何度も繰り返す

何度も失う



大切なものは何度でも

崩れ去っていなくなる







─さよならの悪夢─
〜inducement to stay〜









「長ぇな、階段……んなに深く作らなくてもいいのによ」


ジャックは重い足取りで階段を降りていく。

一歩後ろを歩く融は何やら思考している表情だ。



「本田さん?とっとと降りちまおうぜ」

「あぁ、わかってる」


広い踊場について2人は一息つく。

ジャックは下を覗き込んで、溜め息を吐いた。 


下は底がないのではないかと疑ってしまうほどに真っ暗だ。
本当に扉など、あるのだろうか。



「ナイトも性格わりぃな!非常用らしいし、仕方ねぇかもしんねぇけどよ!」



ジャックの声が静かな空間に響く。

融はまだ何か考えているようで、俯いていた。
ジャックは首を傾けつつも、次の下りへと向かおうとする。



「死んだら、戻れないんだよな」
「は?」
「はじめだよ。心臓が水晶ってことは、死ねばリアルに帰れないのか?」
「わかんねぇよそんなん。心臓がそれだとか、そもそもこんな世界、滅多にお目にかかるもんじゃねぇし」


そうだよな。
融が静かに呟いた。


ただ、可能性だ。
空想論。


ジャックはアリスから聞いた。

白ウサギは余裕そうに、楽しそうにアリスに「ナイトの心臓が世界の核であるのだ」と告げたようで。
世界が壊されるかもしれないのを余裕そうに教えてくれるものだろうか。


だから、つまり。
ナイトが死ねば、リアルでは変わらずかもしれない可能性がある。

ナイトは死ぬか、また、新しい世界に居座るか。わかりはしないけれど。
その可能性を、捨てきれないから。



水晶が壊れる以前に死んだ人間は、白ウサギが変に手を出さなきゃリアルに帰れるようだけれども。
世界の崩壊と同時に死んだ場合は、どうなるのか。



ジャックにも、融にも。

誰にも、わからないものだった。





ただ水晶を壊すだけなら、どれだけ楽だったのだろう。
血を見ずに帰れたならば、どれだけ救われたのだろう。 



ジャックが階段を降りようと近付いた。

足を踏み出そうと上げた瞬間、静かな笑い声が暗闇の中に響く。




「……あぁ、残念。死んでくれなかったの、“王様”」




融の前に不自然なほど自然に現れた男はにたりと笑う。


「う、わっ」

「残念だなぁすごく。君がいなければ、キングが帰れることはなかったのに」



「……ナイトをけしかけたのはおめぇか」


ジャックの低い言葉に、帽子屋は肯定するよう笑顔を作る。



「僕は“アドバイザー”だからね。彼が幸せになれる方に勧告をしたまでさ」


帽子屋は笑う。
あれほどまでに、負の感情を持たせることが「幸せになれる方」の選択であったのだと、告げる。


ジャックはその言葉を呆れたように笑い消して、帽子屋を睨み付けた。



「僕が代わりに消そうにしても、キングはもう記憶を取り戻してしまったしなぁ」



帽子屋を無視して進むべきか。
ジャックは考えながら視線を融へと向けた。


融はやはり考え事をしている。

こんな時まで。緊張感がないというか。
何を考えているのだろうか。




「き・み・かぁぁあああああ!!!」



大きな声と共に足音が響く。


金属がこすれ合う音。
耳に痛々しい、嫌な音が届く。



ジャックか融か、どちらかに向けようとしたのであろう帽子屋の拳銃が黒ウサギの包丁とぶつかり合った。


ぶつかり合いでヒビの入ってしまった包丁を投げ捨てた黒ウサギは大きな包丁を新たに出現させた。



「いやぁ、怖い怖い。黒ウサギかぁ」


へらり。

帽子屋は笑顔を崩さない。



「おいらの……キングの気持ちが悪かったのは君のせいだ!」


黒ウサギは威嚇するように、さながら犬のように牙をむき出しにする。

赤く光る瞳が、黒い部屋に映えた。



一歩。
帽子屋は下がる。


「許してくれる?僕もねぇ、キングの気持ちを害したいわけじゃなかったんだ」

「許すわけないだろ!おいらを怒らせたのは……君だよっ」




2丁の包丁を帽子屋に構える。

帽子屋はバツが悪そうに、両手を上にあげて降参ポーズを示す。



「やれやれ、ここは逃げようかな。僕がどうこう動いたところで、もう結末は変わらない」

「あっ!このヤロォ!」

「バイバイ“王様”とジャック。また機会があれば次の世界で会えるかな」




会いたくはない。
もう2度とここへ来るつもりはない。

ジャックは心でそう呟いて、いつぞや帽子屋が現れたのと同じように、不思議な空間が現れて帽子屋が消えるまでをぼうっと見つめていた。




「くっそ、くっそ。あいつ、次の世界で会ったら殺してやるぅ!」



黒ウサギは悔しそうに地団太を踏んだ。

言っていることは中々に残酷なものだが、見た目に相応肢位子供のような行動にジャックは少しだけ笑う。




「――“次の世界”、ね」



融がぽつりと呟いた。



くるりと黒ウサギは2人に向き合って、にっかり笑って2人の手を掴んだ。



「おいらが下まで案内しちゃうぞ!」

「いらねぇよ、階段降りるだけだろうが!」
「冷たいぞぉジャック!」



ぎゃんぎゃんと騒ぐ2人を融は静かに眺める。

ぼうっと突っ立つ融を、ジャックは目を細めて睨んだ。



「おい、行くぞ!」

「あぁ、わかった」



融は、ゆっくりと歩き出す。

騒がしい2人を見ても、笑えない。
笑えるわけがない。





“次の世界”なんぞ、この世界が壊れなければやってこない。


――世界は“水晶”が壊れない限り、壊れない。



この先にあるらしい扉を通ってはじめがリアルに帰れば、水晶は壊されずのままなのだからこの世界は継続するはずで。


それでも、住人は“次の世界”へ移行することを示唆する。
この世界が壊れ、次の世界へと移行してしまうということを住人たちはよく、わかっているのだ。



よくわかる。


この先に

扉なんてない。

おそらく、ずっとずっとずっとずっと階段が続くのだろう。

この世界が崩壊して、意識が途切れるまで降り続けなければならないのだろう。



あいつは、最初から。
最初から、死ぬつもりで。


止めようとしそうなジャックと、融を別の場所へ移したまでで。







それでもいいよ。

戻ろうとは思わない。
止めようとは思わない。


お前がそれでいいなら、いいよ。






1度目はリアルで屋上から俺を庇って落ちて姿を消して。
2度目は吐き気のするほど赤いワンダーランドで殺されて。


「3回目だな、お前が俺の前から消えるのは」



3度目は可哀想な青いワンダーランドで自ら命を落とす。




何度別れを繰り返せばいいものなのだろうか。






融はジャックの急かす声をものともせず、悲しく笑ってゆっくりと足を階段へと向けた。


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