いらないイラナイ

お前なんて



この世界に必要ないよ








―うっとおしい男―
〜My precious〜









「俺とはじめは幼馴染とか言われるやつだよ。小さいころから、家が隣でいっつも一緒にいた」


融さんがゆったりとしたチェアに座って話をする。
ジャックの部屋で、話を聞く。

ナイトは散々融さんが構っていたら何処かへと行ってしまった。



「あいつ、髪灰色だろ。それで生意気だとか言われて中学くらいからずっと先輩とかに目つけられてたんだよ」

「あれ染めてんじゃねぇの」

「地毛」


あれ、地毛なんだ。
多少染めてるもんだと思ってた。

融さんは落ち着かないのか、指を何度も組み替えている。
足も時折組み方を変えて、視線はどこか定まらない。


こんな世界に2度と来たくなかったなんて、誰もが思うことなんだろう。



「喧嘩売られてばっかで、いつも怪我ばっかしてた。それでも、いつも笑ってた。あいつが泣いてることなんて、ほとんど見たことなかったよ」


――お前が、心配するから。


ナイトは……“はじめさん”は。
融さんに、心配をかけないようにと。

あの時も、その前も。


ずっとずっと、笑い続けてきたのか。


ちゃんと、泣けるんだな。
あいつも、ちゃんと。

融さんは優しく、どこか寂しげな声でそう呟いた。



「融さんが来たから、ナイトは……はじめさんはきっと、取り戻せるよ」


記憶を。

大切なものを取り戻すためには、大切な人がそばにいればいいのだから。



ばたん。
突如、扉が開いた。


黒い少年が、慌てたように部屋に入ってきた。



「……黒ウサギ?」

「……キング、は?」


何か怒っているように、
憎悪を、表情に浮かべる普段は笑顔の少年。



「危ない、危ない危ないアブナイ」



黒ウサギは狂ったように繰り返す。


奇声を発しながら、黒ウサギは走り去る。

奇妙な情景に、ジャックは怪しむように目を凝らした。



「なんか、やべぇんじゃねぇの」


私はジャックの言葉を聞いて部屋を出た。
窓から覗く景色は、黒。


空は漆黒。
地面と空との境界がわからなくなるほどの、黒だった。



「や、っばい……かも、しれない」


どうしてだ。

ナイトは怒っているのか、憎んでいるのか。
どちらにせよ、なんにせよ。彼は負の感情を今現在抱いている。


何で。
どうして。

誰のせいで。



「エニグマ!」

「呼んだかい?」

「ナイト……キングは、どこにいるの!」

「先ほどまでは──あぁ、丁度帰って来たみたいだね」



エニグマの視線をたどる。

そこに立っていたのは、確かにナイトだった。


だけれど、怖い。
初めてこの世界で会ったときのように、感情なく冷めた彼だった。



ゆっくりと歩くナイトに、おそるおそる近付いてみる。



「……ナイト?」

「俺は、キングだ」


否定の言葉。

何があったというの。


「……トオルは?」

「そこ、にいるけど……」


ナイトの手には。
──ナイフ。


ちょ、っと待って。

何をするつもりだ、そんなものを持って。



部屋に入るなりナイトは融さんにナイフを向けた。



「はじめ……?」



融さんの驚いた声。

ジャックの理解しがたそうな表情。


それらに、ナイトは一切反応しない。
ただただ、ナイフを振るった。


ジャックは対抗するように、融さんを守るように立ちはだかる。


そんなジャックを気にも止めない様子で蹴りを入れた。
腹に一撃。

ジャックは蹴られた衝撃で嗚咽を漏らす。



「ナイト!何、してっ……」


「お前は、イラナイ」



ナイフを、振り下ろす。

それは融さんの頬を切り裂いて、床に突き刺さった。


床に背中を打ちつけた融さんが悲鳴を小さくあげる。



「はじめ」
「……その名で呼ぶな」
「はじめ」
「呼ぶなと言っているだろう!」


ナイトは凶器をゆっくりと床から引き抜く。

もう一度、ナイフを振り上げた。



融さんは笑った。

どうして、こんな状況で?



「命令だ、ナイト!俺の話を聞け!」


堂々とした声に、

ナイトを止めようとした私。
もう一度抵抗しようとしたジャック。

その場にいた私たちまで動きを止めた。



「俺を殺したいなら殺せばいい」

静かに、告げる。

「でも、お前に俺は殺せないだろ」



凛と、堂々と。

融さんはそう言った。



「そんなわけない」



ぎゅ。
ナイトのナイフを握る手に力が強まった気がした。


「俺は、王様で、」



あぁ、ごちゃごちゃになってる。
誰かに悪言でも吹き込まれたのだろうか。


「お前に王様なんて“悪役”、似合わないだろ」


ゆっくりと、融さんはナイトに触れる。


「ごめんな、はじめ……もう笑わなくていいから」

──泣いて、いい。



ナイトの手から、ナイフがゆっくりと滑り落ちた。

からんと音を立てて、床に静かにナイフは横たわる。



「……キン、グ」



静かに放たれた嗚咽まじりの言葉で、“ナイト”が泣いていることは明白で。



「キングじゃないだろ」

「俺の、名前は、」

「“佐藤はじめ”」



ぷつん。
糸が切れたように、彼の力が体から抜ける。

“王様”として、背負っていた世界を、手放したのかもしれない。



「──とーる、」



泣いていた。
彼は、ぼたぼたと涙を流している。

空は、暗闇からだんだんと青空へ変わっていった。


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