何もないだなんて、
そんなことない
少しずつ
でも確実に
歪みは生じ始めてる
白黒ノイズ
〜strain in a moment〜
毎日のように外に出る。
毎日のように、何も掴めない。
前回と同じだ。
歩き回っても歩き回っても情報はなくて、ただ疲れるだけ。
気分は落ちて、希望は殺がれていく感覚だ。
「アリス、行くぞ」
ナイトの声で部屋を後にして、ジャックも含めて3人で外に出ようとした。
「キング!アリス!今日も外に行くんだろ、オイラがお弁当を作ったぞ!」
ぴょんぴょん、にこにこ。
黒いウサギさんが布で包まれた何かを持って私たちに近付いた。
少年はジャックと目を合わせて、変な物を見るように神妙な顔をする。
舐めるようにじろじろと見回して首を傾けた。
「……誰だ!」
「なんだこいつ」
黒ウサギとジャックの声が微かに重なり微妙にずれる。
まだ顔を合わせていなかったらしい。
「この子は──……」
私が紹介しようとすると、少年は自分でしたかったのか、あーあーと大きな声を出して遮ってくる。
やかましい、とナイトが嫌そうな顔を浮かべた。
黒ウサギはナイトの言葉を気にも止めすに、えへんと胸を張った。
「オイラは黒ウサギ!この城の雑用係だっ!」
「雑用……」
ジャックは微妙な顔をする。
そりゃそうだ。
雑用係である事を堂々と言われたってどう反応して良いかなんてわからない。
「お前は!」
「俺?俺はしゅ……えーと、ジャック」
本当の名前よりも馴染みやすいだろうとジャックはそちらで名乗る。
「ジャック、ジャックの分のお弁当は準備できてないからな、2人に分けてもらって!」
黒ウサギがそう言って元来た道を戻っていった。
「……つか、弁当いらなくね?」
それは思った。お腹空かないし。
まぁ、少年の心遣いを無下にするのも悪いし、持って行きましょう。
黒ウサギからもらった包みを手に私たちは城の外へと出て行った。
さぁて、どこへ向かいましょうか。
思い出の場所、思い出の場所ねぇ。
薔薇の咲いてる場所はもう行った。
白から赤に塗り替えられて、1つだけ血の色なんだと教えると納得したような声が返ってきた。
教えてくれたのは彼自身なのに。
やはり私の知る限りではチェシャ猫のところだろうか。
チェシャ猫のところでよく会っていたから。
チェシャ猫もナイトのことを気に入っていたようだし、もしかしたら良い手がかりを与えてくれるかもしれない。
「チェシャ猫のところ、行ってみようか」
「……チェシャ猫か」
ナイトが思案するような顔を浮かべる。
キングであるあなたはそんな表情ばかりだね。
「あぁ、謎々に答えれば何かしら教えてくれるかもしれねぇな。
……このメンツで答えられるのか?」
ナイトも記憶を失っているから大丈夫か?できんのか?と言いたいらしい。
大丈夫じゃないかな、記憶を失っているとはいえナイト自身だし、そういう基礎能力は変わってない……と思いたい。
足を進めて、チェシャ猫がいつもいる場所へと向かった。
「チェシャ猫ー、遊びましょー」
いや、遊ぶわけではないけれど。
少年にとっては「遊ぶ」ということになるだろうから。
しかし、少年はそこにいない。
私の声を聞けば喜んで出てきてくれるものだと思ったんだけど……何か好かれてるみたいだし。
金髪の猫さんはどうやら別の場所にいるようだ。
「……場所間違ったかな?」
「前回と同じならここで間違ってねぇと思うけど」
ジャックは首を小さく横に傾けて眉をしかめた。
うん、だよね。間違ってないよね。
周りの木を見渡してみても目立つはずの金色はどこにもなくて。
やっぱりいないのか。
「チェシャ猫いないなんて……それこそどこ探せばいいのよ」
ここ以外で少年を見かけたことなんてないんだから、いる場所の目星をつけることなんて私にはできるはずがなかった。
