「しゅ、俊介!?」
こっちの世界なら、ジャックと呼んだ方がいいのだろうか。
いや、そういう問題じゃない。
どうして、
「どうしてここにいるの!?」
「こっちが聞きてぇよ!つうかどこだよここ」
嫌そうな顔で私を睨むその人は、床に座って悪態をついた。
何でいるのか。
私同様、白ウサギに連れて来られたのか。
ここはどこかだなんて、悪夢の場所とでも言えばいいだろうか?
「僕がジャックなんて連れてくるわけないじゃない!」
いつの間にかドアの前に立っていた、白い少女。
俊介も気がついていなかったようで、突然のことに肩を揺らした。
人の心を読んだかのように叫んだ白ウサギはニコニコと、いや、ニヤニヤと近付いてくる。
「可哀想なジャック!せぇっかく幸せだったのに、アリスとリンクしちゃうなんて!!」
けたけたと笑って、赤い瞳はジャックに向いた。
……“リンク”とは何なのか?
「恨むなら僕を恨まないでね?アリスを恨んでねっ?だってジャックを呼んだのは、アリスなんだから!くすくす」
私が呼んだ、のか?
「……白ウサギ。アリス、ジャック。はぁ、またかよ」
理解したらしい俊介は溜め息を吐いた。
「リンクって、何?」
白ウサギを見ながらそう言うと、少女はニタリと再び目を細めた。
「前の世界でいっちばん親密だった人と繋がってることさ!それでアリスは、ジャックを呼んじゃった!」
1番親密な人、恋愛とか関係なしに。
まぁ、よく助けてくれていたのはジャックだ。
さっきも……あれ、さっき夢の中で思い浮かべてしまったのが「呼んだこと」になったのだろうか。
うわ、最悪だ。
迷惑を掛けてしまった。
「俺だけ記憶が残ってたのも、そのリンクとかいうやつのせいなのか?」
「そうだよ!」
アリスという所謂物語の主役、とリンクしたジャックは記憶が残っていた。
私と俊介だけ記憶があったのはそういう理由だったらしい。
白ウサギはくるりと楽しそうに笑って部屋を出て行った。
「……ごめん。私のせいだ」
「今日学校いねぇと思ったらまたここにいたのかよ」
目を瞑って溜め息を吐き出す俊介。
「今回は逃げたりしなくていいみたいだけどね」
「じゃあ、何してんの」
「……いや、ゲームとしては特に何もしてないかな」
ただここにいろ。
それだけだったよね。
俊介は首を傾ける。
「つーか、ここどこだよ」
「ハートの城だけど」
「城!?」
何で、と言わんばかりに首を振って周りを見渡した。
ふと、思いついたように俊介がニヤッと笑った。
「じゃあ、水晶探しやすいんじゃねぇの?」
幸いここは城の中。
さっさと探して、壊して、帰ろう。
そう言いたいようだ。
私も、そう思った。そう思ってた。
けどね、できない。
俯いて、ゆっくりと口を開く。
「水晶の場所は人の心臓だから、その人を殺さないといけなくなるの」
「住人?仕方ねぇから犠牲になってもらおうぜ」
さらっと残酷だな!
帰りたいのはわかるけれど。
しかも住人じゃないんだよ。
「水晶は、ナイトの心臓だから」
壊せない。
そう告げると俊介は目をまん丸にした。
「……ナイト?あいつ、いるのか?」
「誰だお前は」
タイミングを図ったように、ナイトが現れる。
ずっと見てたんじゃないかってくらい良いタイミングだね。
ナイトは記憶にない俊介を睨みつけている。
「……忘れたのかよ」
「お前なんぞ知らないな」
「ナイト!覚えてないだけで知り合いなの、えぇっと……友達の、ジャック」
友達……友達?
俊介とナイトは友達なのか?
