彼女は笑う
愉悦に笑う


知らない
知らない
知らない

彼女は彼女自身が
不格好で
醜悪で
奇妙であると
気付かない





抱く赤子は泣き叫ぶ
〜Defend to the last〜









綺麗な寝顔だった。

まるで、死んでいるかのような。
あの時の、ような。


「ナイト」


彼は夢の中にいるようで、穏やかな寝息を立てて目を閉じていた。


部屋に来てみたはいいものの、眠っているんじゃ外にも連れていけない。

声を掛けても、ぐっすりと眠っているようで目を覚ます気配はない。


起きないのならば、起こすのも申し訳ないな。
睡眠を人に邪魔されるのって不快だよね。



「あぁ、アリス。いたいた」


ひょこり。
エニグマが笑顔で私の目の前に現れた。


「……エニグマ、どうしたの?」

「君たちは……チェシャ猫を探していたろう?」


途中からナイトが眠っていたことに気が付いて、エニグマは声を小さくする。



「そうだけど、それが?」

「チェシャ猫は公爵夫人の家にいたさ」



あら、本当。

そういえば公爵夫人、彼女はチェシャ猫の飼い主だっけ。
家にいてもおかしくはない。


「だから今なら、その付近にいるんじゃないかな?」

「ううん、でも公爵夫人の家は知らないなぁ」

「城を出てすぐ左の道を辿っていけば着く。白黒の奇妙な家だからすぐわかるはずさ」


白黒の奇妙な家……今更奇妙云々かんぬんで驚いたりはしないけれども。



エニグマは笑って、黒ウサギが作ったらしいお弁当を3人分渡してきた。


私たちはできるだけ食事を取るようにしている。
お腹が空かないんだとしても。


そうしなきゃ、リアルの生活が崩れてしまいそうだし。
なにより、人間であるという証明じゃないか、食事というのは。



「だからそろそろ、チェシャ猫もいつもの場所にいるんじゃあないかな?」


差し出されたお弁当を2つ手に取って、エニグマに礼を言う。


「そう、ありがとう。行ってみる」
「弁当、2つでいいのかい?」
「ナイトの睡眠、邪魔するのも悪いから」


私と、ジャックの分。

ジャックはさっき起きていたはずだから今日は彼と2人で行ってみよう。


何か記憶を取り戻す場所を聞いて、そこにナイトを連れていくことにしよう。



「ナイト……キングが起きたらすぐ戻ってくるって伝えておいてくれる?」

「あぁ、いいよ。あたしが責任を持って伝えよう」



再びエニグマに礼を言う。

ナイトの部屋を出て、すぐにジャックの元へと向かった。
暇そうに大きくあくびをしたジャックを引っ張るように、城から足を踏み出した。



いつもチェシャ猫がいる場所に、2人で向かう。


ジャックは歩きながらお弁当をほおばる。
早弁だし歩き食いだし。



「つぅかよぉ、ナイトは連れてかなくていいんか?」

「チェシャ猫に話聞くだけだからいいの」


私の一歩後ろをジャックは歩く。

食事している彼を置いていかないように、私はゆったりと歩いてみる。


チェシャ猫がいつもいる場所。
目にその場所が入ってくると、馴染みの金色が緑の中に映える。


あぁ、いた。
金色の猫さん。



「チェシャ猫!」


チェシャ猫は私の呼びかけに反応して、こちらを向いた。

しかし、いつものように楽しそうで軽快な少年はそこにはいなくて。

「にゃあ、アリス……」


チェシャ猫は、
耳も
尻尾も
ご自慢の綺麗な金色をへにょりと垂れ下げて、口をきゅうっと噤んでいた。


「……元気ないね、チェシャ猫。どうしたの?」
「つうかその赤ん坊何だよ」


ジャックの言葉に、私は視線を下げた。

チェシャ猫の腕には、小さな小さな赤ん坊。
おぎゃあおぎゃあと泣いていた。


「チェシャ猫に、子供!?」

チェシャ猫の子供って……
猫なの、人なの?

