―Humpty Dumpty sat on a wall



Humpty Dumpty had a great fall



All the king`s horses and all the king`s men



couldn`t put Humpty togther again―







―名前と代償―
〜Humpty Dumpty〜







突然こんにちは、アリスです。

えーと、何ていうか……






迷子になりました。
えぇ、迷子。





2人とはぐれたというわけですね。

そんなわけで1人で歩いているんです。




「どこだろう……ここ」




草を踏み分けて進む。

私が歩くたびにそこらにいる小動物は逃げていく。

あ、真っピンクな兎発見。





「……」





あ、なんか悲しくなってきた。





耳を澄ましても2人の声など聞こえるはずもなく。

静かな森の中に、不気味な歌が響くだけ。
先ほどから小さな声が聞こえてくる、小さな歌声が。



―Humpty Dumpty sat on a wall―



ハッキリとは聞こえないけれど、ただ、不気味なのだ。
ハッキリと聞こえないから、不気味なのかもしれない。



―Humpty Dumpty had a great fall―



歌の中に聞こえる「はんぷてぃ・だんぷてぃ」って何なんだろう?

小さな声の歌は私が移動しているのにもかかわらず遠のきも近付きもしない。

歌の主も移動しているのか、もしくは……



―All the king`s horses and all the king`s men―



周りには誰もいないのに、笑うような声が聞こえてきた気がした。

寒気が起きてくる。



―couldn`t put Humpty togther again...―



早く、早くここから抜け出してしまいたい―……!!







ドシャッ








前方から、何かが崩れ落ちる音がした。

前に視線を向けると、そこには小さな少年が転んでいた。




少年の右目と、目があった。
左目は髪の毛で隠れていて、よく見えなかったが。



「えっと……大丈夫?」





帽子屋さんと別れた後「あまりこの住人達に話しかけんな」とかジャックに言われた。



でも、転んでいる男の子を助けるぐらい咎められないでしょう。



「……」





少年は黙ったまま、私をジッと見る。





ニコリ、と不気味に笑う。

……不気味?私は無意識に、小さな男の子を“不気味”であると認識した?






「名前を、呼んで?」


名前?





その時、よくわからないがふわりと頭の中に名前が浮上した。







さっき疑問になった、あの言葉。





そうか、この少年の名前だったのか。

なんでそう思ったのかはわからない。
ただ、そう思った。






「ハン……っ!?」





言いかけた瞬間に、後ろから口を塞がれた。

驚いて後ろを見ると、ジョーカーの姿。




「ジョーカー!?」

「呼んではいけない」
相変わらず冷めた感じで淡々と言葉を綴る。




「こいつは、名前を呼ぶと願いを叶えてくれる」



少年を睨んでジョーカーは言葉を続ける。

「何かを代償に、な。それが……」



―ハンプティ・ダンプティ―




ハンプティ・ダンプティはケラケラと笑い出して、ジョーカーに笑いかける。




「貴殿は運が良いほうだ。右目だけで、済んだのだから」

幼い見た目とは裏腹の堅苦しい口調で言葉を紡ぐハンプティ・ダンプティ。



……ジョーカーは、ハンプティ・ダンプティに願いを叶えて貰おうとしたの?





「願いなど、叶いはしなかった」

首を横に振ってハンプティ・ダンプティを睨み付ける。






ハンプティ・ダンプティはニィッと不気味に笑うだけだ。




「返せ……その、右目を!!」



ハンプティ・ダンプティを睨み付けたままらしくもなくジョーカーは叫んだ。



……今、ハンプティ・ダンプティの右目として使われている眼が、ジョーカーの右目?





「貴殿の願いは不可能に近かった。貴殿の願いは女王様の力と同等かそれ以上のことだった。我にそのような力はないよ」

ハンプティ・ダンプティは笑いながらそう言う。





女王様と同等な力の願い……?




