もう白ウサギをどうにかするのが一番手っ取り早いんだと思う。
くすくす馬鹿にするような表情を浮かべる少女をどうにかするだなんて到底無理な話なのだけれど。
小さな少女も、世界の核に等しい存在……いわゆる「裏ボス」的な存在だ。
そんなのを装備もろくにそろえていない勇者がどうにかできるだろうか?いいや、できないね。
森を歩いて、街を通り抜けようと明るい緑の減った場所に足を踏み出す。
以前と変わらず、街の人々は活気としていた。
ジャックが馴染みのある人を見つけたのか、話しかけに行った。
彼もそろそろ味わうだろう。
親密ながらも「初めまして」と言われる違和感。
知ってるけど知らないと言われる矛盾。
なんか微妙な気持ちになるよ。
仲良い人に言われると結構心に来るものがあると思うけど。
「あ」
呉服屋がある。
綺麗な着物が並んだその店は、初めてナイトに案内された時と違ってすいている。
祭りの時期なんてとうに過ぎているから、浴衣を借りる人なんていないのだろうか。
そこに並んでいたのは、あの赤の入った黒い浴衣だ。
ジャックが持っていたそれが、現在の世界ではレンタルの浴衣として並んでいる。
今思えば、あの浴衣は双葉がアリスの時に着ていたものなのだろう。
「ナイト、あそこ寄ろう」
呉服屋を指さしてナイトの顔を見る。
彼は特に嫌そうな顔もしていない。
視線を少しずらして、ジャックを見た。
表情が少し不穏な方向に歪んでいたから理解したのだろう。
そうやって変な違和感に馴染んで、変なことに耐性が付いてしまう。嫌なものだ。
「着物でも見たいのか?」
「そうそう」
呉服屋の店員に挨拶をして、目に入った懐かしいそれへと向かって行く。
「ほら、お揃い」
お揃いだね、なんて。
赤黒が逆転して、赤が基調となった服はお揃いとは少しかけ離れてしまったのかもしれない。
それを見たナイトは首をゆるりと傾けた。
お揃い。
そんな言葉に違和感を覚えたのかもしれない。
黒い浴衣に、赤い上着。
彼の中ではそれは“お揃い”なんかじゃないんだから。
思い出せない。
やっぱり、思い出せやしないのか。
大きな、インパクトのある思い出があればいい。
何か、ないだろうか。
街の人がざわつく。
何かあったのかな?
ナイトと店を出て、あたりを見渡した。
瞬間。
大きな音が鳴って。
まだ明るい空に、綺麗な花が咲いた。
「花火……?」
時期的に花火の時期ではないのに。
いや、花火に時期なんてないのかもしれないけれど。
やはり花火と言えば夏だろう。
この世界は今は……秋、だろうか?
何個も何個も花火が打ち上げられる。
少しだけ不格好なそれも、綺麗に見えて。
「……また見れたな」
隣にいたナイトが。
ぽつりとそんなつぶやきを零した。
彼の目に花火が映って、きらきらと綺麗に見える。
小さく触れた手が握られる。
優しく、強く。
「約束通りでは、ないが」
リアルでも、全員で花火を見れたらいい。
そんな約束をした。
以前の彼と。
「……思い出したの?」
花火を見ていた視線をそらして、ナイトが私を見た。
目が合う。
銀色の髪が、花火で色づいたように見える。
「少しだけ」
優しく笑う。
あの時と変わらない表情。
“キング”ではないナイトの、以前の世界のナイトの。
“彼”の表情。
「確かに、お揃いだったな」
呉服屋を視界に入れて、そう言った。
約束と、お揃い。
それだけか。
そんなに、か。
記憶が少しだけでも、思い出したことが嬉しい。
断片的でもいいんだ。
少しずつでもいい。
最後に取り戻せれば、いいから。
花火が終わって、音が消える。
住人の静かな歓声だけが、残った。
「……少し、待っててくれるか」
「うん、わかった」
ナイトが離れていくのを見送る。
「おい、見えたか?」
花火の上がっていた方向から、ジャックがゆっくりと歩いてきた。
ナイトの背を見送るように視線を送ってから私を見る。
「ジャック。花火のこと?」
もしかして、知り合いにジャックが頼んであげてくれたのかもしれない。
「おう、何か成果あったか?」
「少し、思い出した」
ありがとう、と口にする。
なんだか泣きそうになる気持ちを抑えながら感謝の言葉を繰り返した。
ジャックは笑ってから寂しそうな顔を作る。
「後悔のない選択をしろよ」
真面目な声で、いつもよりトーン低めに。
「……助けたいんだろ?」
どういうことだ。
「この世界は、選択を間違えればあっさり失うから」
あぁ、そうか。
ジャックは一度失っている。
大切な人間を。双葉を。
「一緒にいる」と選択したから。
一歩間違えれば、すべてを失ってしまう。
それさえも、違和感のない世界なのか。
「全部ってぇことは、つまり、あいつに死んだことも思い出させるってこったろ」
もう一度、ナイトに。
死を、死んだ感覚を味わってもらうことになる。
全てを思い出すってそういうことだ。
自分の死を再びだなんて私だったらごめんだ。
気が狂いそうになる。
「どうなるかなんて、わかんねぇけどよ」
彼がどんな風に思い、どんな行動にでるか。
わからないけれど。
「大丈夫だよ」
支えてみせるだなんて、ポジティブに考える。
何度だって、引っ張ってみせよう。
彼が彼自身を失わないように、歩いている道がそれないように引っ張ってみせるから。
私は私の選んだ道を進むよ。
ナイトだって、ジャックだって巻き込んでしまうけど。
でもそれでもいいって彼は言っていたから。
誰かを失う道なんて選択しない。
絶対にしてやるものか。
「アリス」
ナイトの声が私を呼ぶ。
「これ」
ゆっくりと差し出されたのはあの浴衣。
ジャックが懐かしげに目を細めた。
レンタルの浴衣じゃないのか。
どうしたの。
「店の人間に頼んで、貰ってきた」
貰ってきたって……
まぁ、国の王様だから顔パスでなんとかなったのかもしれないけど。
「それはお前に、似合っていたから」
過去にあったような言葉。
いや、実際にあったことではあるんだけど。
記憶を失っていた人間がその言葉を口にしたのは、やはり大きい。
思い出せたものがあるって教えてくれる。
「ありがとう」
差し出されたそれを受け取った。
つまり私にくれるということでしょう?
渡された浴衣をゆっくりと抱きしめて、私は笑みをこぼした。
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