最後にしよう
何もかも
君への
最低な願い事
どうか聞いてほしい
─世界の脱出口─
〜Break down〜
記憶を一気に取り戻して混乱したのか、泣き続けるナイト──はじめさんが落ち着くのをしばらく待っていた。
落ち着いたのを確認して、リアルに帰るにはどうしたらいいか、と融さんが話を切り出す。
その話は、嫌で。
嫌な鳥肌が立った気がした。
「水晶を壊せばいいんだったか」
思い出すように、融さんは呟いた。
その言葉に、ジャックは俯いて。
私は、目を逸らした。
そうだ、その通り。
ただ、その水晶の在処が問題なのだが。
「水晶?そういえば以前の世界でチェシャ猫が言っていましたね……白ウサギ、に聞けばわかるでしょうか」
「何で敬語なんだ」
「一気に思い出したから、正直まだ混乱してる……白ウサギが、簡単に教えてくれるわけないですよ、ね……ない、よな」
ナイトとはじめさんが混ざって口調がめちゃくちゃになっている。
別に喋りやすいなら敬語でもいいと思うんだけど。
2人は考えるように、視線をずらす。
馬鹿にするような、くすくすとした笑い声が耳に届いた。
あぁ、聞きたくない。
「僕を呼んだ?2人の王様!」
にへら、にへら。
白いウサギが、私たちの目の前に突拍子もなく現れた。
「……白ウサギ」
「おめでとうキング!君は記憶を取り戻せた!おめでとう!」
馬鹿にするように、大きな声で白ウサギは笑った。
おめでとうなんて思ってもいないくせに。
白ウサギはくるりと回ってみせる。
ふわりとワンピースが揺れた。
暗い部屋に映える、怖くなるほどの、白。
「白ウサギ。水晶の場所を、」
「残念だなぁ!僕は教えてあげられないよ、残念、残念」
はじめさんの言葉を遮って少女は残念そうに首を傾けた。
ちらり。
赤い瞳が私を捉える。
「アリスに聞けばいいじゃない」
教えられないのは、私の口から伝えさせようとしているから。
私が言いたくないのをわかったうえで、そう誘導しているから。
最低だ。
2人の視線が私に向いた。
「アリスゥ、酷い酷い酷いなぁ!教えてあげないの?知っているのに?なんでぇ?何でナンデなんで!ひっどいなぁ!」
きゃはは、と子供らしい笑い声が耳を痛くする。
「水晶、は……」
言葉を必死に口から出す。
白い少女は、にまにまと笑っていた。
こんなの言いたくない。
帰る方法は水晶を
世界の核を、壊すしかない。
「──はじめさんの、心臓」
死んでくれと、本人に伝えてしまったくらいに、辛い。
融さんは目を見開く。
怒りの色が、混じっていた。
はじめさんは目を伏せてから、白ウサギに視線を移す。
「そうか……白ウサギ、退室してくれ」
「もっとショック受ければいいのにぃ!ふーん、つまらない、つまらなーい!」
大きく跳んだ白ウサギは扉を越して部屋を出た。
暗闇へと消えるように、彼女は部屋からいなくなる。
「……良かった」
ぽつりと、はじめさんが笑う。
何が。何が良かったと言うの。
彼は右足で大きく床を蹴った。
がぁんと、大きな音が響く。
床がぎぎ、と動いて階段が現れた。
隠し通路があったなんて。
ここ、私が借りてた部屋なんですけれど。
「この先に扉がある。そこから帰れるはずだ」
「はぁ?扉?おめぇ、前の世界ではなかったの知らねぇのかよ」
「俺はこの世界の“王様”なんだ。このくらい準備しておくのは容易い」
そう、なのか。
準備しておいて良かったということか。
意気揚々と歩き出す融さん。
はじめさんは、一歩だけ。
後ろへ下がった。
「融、ジャック、先に行ってくれ。俺は少し……アリスと話したいことがある」
静かに、そう話す。
ぎゅ、と。手が握られた。
「あぁ、わかった」
融さんは頷いて。
ジャックも前を向いて。
彼らは階段を通って地下へと消えていった。
「黒ウサギ」
「……キング?」
ひょっこり、現れた黒ウサギに彼は笑う。
「あの2人を追いかけて、最後まで降ろしてやって。こっちに、戻ってこないように」
「でも……君、は」
「お願いだ」
「……わかった、おいら、行くよ」
ひょっこり、ひょっこり。
黒ウサギは寂しそうに、階段の向こう側へと消えていった。
静かになった部屋。
2人以外、誰もいなくて。
「はじめ、さん?」
「アリスに頼みがあるんだ。最低かもしれない」
彼は、笑った。
優しく……悲しく、笑ったのだ。
「俺が死ぬのを、見届けてくれないか」
[*前] | [次#]
[しおりを挟む]
戻る