「チェシャの子じゃないよ、ぷんぷん!この子は公爵夫人のお子様さ、にゃあ」


チェシャ猫は頬を膨らませて、赤ん坊と一緒に降りてきた。



「謎々する?するの?」

「そう、思ってきたんだけど……」

「にゃ……これじゃあ謎々もできないよ、くすんくすん」


赤ん坊は泣きやまない。

ジャックは肩を竦めて、チェシャ猫のほうへと腕を伸ばした。



「貸してみろ」

「君みたいな乱暴な人に預けたら怪我しちゃう!しちゃうでしょ!ぷいっ」

「俺のどこが乱暴だよ!」


「見た目が……」
「何でおめぇが答えんだ!餓鬼を粗雑に扱ったりしねぇよ」


チェシャ猫は渋々ジャックに赤ん坊を預けた。

彼は赤ん坊を抱いてゆっくりと揺れる。


しばらくたつと、赤ん坊は静かになっていく。
赤ん坊は楽しそうにきゃっきゃと笑いだす。


あやすの慣れてるんだな。
小さい妹弟いたのかな?


「ほら、静かにしてやったから……謎々はなしでいいだろ」

「にゃっ!?チェシャのアイデンティティーを盗るの!?ぷんぷん!」


謎々……アイデンティティーなんだ。



「じゃあ、簡単なのにしてくれ……俺らじゃまともに答えらんねぇからな」

「にゃあ、謎々、謎々、解けるかな?
子供が立ち上がっちゃう家具ってなぁんだ?」


赤ん坊とかけているのだろうか……

子供が立つ……

「コタツ?」


あ、本当に簡単だ。


チェシャ猫はつまらなさそうに口を尖がらせた。

「ぴんぽんぴんぽーん。正解だよ、にゃあ」



よし、じゃあ答えてもらいましょうか。


「ナイトの……あ、キングの記憶の手がかりになるヒントって、ないかな?」
「ある、あるよ、にやにや」

なんと。あるらしい。

よかった、チェシャ猫に会いに来たかいがあった。



「教えてちょうだい」


チェシャ猫の口が弧を描く。
にんまりとして、首をゆっくり傾けた。




「――“赤の部屋”さ」

「……赤の、部屋?」

聞き覚えのない言葉に、私は思わず言葉を反復する。



「君たちも見覚えがあるはずだよ、にゃあ」

「赤の部屋……って何だよ、それ」


「気がつかないの?わからないの?アリスもジャックもお馬鹿、お馬鹿、くすくすっ!」


ああまたこの子は!
……駄目だ駄目だ、怒ってる場合じゃない。
冷静に対処しよう。



「……わからないから教えてくれる?」

「赤、赤、クイーン、最後の部屋、るんるん」



単語を楽しそうに羅列する。

少年はぴょんこ、ぴょんことウサギのように跳ねて近くを回る。
これは……白ウサギを指しているのだろう。



赤い、クイーンの、最後の部屋。

この世界にクイーンはいない。


――前回の、ワンダーランド。
最後の部屋。
赤い、赤い。


「あぁ、前回……ナイトが死んだ部屋のことか?」


彼が、真っ赤な血に塗れて命の灯火を消した部屋。



「……この世界に、それがあるの?」
「アリス、アリス。君はもう出会ってるはずだよ?にゃあ」



出会っている?

もしかして……あの、血がこびりついた部屋か?
前、青い部屋と間違えた、寒気を覚えたあの場所だろう。


そんな所まで再現しているだなんて、白ウサギも悪趣味な少女だ。




「じゃあ白ウサギに鍵をもらえばいいの」

……もらえるかどうかは別として。



「にゃあ!!」
「何!?」


チェシャ猫が、わっ!とでも言うように私に飛びついて来た。

すぐに離れて、けらけら笑う。



「鍵は白ウサギじゃないよ、ぷんぷん」

「じゃあ誰が……」
「忌々しい公爵夫人さ!!ふにゃー!」

「彼女が?」


ていうか、忌々しいって……


「彼女の役は部屋の鍵を守ることさ、にゃあ」


役職、ね。
そういえば帽子屋はアドバイザーだとか、言っていたな。




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