「我に用はないのか?アリス」

首を傾けた少年は私に問いかける。



“何かを頂戴”

そう言われているようで、何となく怖く感じた。






「ない、です……」


何かを代償にしてまで叶えて欲しいことなんて、ない。

帰るという願いは、誰かに頼んだどころで叶いそうにない。




「じゃあ、我は消えるよ」

そういってハンプティ・ダンプティは姿を消した。
最初からいなかったかのように。




ジョーカーは小さく舌打ちをした。

1度取られた代償は、もう戻ってこない。





「ジョーカー」





何かを失ってまで


貴方が叶えたかった願いは、なに?






「……俺は、恐かった」



ぽつり、ぽつりと

ジョーカーは語り出した。





ジョーカーは包帯を巻いている右目を手で触れる。

苦しそうに笑いながら、ジョーカーは言葉を続ける。




「ここに来た時、自分のことは何もわからなかった。名前が“ジョーカー”で、この世界で自分が異質な存在であること以外は」



ジョーカーは、リアルの人間なんだ。



「その時に現れたのが、あいつだ」



“貴殿はどうして泣いている?”

“……誰?”

“名前を、呼んで”

“え?”

“願いを、叶えてあげるから”




かけられたのは希望に酷似した、残酷な言葉。






「その時の俺は幼くて、ただ……夢中で頭の中に浮かんだ名前を呼んだ」





“――ハンプティ・ダンプティッ!!俺は―……!”




「名前を呼んだ瞬間に、右の視界を失った」

あっという間だった。
ただ、ほんの一瞬。
突然、大切な視界が消えた。

右目を押さえている手に少し力を込める。




「あいつはただ“ありがとう”と言って、あっという間に消えたんだ。願いは、叶いはしなかったが」

私の方を見て苦しそうに笑いかける。





ジョーカー曰く、ハンプティ・ダンプティの体はすべて他の人から取ったものでできているらしい。


代償というのは“体の一部”ということ。

……胴体とか取られた人もいるってこと?恐いんだけど。





「……叶えたかった願いって、何?」

「恐かった、記憶がないことが」




私には、わからない。

この世界にいるリアルの人間が……記憶を失って、どんな風に苦しんでいるのか。



「いたかもわからないけれど、大切な人達を忘れていて、ひとりになってしまうことが」



小さく微笑むジョーカーに、胸が苦しくなる。

彼の表情に泣きそうになる。



「だから……記憶を取り戻したかった。俺が持っていたであろう、記憶を」





“俺は……自分の記憶を取り戻したいっ!!”





「ゲームにはNGらしいな、記憶を取り戻すことは」



クイーンと同等の力っていうのは

クイーンじゃないと、その願いを叶えられないということだろう。



「だから、お前が羨ましいよ……アリス」




初めて会った時呟いたのは“羨ましい”だったのか……





「もし帰れるのだとしても、名前を知らないままリアルに帰って、そのとき記憶を取り戻して……それが最悪の結末だったら、怖いよ」



それが、アリスをあまり助けない理由だ、とジョーカーは言った。



この世界で記憶を取り戻して、最悪の結末だったならば。

彼は、この世界にとどまりつづけると言うのだろうか?

こんな、気が狂いそうな世界に、彼は。
居続けたいなどと、思ってしまうのだろうか?


私はジョーカー言葉に、首を横に振った。




「ジョーカーはいつも助けてくれてるよ」





困ったとき、いつだって助けてくれている。

今だって、そうだった。



「最悪の結末なんてありえないよ。私のお兄ちゃん、いなくなったの……ずっと前に。それでも、両親は今でも探してる」

他の家でも絶対に、みんなの帰りを待ってるんだって、そう言った。

きっと、そう。
待っていてくれる人がいるから。



だから私は……
私たちは、帰るんだ、絶対に。




「だから、みんなで帰ろう?」

ジョーカーの右目に触れて、私は笑った。





「ありがとう、アリス」

ジョーカーは笑って姿を消してしまった。






そしてすぐ後に、後ろから私を呼ぶ2人の声。

あぁ、会えた。




ジャックにすごく怒られた。

……悪気はないのに





早く、早く



みんなの名前を取り戻して、扉を見つけて。



全員で、元の世界に帰るんだ。


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