「あらあらあらぁ?チェシャ猫ちゃんはいないのかしらぁ?」
後ろから聞こえてきた聞き覚えのない気品のある声に、視線を後ろへと動かした。
そこにいたのは、白黒基調のドレスを着たような暗い目をした女性。
落ち着いた雰囲気でニコリとこちらを見て笑顔を浮かべているけれど。
彼女が着ているのは喪服のような色合いで、顔も人形のように、死んでいるかのように思わせてどこかゾッとする。
モノクロの傘を杖のように持ち歩いている。
「その様子だとチェシャ猫がどこにいるのかわからないのか」
ナイトが女性に視線をゆっくりと向ける。
感情のない視線に死んだような目線を返した女性は目を細めて口で弧を描く。
「あらキング様。ええ、知らないわぁ」
「貴様が知らなければあてがない」
この女性はチェシャ猫に深く関わる人物なのだろうか。この人が知らないのなら、あてがないということは。
ナイトは視線をこちらに戻して「行くぞ」と歩き始めるように促した。
女性の目と目が合って、私は反射的に作り笑いをする。
「もしかして、貴女がアリスかしらぁ?」
「あ、はい」
彼女は持ち手が黒のモノクロ傘をぽんと開く。
お嬢様が持っていそうなオシャレな丸い傘。
ダンスを始めるかのようにスカートを左手で軽く持ち上げて綺麗な姿勢でお辞儀をしてみせた。
「貴女がチェシャ猫ちゃんのお気に入りのアリスちゃんねぇ。初めましてぇ、ワタクシ、チェシャ猫ちゃんの飼い主をしております公爵夫人と申しますのぉ」
間延びした彼女の話し方にゆっくりと耳を傾けた。
チェシャ猫に飼い主なんていたんだ。
というか、家があるのか。
そういえばこの世界で初めて会ったときに「帰らなきゃ」と言っていたような気がする。
その時も家あるの?だなんて驚いたような。
「初めまして、アリスです。こっちはジャック」
「どうも」
「……会ったことなかったのか?」
ナイトが不思議そうに私を見る。
「彼女、前の世界にはいなかったから」
新しい人、2人目。
他にもいるのかな。
こう平和に挨拶できるのはいいことだよね。
「あぁー、チェシャ猫ちゃんはどこに行ったのかしらぁ」
笑顔で、苛立っているのか。
ガリガリと己の頬を綺麗に整えられた爪で引っ掻く公爵夫人。
分厚い化粧を……いや、化粧とすら呼べないかもしれない。
仮装、をしているのか。
引っ掻かれた部分がぽろぽろと無残に崩れていく。
綺麗な白い肌から、薄汚れた茶色い肌の色が垣間見えた。
……なんだか見てはいけないものを見てしまった気がする。
視線を公爵夫人からゆっくりと逸らしてナイトとジャックに別の場所へ行くように促した。
「じゃあ、この辺で。ごめんあそばせ」
私の敬語のような気持ち悪い言葉にジャックが顔をしかめる。
何て顔で私を見るんだ。
私はお嬢様じゃないからよくわからないんだよ、そういう方面の丁寧語!
「あらぁ、もしチェシャ猫ちゃんを見つけたらワタクシが呼んでいたって伝えてくれるかしらぁ?」
「わかりましたー」
公爵夫人に一礼してその場をゆっくりと立ち去った。
「チェシャ猫に会うのは厳しそうだね」
「そうだな。あとは……」
ナイトとの思い出を探る。
クイズ。
薔薇の花。
花火。
どれもいまいち記憶の手掛かりにはなりそうにない。
……せめて、キングが。
融さんがいてくれたらまだ記憶の糸を手繰り寄せる術があったのかもしれない。
“リンク”とやらはできないのだろうか。
ジャックに記憶が残っていたのもそれが原因らしかったし、やはり望まない方がいいのかもしれない。
「今日は帰ろうか。チェシャ猫くらいしかあてがないし」
だけどその肝心の少年が姿をくらましているようじゃ話は進まないのだ。
視線を城の方へと向ける。
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