私の前にジャックがいて、そのジャックがフリーズしているため、姿を見ることはできないけれど。
寒い……早く中に入れ。
そういう気持ちで、ジャックを家の中へと蹴り入れた。
「……うぉッ!?」
驚いた声を上げて前の方へ倒れていった。
ざまぁみろ。
「……あ、ジャック。女の子連れ込んでるとか、やーらしー」
「はぁ!?何言ってっ……つぅか、それが本性かお前」
私を睨んだような目で見てくる。
適当にかえしておこう。
「何のことだか、私にはさっぱり」
ジャックから視線を前へ移す。
椅子に座っている人。
身長は、ジャックより少し小さいくらいだろうか。
赤のカチューシャが栗色の髪の上で映える。
手にはホコホコと湯気が立っているマグカップ。
温かそうな飲み物が……ってあれ、ここジャックの家だよね?
勝手に色々いじったんですか?
「あれ?もしかして、新しいアリス?」
椅子から立ち上がってちょこちょこと近付いてくる。
「そう。あなたは?」
「俺?俺は……」
「つぅか俺の上で話を進めるな!痛ぇよ馬鹿!!」
「あ」
「人の自己紹介の邪魔しないでよねー馬鹿ジャック」
足の下にはジャック。
2人で踏みつぶしていたようだ。
ごめんごめん。
ジャックから足をどけ、3人で椅子に座って会話を再開させた。
「では、改めまして」
けふんとひとつ咳払いをして人なつこい笑顔を作った。
「俺の名前はエース。よろしくね、新しいアリス」
「あなたがエースね」
見つかった。探しに行っていたのに。
まさか、ジャックの家で(勝手に)のんびりしているとは……
「そうそう。歳は、えーとね、来た時の歳と足してぇ……うん、60歳くらいかなっ」
「……は?」
いやいやいや……どーみても私と同じくらいなんですけど!?
待って、こんな若い60歳みたことない!
「コイツもリアルの人間だから。さっきも言ったとおり、時間軸がずれてンだよ……」
ジャックが私を見て言った。
驚いていることがわかったんだろう。
どうなっているんだろう、この世界。
「俺の考えでは、リアルの1年でこっちの何十年なんじゃないかなっ」
エースは呟いて笑った。
「だって、60年だか70年ココで暮らしてるリアルの人間もいたよ!!」
そんなにこの世界で暮らす?
無理だ。
私は……
「出口を見つけ出してみせる……!」
さっさと見つけてさっさと帰る。
こんなところに慣れることなんてできない。慣れたくなんかない。
だから
「エース、私に協力してくれる?」
エースはキョトンとした。
出口?と言って首を傾けた。
「この世界に、リアルに戻れる“出口”があるらしいの。どんなものかはわからないけど……出口を見つけて、みんなで一緒に帰ろう」
私の言葉にエースとジャックは少し悲しそうな表情をした。
「アリス……俺は「アリスが出口を見つけた時、アリスの記憶・名前、全てが戻る」と聞いたことはある。まぁ、おめぇには関係ないかも知れねぇけどよ」
エースが「関係ない?」と不思議そうな表情を見せた。
関係ない、というのは私は既に記憶を持っているからだろう。
「?」
ただ、それがどうしたんだろう。
「俺たち……アリス以外のリアルの人間は、リアルの名前がないし、返されないんだ」
エースは俯いた。
彼は小さく呟く。
―名前がなければ、出口を通ることもできないらしい―
名前がなければ、帰ったところで居場所は……わからない。
自分を知ってくれている人に会えるかどうかもわからない。
「だから、俺は……俺たちはもうリアルには帰れない」
そんな、帰れない?
そんなことって……
帰れるのはアリスだけだって。
アリスが主体のゲームで、あくまで彼らは「脇役」なんだって。
でも、だとしたら。
「リアルに残された人達は……どうすればいいの?」
この人達は確かに“リアル”から来た人間達で。
家族も友達も……恋人だって存在しているような人達で。
残された人達は、私の両親みたいに、悲しむことしかできないの?
取り戻すことはできないの?
「諦めちゃ駄目、駄目だ」
大丈夫、そういうとエースは驚いたような目をした。
もし仮に、この世界があの失踪事件と関係しているというのならば。
「大丈夫だよ」
クイーンだ。
クイーンがみんなをこの世界に連れてきたと言うのならば……彼女は、全員の名前を知っているはずだ。
まだ望みがすべて消えてしまったというわけではないはずだ。
どうにかしてクイーンから名前を取り返すんだ。
「そう、私なら……私達なら、できる」
根拠のない自信を持って、笑う。
「……アリスはすごいね」
前にいるエースの顔を見ると、笑っていた。
全部、口に出ていたらしい。
「うん、わかった。俺はアリスに協力するよ」
出口を探そう。
エースはマグカップで遊びながら言った。
「ありがとう」
「俺は自分の記憶を取り戻したい」
「うん」
「帰りたいよ」
「うん。みんなで“リアル”に帰ろう」
何人“リアル”の人間がいるかわからない。
でも、みんなで。
「ジャックも、頑張ろう」
「あぁ」
みんなで頑張れば、大丈夫だよ。
きっと、出口を見つけられる。
名前を見つけられる。
だから……帰ろう、みんなで。
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