まぁいいや。
じ、と俊介が私を見る。
納得のいかないような顔をしつつも、ナイトに記憶がないことを理解したのか「そうだな」と頷く。
ナイトは、その言葉を聞いて何かを考えた後に俊介を見た。
「……前の世界で、お前から見た俺はどんな人間だった、ジャック」
は?と驚いた表情をしてから俊介か考えこんだ。
ナイトは自分なりに記憶を取り戻そうとしているらしい。
それは彼の行動を見れば一目瞭然だった。
「そうだな……完璧な優男?」
人差し指を天井の方へ向けてそう声に出した。
それを聞いたナイトは顔を少しだけしかめて手を口の前へと持って行く。
「……そうか」
うーん、自分が完璧だとか言われても受け入れがたいよね、わかる。
冗談だろ?みたいな。
ナイトに何か用かと問えば特に用事はないと告げられる。
ならどうして来たんだ。
会いたくて、とかですか?
それはないな。キング状態のナイトに限ってそれはない。
「城にいても事は進まないからな。外へ行ってみようかと思ったんだが」
小さくそう呟いた。
何だ、それは用事と言っていいものじゃないか。
そうだね、引きこもっていても何も始まらないか。
俊介、改め、ジャックをちらりと見ると彼は賛同するように頷いた。
私もだから言えることではないけれど、ジャック順応早いな。
まぁ、前回の時点で「何でもあり」だと思い知らされたわけだし、何が起きても驚かないのかもしれない。
嫌なことに慣れてしまったものだ。私もジャックも。
「この世界は前回、と変わりはないのだろう?……何か思い出の場所、とか、あったりするだろうか」
思案しながらナイトはゆっくりと言葉を紡いでいく。
「そうだね、あまり変わってるところはないと思う」
私だってそこまで見て回った訳じゃないけれど。
ぱっと見た感じ変わったようには思えなかった。
黒ウサギのように知らない子がいるわけだし、前回いた人物がいなくなっていたとしても不思議ではないが。
「どこか行ってみようか」
ナイトを見て静かにそう伝えると彼は部屋を出ようとした。
「着替えたら呼べ」
あぁ、着替えなきゃね。
ジャックも部屋から出るために扉へと向かう。
「ナイト、俺にも部屋くれよ」
「空いている部屋を好きに使えばいい」
「まじで?」
話しながら出て行った2人を視線で見送ってから、私は昨日黒ウサギが置いていった服を身につけた。
髪の毛を小さく結って部屋を出る。
呼べ、って。
どこにいるんだろう。
最初のあの青い部屋にいるのだろうか。
視線を動かしながら城内を移動する。
大きな扉が目に入った。
あれ、こんなに近かったっけ?
扉に手をかけるも開かない。
あれ、開かない。
ガタガタと揺らしても反応はなかった。
扉に微かについていた赤に、ぞくりと寒気を覚える。
茶色く色あせた赤は触れればぱらりとくだけて落ちる。
……扉に、血?
何で。
どうして。
この短い間に何があったの。
「何をやっている」
後ろから聞こえてきた声に安堵を覚えた。
「ここにいるのかな、って」
「どうして」
「あれ、青い部屋、ここじゃなかった……?」
私の言葉にナイトは深い溜め息だ。
扉は似ているけれど、別の場所のようだ。
「鍵がないから開かない、らしい」
統治者の力でどうにかならないものか。
ならないんだろうな、やらないってことは。
なんだかんだ1番好き勝手出来るのは白ウサギだよね。
近付いてきたジャックがとんと私の肩を叩いて耳打ちする。
「つーか、死んでもリアルでは生きて戻れるんじゃねーの」
「わからない、心臓が水晶だと、違うかもしれないから」
あぁ、そうか。と首を傾げながら渋い顔をする。
そうだよね、折角双葉と一緒にいれるようになったのに巻き込んでしまって。
早く、帰りたいよね。
城を出てジャックが「全然変わってねぇ」と嫌そうに言葉を吐き出した。
本当だよ、嫌だよね。
「どこ行こうか」
「思い出の場所ねぇ……そういうのだったらキングがいりゃあ大量にあるんだろうけど」
「俺か?」
「いや、おめぇじゃなくて前世界のキング」
そうなんだよね。
融さんが1番関わりのあった人間だし、彼がいればたくさんあっただろう。
……迷子しいな王様が頼りになるかどうかは不明だけれど。
とりあえず片っ端から森の中を回ってみることにしたけれど、あまり良い場所は見つからなかった。
記憶探し、前途多難だ。
……見つけることができるのだろうか。
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