、怪我……」


止まらない
止まらない


赤い、色。



「問題ねぇから!!」



問題ないはずないのに。
痛いはずなのに。


視線は銃を撃った犯人に向けたまま、ジャックは乱暴に私への言葉を放つ。





だから、って……相手は人だよ?

兎なんて、関係ない。





銃をこちらに向けている人を見る。





そこに立っている女の人は、オレンジがかった短い髪の毛だった……オレンジ?



「てめぇは……三月兎か……っ」

兎?あの人が?


さっき吹っ飛ばした兎だというのか。





ってことは、なんだ。

動物は人間の姿にもなることができるの?



じゃあ、あの人の頭にのっている男の子はさっきのネズミ……!?



「どけ、スペードのジャック。お前に危害を加えるつもりはない」

「動物風情が俺に指図すんな!」





三月兎が銃を向けている。

一方、ジャックは丸腰だ。






……勝てるわけない。







そう思っていた時。

リンゴが飛んできた。





三月兎はそれをヒョイとかわす。





「あーあ、リンゴ無駄にしちゃった……」

現れたのは、手にリンゴを沢山抱えたエース。





周り見てくるって何ですか、リンゴ調達ですか。


「俺たち今日は丸腰だから、ほら。今日はやめない?」





リンゴを地面に落として手をヒラヒラと振る。


沢山の林檎が無残にもへこんだ。






「好都合だ」





パァンッ




躊躇いなく三月兎は撃ってくる。

「アリスが消えれば……私は」





「怖っ!戦う気ないって言ってんじゃん!」

「馬鹿か!んなもん狙ってくださいって言ってるようなもんだろが!」

「うわーんジョーカー!」


「だから出てこねぇって……」




鈍い音が遠くから聞こえた。
発砲した音だ。





何処からか聞こえた音と共に何かが三月兎の頬をかすめる。



「……ちぃっ!」





無言で上から軽やかに降りてきたのは、隻眼の青年。

躊躇わず銃口を三月兎の頭に向ける。





「ジョーカー!」

「アリス、守護の人選ミスだ」

「「なっ」」





守護の人選って……2人のことだろうか?


選ぶも何も、白ウサギの言うとおりにしただけなんだけど……




エースは「今日はたまたま武器を持ち合わせていなかっただけで!」と言い訳を言っている。

ジャックはしかめっ面で頭を掻いている。





しかし、ジョーカーは三月兎から素早く離れた。






「ミツキ」






誰かの声が響く。

ここにいる人達のではない、聞いたことのない声が。





そしてすぐに、三月兎の後ろに黒い空間が現れた。

その空間から手が現れ、三月兎の肩を掴んだ。



なんだこれ、ファンタジック。
いや、今更だろうかこんな言葉は。





「駄目じゃない、ミツキ……僕は見てきてと言っただけだよ……?」

段々と姿を現した男は言った。




兎さん……ミツキ、というらしい。
彼女が小さく、困ったように言葉を吐いた。


「……マスター」

「殺しちゃあ駄目って、言ったよね?」

「でもっ……」

「言い訳なんていらない、ウザイよ」





そう言って男は横に思い切り三月兎“ミツキ”を蹴り飛ばした。





男は黒い空間からこちらへと降りてくる。

トン、と小さく響いた。




「私の部下が失礼しました、アリス。お許し下さい」

ぺこりと深く頭を下げる男。




「え、と……」

「キャラじゃねぇんだよ、帽子屋」




ジャックが冷めた目で男“帽子屋”を見ている。






「ふふ、失礼だねぇジャック、君は」

帽子屋はただ笑うだけ。





でも、







目が笑っていない。







「お詫びに僕のお茶会に招待するよ、アリス」



帽子屋が陽気に手を叩くとテーブルや椅子が私達の目の前に現れた。

ティーカップに紅茶が注がれる。





「さぁ、みなさんどうぞ?」

毒なんて入っていないよ、と帽子屋がニコニコと言う。





嘘はなさそうだ。



一口口にすると紅茶から甘い味が染み渡る、美味しい。




「ねぇ、帽子屋さん」


「何、アリス?」


「さっきの人達は……」

「あぁ、オレンジのが三月兎の“ミツキ”で、小さい子供が眠りネズミの“アズミ”だよ。僕の部下である殺し屋だ」





……殺し屋!?動物が、可愛い人達が……?






「帽子屋さん。出口ってどんな物か知らない?」


エースの言葉に、帽子屋はニコリと笑った。





「あぁ、知っているよ。紅のこぉんな扉だよ」


ぱちん、と帽子屋が指を鳴らすと紙切れが1枚ふってきた。

そこには、紅の派手な扉が描かれている。




「場所は変わってるみたいだし、それは5番目アリスの時のだから、変わっているかもしれないけどね?」


「ありがとう、帽子屋さん」





紅茶を飲み終わってティーカップをカチャリと置く。

私達が立ち上がると椅子がボンと音を立てて消え去った。




「もう行くの?」

「うん。扉の情報ありがとう」

「いいえ、このくらいはいくらでも」




いい人だなぁ、帽子屋さんは。

「困った時にはいつでもおいで、アリス。美味しいお茶を用意して待ってるからね?」



さようならと挨拶をして私達は歩き出した。


ちなみに、ジョーカーはお茶会が始まる前には姿を消していた。

突然現れて突然消えるよね、彼は。










「本当、ミツキは能なし?」



アリスのいなくなった後、帽子屋はミツキを足蹴にした。





「僕の命令を聞けないの……?」

「……すみません、マスター」






「ミツキ、アリスはね」


帽子屋はミツキから足を退けてテーブルの元へと戻る。

テーブルにおいてある茶菓子のパンを取った。




パンを裂くと血のような真っ赤なジャムが垂れ落ちる。
帽子屋は手に落ちたそれを口で舐め取る。





「絶望に浸かった時が、1番おいしいんだよ……?」








――昔もそうだったでしょう?

だから

「最初はあの子達に取り入って、少しずつ壊して……彼女1人になったところを、僕が殺すんだ。わかったね?」

「……はい、心得ました」

「うんうん。好きだよ、ミツキ。素直なところとか僕に忠実な所とか、ね?」




可愛い顔とは裏腹に、彼は残虐に笑っていた。




「まぁ、役立たずはいらないけれど」




大きな銃声が、静かに響いた。
















出口の情報が手に入ってルンルン気分の私とは反対に、ジャックは納得いかないといった顔をしていた。



「どうしたのジャック?」

「……なぁエース、帽子屋ってあんな奴だったか?」

「さぁ、俺はあまり会ったことないから知らないけど……まぁ、胡散臭さはあるよね」

「えー?」
胡散臭さって……





扉の情報をくれたのに?

いい人っぽいのに?



私の不思議そうな顔にジャックは呆れたような視線を投げかけて
「おめぇ絶対だまされやすいタイプだろ」
そう言って笑った。


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